最終話 彼女

 俺達は街の東を目指した。


 目指すのは廃墟。


 理由はない。でも……そこにいるような気がする。


 既にスキル『彼女』は封印状態となり、俺には何も感じられないし、使用する事も出来なかった。


 ただ……まだ彼女とのスキルが使える。


 それはこの世界から彼女が消えていない証拠だ。


 最初クロエの居場所が何処か考えた時に、真っ先に思い浮かんだのが『古代遺跡』だった。


 そこから迷う事なく、『古代遺跡』を目指した。




 既に暗くなっていたのもあって、周りには静かな闇が広がっている。


 俺達は向こうに微かに見える『古代遺跡』を見つめた。


「イリヤ、セリナ、この先の戦いでお願いがある」


 二人は静かに聞いていた。


「もしもの事があったら、俺の事など捨てて逃げて欲しい。これは善意でも何でもない……俺は、クロエも……イリヤもセリナにも怪我なんてさせたくないし、ましてや……」


 次の言葉は出せなかった。


 ――死なせたくない。


 俺は噛み締めるように拳を握った。


「だから、約束して欲しい。危険があった時は居残らずに絶対逃げる事。いいね?」


「「分かった」」


 二人も納得してくれたようだ。


「それと、俺が走れ! と叫んだら遺跡から出来るだけ遠くに逃げて欲しい」


「走れ?」


「ああ、もしもの時だよ。でも君達が残っていると使えない方法だから……出来るだけ早く離れて欲しい」


「……分かった」「分かった」


 俺達は気を引き締めて『古代遺跡』へ入って行った。




 遺跡というだけあって、壁や床の材質は普段目にしているものとは全く違っていた。


 中は不思議と綺麗に保たれていて、カビ一つ見当たらなければ、匂い一つしていなかった。


 歩いている床にもそういったモノは一つも見当たらない。先日作ったばかりと言える状態だった。


 歩いている間も警戒をしていたが、全く押しかけてくるモノの気配はなく、俺達はそのまま最奥の広場に辿り着いた。




 ◇




「クロエ!!!」


 広場に俺の声は響いた。


 広場の向こうに玉座があり、玉座にはシヴァと言っていた男が座っている。


 その玉座の後ろにクロエが不思議な魔法陣に埋め込まれて辛そうに眠っていた。


「弱者はそのまま地面に這いつくばっておればいいものを…………」


「くっ! 黙れ! 勝手に人の彼女を攫っておいて! 絶対許さない!!」


「……またそんなくだらない事を言うか」


「くだらない事じゃない! クロエは大事な彼女だ!」


「…………道具を道具として正しく使えない弱者の言葉だ。貴様ではあれは使い切れない」


「クロエは道具じゃない! 生きている人だ! 見えないし触れられない……でもちゃんとここに生きている! 彼女を返して貰うぞ!」


 俺は剣を抜いて、シヴァに向けて全力で走った。


「愚かな……」


 シヴァの太刀が抜かれ、太刀から黒い闇の蛇が放たれた。


 冷静に見ると避けられないほどの速度ではない。


 アンドレスさんの攻撃の方が数倍速かった。


 俺は『アイテムボックス』から短剣を取り出し、シヴァに向けて投げつける。


 シヴァも冷静に太刀の束部分で短剣を弾き返した。


 直後――


 いつの間にか回り込んだイリヤが横から斬り込んだ。


 あまりの速さにシヴァも反応しきれず、腕で剣を受ける。


 カランカラン


 切り落とされた腕から甲高い音が響く。


「やはり……人間ではないのか」


 切られた腕からは血一滴流れる事は無かった。


「くっ! 愚民どもがっ!!」


 シヴァの切られた右腕の中から闇が溢れ出た。


「――――――ホーリーランス!!」


 溢れる闇に、美しい光の槍がシヴァを襲う。


 光に触れた闇が消え去り、シヴァの身体に大きな光る槍が刺さった。


「ぐ、ぐはっ!」


 次は俺の剣がシヴァに斬り込む。


 今度は音もなく、さくっと斬られた。


「ぐああああ」


 斬られた左腕も地面に転がる。


「くっ! 貴様ら!!」


 シヴァの全身から禍々しい闇が溢れ、広場を飲み込んだ。


「一回引くよ!」


 イリヤがセリナを抱きかかえて後方に飛び上がった。俺もそれに続き、後方に避けた。



 遺跡から爆音が響いて、崩れていった。


 外に避難した俺達の前に禍々しい黒い巨人が現れる。


 ゴォォォォォォ!


 咆哮だけで周辺に暴風が吹き荒れる。


「セリナ! 巨大な魔物に使える魔法はある?」


「う、ううん! あんなに大きいモノに効く魔法はないかな……」


「そっか……分かった! ここは俺が何とかする。二人とも……走れ!!」


「っ!? ペインくん……絶対に帰って来てよ!」「ペインくん! 待っているからね!」


 二人は迷う事なく、街に向かって走り去った。




 黒い巨人が俺を睨む。


 圧倒的なまでの威圧感が俺を襲う、が――全くの恐怖はない。


 今の俺には守るべき人がいて、守れる力を持っている。


 それは全て彼女から託された力だ。


 俺は『アイテムボックス』から拳ほどの黒いボールを二つ取り出した。


 そして、ボールに付いている紐を口で引き抜いた。


「シヴァ、残念だったな! お前が来るのが遅すぎたから、クロエがくれたこの力でお前を倒してやる!! 俺の彼女は誰にも渡さない!!」


 俺は二つの爆弾を黒い巨人に向かって全力で投げた。


 ――――そして。











 ドドォン!! ゴゴゴォォォォォ!


 真っ赤な爆炎の共に、爆音が周囲に響いた。


 音に遅れて爆風が広がる。


 周辺の木々が吹き飛ばされ、俺は『アイテムボックス』から取り出した『大盾』でその場から爆風を耐えた。


 数分後。


 ようやく、爆風も終わり、開けた前方を見てみると、巨人は既に無くなっており、大地には大きなクレーターが出来ていた。


 あまりの大きさが、ダブル爆弾の凄まじい威力を物語っていた。




 俺はクレーターの中を走った。


 向かうはその中央。


 一番深い場所に、彼女が横たわっていた。


「クロエ!!」


 両手で彼女を揺する。


 でも、それの手は彼女には触れられない。


 けれど、それでも構わなかった。


 俺は全力でクロエを叫んだ。


【ん…………あれ? れいと……くん?】


「ああ! 俺だよ! 待たせてごめんな?」


【うん……大丈夫……きっと来てくれるって信じていたから……】


「ああ…………君がどこに消えても、俺が必ず見つけだすから、心配しなくていい」


【へへ…………ありがとう】


「こちらこそありがとうだよ……こんな俺なんかに付いて来てくれて」


【…………私、れいとくんがいいなぁ……れいとくん以外は嫌……】


「クロエ…………クロエ!」


【ん?】


「その…………っ!!」


 俺は彼女の肩を掴まえた。


 触れられなくても構わない。


 自分の気持ちを伝えたいから――――











「す、好きだ! 俺はクロエの事が、誰よりも好きだし、これからも彼氏でいたいし、クロエに彼女でいて欲しい! だから――――これからも俺の――――――」


【れいとくん…………私も――――――好きだよ】


 夜の向こうから、眩しい光が現れ始める。


 光がクロエ彼女の笑顔を照らした。




 - スキル『彼女』のレベルが限界に達しました。-


 - スキル『降臨』を獲得しました。-




 俺とクロエは頭に聞こえたアナウンスに驚いた。


 ずっと願っていた彼女と触れる事が出来るスキルである事は、使わずとも理解した。




「あ! く、クロエ、悪いんだけど……このスキル、少し待ってくれないかな?」


【ふふっ、イリヤちゃんとセリナちゃんね?】


「ああ、彼女達がいなければ、俺はここまで来れなかったから、彼女達ともこの嬉しさを分かち合いたいんだ」


【うん。私もそっちの方が嬉しいなー、でも、一つだけ残念な事があるの】


「残念な事?」


【ふふっ、――――それはね】


 そして、彼女は触れられるかのように、俺の顔に近づいた。


 俺と彼女。


 決して触れる事が出来ない存在。


 そんな俺達はお互いの気持ちを確かめ合った。


 触れる事が出来ないはずの、彼女の――――唇と唇が重なった。

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