第24話  神谷危険はNGワード



明は野球ではなく普通の高校生の道を選んだ。


折角ならと進学校に狙いを定めて教科書の声を求めた。


それまでは漫然まんぜんとテストのための勉強。人に恥ずかしくない点(赤点回避)だけで良かった。


教科書と向き合って見つめ直すとが書いてある気がした。当たり前の事ではあるが、教科書が要点を教えてくれているのが解った。明の勉強はそこからだった(笑)


しかし、勉強する視点が違うと内容の見え方が変わった。


今までの自分はどれほど見る目が無いのか反省した。反省して教科書の声を何度も何度も反芻はんすうした。



初めて塾にも行かせてもらった。解らないからと帰らず、先生をおがたおして次の授業にも入れてもらった。


半年で三年分の勉強をやり直した。一年生から三年生の参考書を買い、問題集を解きまくった。勉強が分かる事が嬉しくて持てる時間をに費やした。


一年から勉強をやり直したことで「あの時先生が言っていたのはコレだ!」と気付きもあった。

「あの時真面目にやってたら、あの場で分かったのに」と反省して突き進む。


トイレの壁中に化学記号や反応式、英単語が貼られた。暗唱を言い切るまでトイレから出てこず妹のしずくに何度も尻を蹴られた。



勉強も野球と同じだった、違う道だが同じだった。上に行くにはその道の努力が必要だった。


そう、それを見る目が明には育っていたのである。努力すれば違う道でも確実に上に行けることを明は解っていた。上がるのが分かっているから、やらなきゃ損なのだ。



あの集中力で一人延々と勉強するのである。

食事と学校と睡眠と勉強しかなかった。それしかなかった。

明は深夜ラジオを聞く事すら知らないのである。



志望の進学校に受かると、目の前が一新した。

野球中心以外の学校生活など知らなかった。

脇目も振らずに変わらぬ場所で変わらぬ景色を見てきたのだ。


野球バカのかわずがいきなり大海に出た。


しかし、この野球バカはちょっと違う。


「されど空のあおさを知る」


明のために作られた様な言葉であった。



学生の日常、放課後の風景、思いきり新しい世界を満喫した。



高校一年生になり、勉強しても成績は中の上が精一杯だった。

目標も無く、意味の無い成績に夢中になれなかった。ただ見るのは止めなかった。



明は腐らない。

高校は、基準を満たした学力で集められた集団である。

「合同練習会と同じだなぁ・・・」

勉強の世界も上に行くのは大変だ。野球の世界と同じだと納得し、上位の者をたたえた。



学業よりも新しい世界を見る事、やってみる事に夢中だった。


一年の時には引っ越し屋のバイトをやって毎日トラックで街を走り回った。喧噪けんそう渦巻く街を肌で感じて、自分もその一員なんだ!と大汗かいて家具を運んだ。


二年の時には、やったことが無い泊まり込みのバイトで一番時給の良かった旅館のバイトに申し込んだ。(仕事は無問題もーまんたい


そして海の家のバイトで人生最高の夏を過ごした。

お客と店員の効率的な動線、機器の配置の意図まで見えていた。

事件が起き、スキルをさずかった。



そんな活動的な明。


明は「俺は結構イケている」と思っていた。野球の実力と実績が大きい分、自信過剰に出ていた。


周りとの協調を乱さず、嫌な事も言わない怒らない。成績もそんなに悪くなく、スポーツも出来た。冗談も返す。顔も並み以上と自信もあったし、沢山の人に応援してもらった。中学時代は恋愛の真似ごともあった。


見つめた分、努力をした分、苦労した分、実績を積み上げて来た分、その辺の男には負けぬ自信があった。


高校に入ってからもクラスの女子からアプローチおさそいも度々あり、催し物でも女子の好感度は高いと思っていた。


ソフトボール大会などは全打席ホームランの英雄である。ランナーがいたらその分も全て得点。シニア出身の明はボールをぶっ飛ばしていた。女子もキャーキャー言ってくれた。


体育祭の1500mでは陸上部にも負けず平気で付いていく。文化祭の模擬店では自分から看板背負って大声で練り歩く。何をやっても楽しくて、何をやっても充実しているのだ。


そして女子も騒いでくれる、結構な頻度ひんどで帰りの道草に誘われる。美味しい甘味処あまみどころも教わった。「イケてるんじゃない?」と思って不思議じゃない。


二年生の夏までそう思っていた。


自信喪失したのは二年生の冬。スキルが自由になった時だ。


明も男子高校生であった。


教室で女子の恋心を覗いたのだ。「俺に気がある」「俺が好き」で検索したのだ。


(明が自分をヘタレだと言うのはここから来ている。気持ちが盛り上がった男子はこのなら受けてくれるだろう。と好きなら玉砕覚悟でフォークダンスで告白していた。


明は気になるを含め検索で覗いてしまったのである。そして自分の卑怯ひきょうさ、卑小ひしょうさ、けがれを痛いほど思い知ったのである)


元来、明はスキルの無い頃から周りを見つめて己を高めてきた男である。人の良い所も悪い所も見つめて理解、自己にフィードバックしゅうせいする。そこがまさかのウィークポイントじゃくてん


気にならないものには基本無関心なのだ。スキルを持っても人の事は基本視ない。気になって見るものを見て栄養にしたらご馳走様と他に興味が移る習慣が出来ていた。


弁護すれば、自分の興味に集中するので人に興味が薄い。悪く言えば、我が道を往き、人が何やってようが関係ない。

(富田一派を三か月も放置するのはコレである)



視るのは気になった事だけである。

キョロキョロしてたら気になる。たたずんでいたら気になる。鍛えられた目は容易にキョドる仕草を見逃さない。基本、普通の動きをする人なら全く気にならないので視ないのである。



普段はスキルを使って人を見ない明。


そんな明が神に授かった(と心底思う)スキルで人の恋心を視た。自分を好きなを検索した。


いなかった!イケてると思っていた自分を好きなはいなかったのである。明が好き。神谷が好き。焦って検索ワードを変えてもいなかった。クラスに一人もいなかった・・・orz。



罰が当たってスキルが無くなったと思った程である。



クラスの女子はなぜ「神谷くーん」とアプローチおさそいしてきたりモーションきのあるそぶりっぽいものをしたのか?していたのか?


明は精神的大混乱の末に絶望。そして現実を真摯しんしに受け止めた。


人の心。とりわけ女子の秘める恋心を神様のスキルで検索。自身の欲望のためにスキルを使った下種げすには天罰だと納得した。


己を見つめ直して反省した。

過ちを認める事でしか前に進めないことを解っているからだ。


己が視えた。女子の手拍子で有頂天に踊る明が視えた。


視えたけど、それをも向き合い明は立ち上がる!


恋愛にへ生まれ変わってしまった!




ここで盛大な勘違いが生まれた。


実は神谷はモテていたのである。


新学期から夏までは、堅調に推移する神谷株だった。



夏休み明けの神谷。元気はあってもとにかく変だった。


ソレを見た女子は怖さが先に出た。身の危険を感じる程に。夏休みに変な薬を覚えたと噂が広がるほどに・・・。


夏までは成績は中の上。スポーツ出来て、気さくで楽しいイケメンだった。神谷の株は上がりこそすれ下がらなかった。


初冬には成績は中の下。スポーツ出来て、突然突っ立つヤク中 ではなく貧血。神谷株はストップ安の連日更新だった。


神谷が検索したときには、すでに女子からは生理的恐怖の対象だった。



恐怖は市場クラスに感染する。



市場クラス全ての女子が神谷株を投げ売っていた、いや投げていた。神谷株が恐慌を起こし、紙くずとなって市場クラスに舞った。


資本主義経済学に無くてはならない暴発!そうマルクスである。


事実、机を抱いて頬擦りしていた女子の本命馬はともかく、対抗馬は神谷だった。神谷が今までノリと発言力が高く信用があった為に選ばれた文化祭の実行委員。対抗馬の選出でその女子も実行委員に名乗りを上げたぐらいだ。


夏前の神谷なら、クラスには誘えば寄ってくる女子も多数いた。

冬の神谷は女子に本能的な危険を感じさせる存在だった。


九クラスもあり、クラスメートにすらケもない神谷は絶望した。


自分がクラスの背景に写り込むモブキャラと理解してしまった。



神谷が幸運だったことがある。



「神谷危険」で検索していたら自殺していたかもしれない。


泣いてやってくれ。


本人はその時、色々とクラスメートを陰で助けていたのだから。



頑張れ神谷!負けるな明!



壺の最後に残った希望の声も聞けるさ。





次回 第25話 スキル真実の声

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