第23話  野球との決別



小学校六年生


リトルリーグで聞こえてくる話に明はその時悩んでいた。


シニアリーグの人達にもその話を色々聞いてみた。


中学では陸上部で土台となる足腰を鍛え、高校で伸ばすと言うのが通説である。


事実、多くのシニアリーグ参加者が中学校では陸上部に入っていたからだ。他の運動部もいた。それぞれの理由を聞いて驚いた。


陸上部とその他の部活。それぞれが自分の強化課題を持って中学校の部活に臨んでいた。皆が真剣に野球のその先を見ていた。


自分も納得して入りたかった。自分の強化課題が欲しかった。



リトルリーグの監督に訊いてみた。



リトルの監督の縁で社会人野球に進んだキャッチャー出身の監督に見てもらった。質問もした。


「普通に下半身強化なら陸上部だが・・・キャッチャーか。キャッチャーは大変だぞ?」


明はキャッチャーで周りが見えていた、ピッチャーを見、打者を見る。ベンチを見、監督を見、試合を見、データを見、野手を見、グランド全体を見、試合の流れを見た。キャッチャーの仕事も気に入っていた。キャッチャー以外は考えられなかった。


十分ほど話し、監督の人柄を見ていた明は真っ直ぐにうなずいた。


「キャッチャー専門の土台を作るつもりなら教えてやる」


監督は頷きながら言った。



私学の強豪野球部に入る事が出来た。シニアリーグと野球部との両立。


監督は下半身強化の質問に来た明を理解し、キャッチャー専門の土台作りのメニューを組んだ。普段は下半身強化のメニューを組み、個別にキャッチャーの技術指導を行った。


凄まじいスパルタだった。


それでいて、シニアリーグを優先してくれた。


中学校のクラブではまだ体が出来て無い意味で、完成とは程遠い状態である。高校で通用する土台(基礎体力、基礎技術の習熟)を作る時期なのである。


高校では強豪校の練習は部活を問わず「盆と正月以外は休みなし」の学校も有る。中学生の明はまさにそれだった、高校生と変わらぬ体格だったのだ。それに加えて自主トレで毎朝走っていたぐらいだった。


「土台をひたすら積む毎日」「変わらぬ生活、変わらぬ景色」


下半身をいじめ抜く。厳しい練習にくじけそうになること、迷う事もしばしばあった。


休暇で帰って来た宗彦は言った。


「色々あるだろうが、悩みとは一緒に寝てやれ、心配なら一緒に聞いてやれ」


「それって何?」


「悩みごとの言う事を寝ながら聞いてやるんだよ。悩みごとが自分から解決法を教えてくれる」


「あはは」と言いながら納得する明


「心配事があったらとことん聞いてやるんだよ。心配事が自分から解決法を教えてくれる」


「うん、わかった!」


「本当に分かったのか?」微笑みながら宗彦が続ける。


「うん、ありがとう!」


明はわざわざ説明までしてくれる宗彦に感謝した。



何かの都合で監督の家に行った時に驚いた。その部屋は監督が歩んできた歴史だった。甲子園出場、大学野球全国オールスター東西対抗戦。社会人選抜。部屋に野球しか無かった。その教えが本物である証拠であった。


迷いや悩みは吹っ切れていた。それを見たのは追認ついにんでしかなかった。



その時、すでに基礎技術は円熟の域に達していた。



中学野球で最後の大会が終わると監督から「練習会に行かないか?」と誘われた。(うちの野球部は設備も練習も監督も一級品ですよと有望な選手に声を掛けて合同練習会に呼ぶ)


甲子園常連校と言われる強豪である。



監督に言われた。「このまま努力しろ。あの高校で同じ努力が出来たら、お前は俺が呼ばれなかったドラフトに引っ掛かるまでいける。自信を持って行ってこい。お前なら大丈夫だ」



明の心がときめいた。


そして打ち砕かれた。



甲子園常連校。練習している選手の中にそれはいた。



センスはあると思っていた、努力も人一倍している、実力も実績もある。俺は光っていると思っていた。だが違った。努力ではどうしようもない隠せないほどの光を見てしまった。努力をあざ笑うかのようなセンス。色々見てきた。色んな事が見えてきた。モノの道理も見えてきた。見えてきたから気が付いてしまった。それを見つけてしまった。見えてしまった。センスという持って生まれたまばゆい光。届かない絶望に。



練習会に参加した中学生選手たち。明も基準をクリアした一定水準の選手である事は間違いない。


しかし所詮は中学生。地元のシニアリーグのレベルである。


甲子園常連校のその選手だけは違った。



簡単に言おう「本物」を見たのだ。



帰って監督にその選手の事を聞いた。十年に一人の天才と言われているらしい。


「お前なぁ・・・」監督は言った。


「プロに行く奴はみんな光っている。そんな奴らでさえ一軍に入れないやつは山ほどいる。一軍に行ってもすぐ二軍に落とされる。実力が無ければ上に行けない世界。そしてプロを引退するまで努力して一軍にしがみつくのがプロだ。お前が見つけた十年に一人の天才だって一軍に出られるとは限らない。センスあるなら高校で磨いて光り輝けばドラフト上位だろうな」と笑った。



監督には教え子にプロが沢山いた、十年に一人の天才も教え子も何も変わらぬ存在だった。



明は悩んだ、苦しんだ、絶望した。努力をあざ笑うセンスを呪った。目標があれば大丈夫だった。今までは努力で乗り越えられた、しかし今回は違った。届かぬ光が見えてしまった事で折れてしまったのだ。自信喪失と虚無感。



そんな時、中学のグランドで皆が遊んでいた。何の屈託くったくもなく笑っていた。


野球に関わって無い皆があんなに楽しく笑っていることを不思議に見ていた。


しばらく見ていて気が付いた。




野球に固執し、野球しかない自分。その道に届き得ぬ壁が見えた途端に苦しむ自分。



野球を通じて見えてきた事が沢山あった。見えてきた事が嬉しくてどんどん努力した。努力に結果が付いて楽しく、嬉しく、仲間と共有する充足感。満足感。達成感。



野球イコール自分という考えでは、見えないモノが見えた気がした。


野球は好きだが、野球が全てではない。野球が自分では無い。


そう!野球を通じ見えていたモノ、野球がくれたモノこそが俺の全てなのだと気が付いた。


野球は自分じゃ無い、色々なモノが見えていたせいで気が付くのも早かった。


野球大会の審判。

野球が飯より好きだから無償で審判をやりに来る。


明にはもう、そういうものが見えていた。


俺も野球が大好きだ!飯より好きだ!死ぬほど好きだ!野球がくれたもの、野球を通じて得たモノ。野球を通じて得た仲間。野球様様だ!野球に大感謝だ!野球よありがとう!



明には野球教育の真髄が見えていた。


野球の絶望と向き合い、それは野球への感謝に昇華されていた。



監督に訊いた。「監督って野球大好きですよね?」


監督は何を?という怪訝けげんな顔をした後、明の顔を見て言った。


「それはだれにも負けねぇな」



それは、その時に明が一番聞きたい言葉だった。



「俺も野球が好きです。大好きです!でも、野球はここで辞めておきます」


挫折を経験し己を見つめる事で明の見える世界は広くなっていた。


晴れ晴れと宣言した明に監督が言った。


「勿体ないなぁ、同じレベルで揉まれても良いと思うが・・・そうか・・・神谷ぁ!頑張れよ!根性見せろよ!」


野球を卒業する祝福の言葉。


監督はスパルタではあるが、野球を通じ高い理念で人を導き育てる教育者だった。



シニアリーグも辞めた。皆が驚いた。



家庭環境も幸いした。明には父が居ない。母は看護師で夜も帰ってこない時がある。

親の期待を背負って無かった。大事に見守る父と母しかいない。

送り迎えなど無かった。頑張る明は放任主義の極致にいたのだ。



妹の面倒を見ながら自分のやることを、昔から全て思う様に決めていたのだから。



頑張る子供、甲子園への夢、夢を応援する親、それを既定路線と思い描く環境。子供に期待する目。

そんな物が無かった。

頑張る子供の明だけあった。仲間と甲子園行けたら良いな?は、あったかもしれない。



見えてしまった絶望で野球との決別も早かったのである。




そして見えたものがあった。



野球に感謝を込めて辞める自分。

野球に感謝を込めて恩返しする人達。


リトルの監督、シニアの監督、中学の監督。大会に来てくれる審判。(野球の監督や審判は全員そうなのかもな)明の疑問に実践して示すことが出来る野球に恩返しする人との出会い。


あのときリトルの監督が勧誘しなければこの野球の感謝は無かった事に気が付いた。その出会いが無ければ今の自分は無かった。


三人の野球の監督。必要な時に必要な監督が現れた。


俺の疑問に答えを出せる人が偶然現れる奇跡。


奇跡的な出会いに感謝した。出会いに感謝を・・・



不意に見えた!


うちの親の子供に生まれなければ・・・イヤ。

親が出会わなければ・・・イヤ。

親にもそれぞれお父さんとお母さんがいる・・・


不意に一期一会の軌跡が交わる意味を理解した。

億万もの奇跡の積み重ねの上に自分が立っていた。在った。


それは俺だけじゃ無いことも、これは誰にでも起こっていることが見えた。誰もが奇跡の上に在った。



監督たちにも奇跡の出会いが有った。それが巡る。

感謝の恩返しによってまた巡る、巡り合う奇跡。

感謝の大河が繋がっていた。



野球のお陰で見えた。



そして明は野球を卒業した。





次回 24話  神谷危険はNGワード

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話の筋がので消そうと思ったのですが

なんか・・・消したくない(笑) 飛ばして結構です。



「色々あるだろうが、悩みとは一緒に寝てやれ、心配なら一緒に聞いてやれ」


宗彦は修業時代、不調の担当機器の原因が解らないと横で寝ていた。


一等機関士も笑って教えてくれない。


三等機関士、二等機関士、一等機関士で担当機器が違う。

機関長に担当機器など無い、機関室にすら入らない。

機関部を統べる神である。法で決められた出入港配置時しか機関室のコントロールルームに来ない。機関室の事は全て一等機関士が差配する。機関長は自室で報告を受けるだけである。



自分の担当機器ぐらい全てを理解しないと面倒を見られない。だから一等機関士の担当する技術的に上の機械など触れない。必然的に上に行けない、これは修業時代に関わらず今でも変わらぬ景色だ。


長い航海、船の中での生活である。

自分の家は1階で寝るのと2階で寝るのと変わらない。

同じ様に部屋で寝ようが機関室で寝ようが同じだ。


とことん不調に付き合って初めて見える事もあるのだ。それも勉強、修行である。分解図面と向き合った。機器と一緒に寝た。部品に話しかけた。


「どこが悪いのよ?そろそろ教えてちょうだいよ」



ただそれだけの言葉。宗彦が過去に辿たどった道程どうていの言葉。




「神谷の奴、まだ横で寝てましたよ」ニヤリと機関長に報告。


神谷が悩むと一等機関士と機関長は次の港で手に入る高価なウイスキーを賭けるのだ・・・長い航海は暇なのである。


次の港までに1ケース!




次回 24話 神谷危険はNGワード  

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宗彦が乗る船の大きさについて。


巨大船がどれほど大きいかは動画で検索して頂けたら。


動画重い方「座礁 大型 三重県」で画像検索をどうぞ。

15万トンの双子の貨物船の写真がありました。

15万トンでこの大きさです。20~30万トン普通です。



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