第15話 富田Side 硬派の辰雄
辰雄は訊いた。
「神谷って先輩はそんなに凄いのか?」
その名前を初めて聞いたのは冬の終わりごろだった。
何気なく見ると、息子の
「
「何も無いよ」
言いながら少しニヤ付く剛志
「機嫌いいな。面白そうな事があって良かったな」
それ以上は聞く気が無かった。
しかし
「先輩に〆られただけさ」と陽気に言ったのだ。
「お前が〆られた・・・」絶句した。
「土下座で
「お前はどうなんだ、納得してるのか?」
「うん、納得してる。俺と仲間が悪かった」
「仲間もか?一緒にか?」
「うん、女子も一緒に全員土下座だった」
「何!」えー!
「神谷先輩は男も女も容赦しないよ」
「・・・」絶句!
「先輩、滅茶苦茶カッコよかった!」
「神谷って先輩はそんなに凄いのか?」
「うん」
意思を漲らせてうなずく剛志。
「土下座の仲間は納得してるのか?その、女子たちも」
「納得してるよ。神谷先輩には誰も逆らえないからな」
「ほう、そいつぁ凄ぇな!」
「あ!喋り過ぎた。ここまでにしてくれよ親父!」
「何だ、そりゃぁ?(笑)」
「俺たちは全員納得して神谷先輩に〆られたんだからな」
「しかしだな、お前・・・」
「先輩に間違いはないから!本物の男。心配いらない」
「あー!分かった分かった(笑)」
俺の息子を〆る?そんなのがいるのか。
剛志は小学校、中学校、高校に入るまで一年、二年の歳の差で上級生に後れを取る奴では無いと思っていた。俺が殴っても言うこと聞かねぇ時がある。
普段は勝ち気で理不尽には立ち向かう気概もある。またそうじゃないと仲間の信頼を得られないのはあいつが一番知っている。
神谷って先輩に〆られるってなんだ?
高校受験で俺が中退のせいで押さえ付け過ぎて、文句があるならタイマン言ったら俺に殴り掛かってきた奴だぞ。
まぁ俺が勝ったけどな。
あいつを〆るなんてできるのか?それはあいつが納得しないと無理だぞ。
気に入らないと頷かず、梃子でも動かないのは親譲りとしか言えないが、それも意固地になるのではなく戦う理由が有っての堂々の反抗なのだ。勉強出来て当たり前、リーダーやって当たり前、褒められて当たり前、運動出来て当たり前、腕っぷしは俺譲り。
小、中、高と先生との面談を真由子が聞いて来る限り、親の七光りなど関係なく勝手に光っていたのだ。
腐っても俺の息子だぞ。自慢の息子だぞ。
そんな剛志が完膚なきまでに〆られて、畏怖と尊敬まで勝ち得ている。もはや崇拝している節まである神谷先輩って奴はどんな器や。
そんなのがいるのか?
それから三か月ほど経った時、真由子が高校に呼び出された。剛志が暴力行為で三人を殴って停学になったとのこと。
高校二年になって、
次にその名前を聞いたのは剛志が停学を食らって二、三日した時だった。神谷先輩が家にいきなり訪ねて来て、対応した真由子が話してみたら凄い子だったと聞いたのだ。
真由子が言うのである。凄いのは本当だと思った。
真由子が二人に茶を出した直後、学校説明以外の部分で停学に至る概要を話してくれたそうだ。
世間一般で言う衆人環視の中で殴った。という事実のために学校は処分をしたが、先生は剛志の味方である事。襲われていた女生徒を助けるために現場に乗りこんで邪魔をする生徒二名、強制猥褻の生徒一名の計三名を殴った。剛志は何も悪くなく、逆にヒーローだそうだ。
学校説明では女生徒を閉じ込めて怖がらせる遊びをしていた所、閉じ込められた女生徒の友達が剛志に助けを求めたことで止めさせるために剛志が殴ったと聞いた。
女生徒は実際に抱きつかれていた事で、公にすれば強制猥褻の加害者と被害者がクラスで学校生活を過ごしにくくなる事を考慮し、かつ学校側も穏便に済ますため関係者には
学校の処分事由には危険な悪ふざけ中の暴力事件となっているらしい。
情報を忖度して表現を抑えて教えるのではなく。真由子が一番欲しい情報を剛志の前で会話に紛れて堂々と教えてくれたそうだ。
剛志が何も言わない。それは本当の情報だからだ。
真由子が本当の事を知り、機嫌を良くして食事を振舞ったら色々と教えてくれ、普段剛志には絶対できない色恋の話を
助けたのは剛志が好きな子らしい。
なんぞそれ!そんな話初めて聞いたぞ!俺と一緒で甘い言葉とか愛だの恋だの好きだの言えないと思っていたが違ったのか?
ちなみに俺が真由子に言った甘い言葉は「一緒になるか?」その一言である。
俺は真由子に好きも嫌いも美味いも不味いも何一つ文句すら言った事が無い。分かっている、分かっているけれども無理だ、無理なのだ!そして俺が独り言でポロっと言う「美味いな」がお気に入りの真由子に、何か文句を言いやがった奴は俺が死なす。
個人工務店ではなく会社組織じゃないと業界大手とは取引出来ないという世間一般的な時流で会社を作り、社員がだいぶ増えてきた。
そんな社員の中で自分の女とのチャラい事を面白おかしく他人に聴かせるやつは〆てきた。自分の大事な女との秘め事を語りやがってと〆ている間に俺と世間とはちょっとズレている事も分かって来た。
暴れ回った
真由子に
学校抜けて
生意気な野郎と囲まれた。負けたら終わりの世界だ、ケンカも仕事も負けちゃならねぇ。ボロ雑巾のようになって働いた。
愛だの恋だのそんな生易しい物の入りこむ世界じゃ無かった。
俺は中退だ。剛志が停学だって気にしてない。むしろ今まで手を出さなかったのが心配だったぐらいだ。そして親としてはそんな所は似て欲しくねぇなとも思ってる。男としては俺の血を引いてんだ、嬉しいに決まってるじゃねぇか。
停学の経緯を真由子に聞いてから無性に嬉しくなり「惚れた女が襲われるのを助けに三人殴って停学になりやがった!」と飲んでは自慢だ。専務に三回目と言われた。俺はただ息子の剛志が漢ってことを・・・
真由子に聞けば小、中、高と剛志はモテているらしいが、惚れたの腫れたのそんな話はついぞ聞いた事が無い。俺と一緒じゃ無かったのか?
神谷先輩が真由子に暴露しても微動だにしなかったようである。剛志がそうなら本当だ。
俺と一緒だと思っていたが、愛だの恋だの言える歳になったんだなぁ。知らねぇうちに本当に大きくなりやがったもんだ。
神谷先輩、剛志の事を教えてくれてありがとよ。
あんたいい先輩だなぁ。剛志は何も言わねぇから、親のツボ抑えに来てくれたんだろ?ありがとうよ。
微動もしなかっただけ。
剛志がまだ愛だの恋だの一言も言ってない事を辰雄は知らない。
そして剛志は間違いなく辰雄の血を引いていた。
拒否反応だった。
次回 16話 G.Wに一人図書館
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