第20話 新しい出発
異世界での生活も一か月経とうとしていた。
既に孤児院の隣の敷地には、俺とクロエ、イリヤさんが住む家が完成している。
異世界ならではの、家を建てる速度と値段の安さに驚いた。
これもまさにオンラインゲームと同じで、家を買うと、ポーンって出来上がる、あれと似た感覚だった。
こんな立派な家が、たった三日で立つなんて、思ってもみなかったよね……。
現在はこの家を中心に、周りの魔物を倒して素材を売ったり、オークの住処での報奨金を使って孤児院を修繕したり、孤児達と色んな商売を画策していたりしていた。
その中で、一つだけ、大きな事が動いていた。
それは、この土地を手に入れる直前、絡んできた盗賊ギルドだ。
元鳳翼騎士団最強団長のイリヤさんとクロエの活躍により、商会ギルドのボロスが盗賊ギルドに通じていた事を通報して制裁した。
ただ、この事で、俺達は常に盗賊ギルドにマークされるようになっていた。
それも全てクロエの活躍で全部潰したのだけど……いい加減、盗賊ギルドにも諦めて貰う為、盗賊ギルドの本拠地を叩こうって話になった。
まず、俺は常に狩りを行いながらレベルアップを行っている。これで純粋なステータスの底上げが狙いだ。
クロエは、俺の狩りのサポートをしつつ、夜は盗賊ギルドの秘密を探りに毎晩出掛けてくれている。寝なくても問題はなく、誰にも見られないクロエだからこそ出来る事だ。
イリヤさんは、普段から衛兵と協力し、クロエが夜見つけた場所の強襲したり、孤児院の守りをして貰っている。
セリナさんは、孤児院の切り盛りは勿論なんだけど、ずっと回復魔法の練習をしている。今までは回復魔法が使える事をひた隠ししていたらしく、ろくに練習していなかったそうだ。今回の戦いで自分の回復魔法がどれだけ多くの人に役に立てるか、痛感したそうだ。
◇
そんな生活を送っていたとある日。
いつもの狩りの途中の事だった。
- スキル『彼女』のレベルが上昇しました。-
- スキル『視覚共有』を獲得しました。-
- スキル『空間斬り』を獲得しました。-
ものすごく久しぶりにレベルが上がった!
「って、今回はスキル二つも手に入ったね??」
【そうだね! ん~、えっとね。このスキル。セットスキルみたい】
「セットスキル?」
【うん。珍しいスキルで、この場合『視覚共有』がメインとなっていて、『空間斬り』がサブになっているの。メインスキルはいつでも使えるけど、サブスキルはメインスキルの効果中のみ使える仕様がセットスキルというモノなの】
ふむ……。
つまり、『空間斬り』を使うには、『視覚共有』を使っていなくちゃいけないのか。
「クロエ、ちょっと練習してみてもいいかな?」
【うん! やってみよう!】
心の中の『ステータスボード』で『視覚共有』を押してみる。
しかし、全く反応がない。
【あっ、『視覚共有』って私から送らないといけないかも】
「そっか、じゃあお願いね?」
クロエの手と指が何かを押す仕草を続ける。
すると、
頭の中に「『視覚共有』の許可を得ました。使用しますか?」とアナウンスが流れた。
勿論、はい。と答える。
――――すると。
「おおおお! クロエの視点から目が見えるよ!」
【本当!? 私には何も変わりはないんだけどね】
「身体は動くのに、視点が違うところにあるから、凄い変な気分!」
【ふふっ、変な感じになったら、直ぐに切ってね?】
「分かった――――――おお……これが俺自身か……」
視線の先には、身体の感覚があるのに、動かす手足が逆に映っている自分自身がいた。
この世界の俺ってこういう風に映ってんだ……。
この視点。
自分の意志では変えられなかった。
あくまで、クロエが見つめている視線のみ、見る事が出来る。
「クロエ、『空間斬り』も試してみたいから、どこか、魔物の所に行って貰える?」
【分かった!】
おお~!、視点が勝手に
【ゴブリンだよ! ――――あれ? ペインくん、大丈夫?】
あ、ああ……ちょっと酔っただけ……これくらいなら何とか……でも極力動かないでくれると嬉しいかな……。
【分かった! ゴブリン、見える?】
ああ、良く見えるよ。今から試して見るね!
スキル! 空間斬り!
俺は持っていた剣を前に斬り付けた。
直後、映っている視界の先にいたゴブリンの正面に、俺の剣が現れ、そのままゴブリンの両断した。
ちゃんと斬った感覚もある。まさに、目の前のゴブリンを斬った感覚と同じだ。
【ペインくん! 剣がいきなり現れて、ゴブリンが斬られたよ!】
お、おう! 俺も見えてたよーこのスキルがあれば色々便利そうだね。
【うん! でも移動時は『視覚共有』は切って置いた方がいいかもね】
あ、ああ……。
『視覚共有』を切ると、いつもの視界に戻る。
へぇ……他人の視界ってああなっていたんだね。
少し、全体的な見え方が違っていた。
目の大きさとか関係あるのかな?
クロエは目がパッチリして可愛いから、視界も広かったな。
向こうからクロエが走って来た。
【このスキル、便利だけど、ゴブリンを回収する方法がないね~】
「あ~、そう言われてみればそうね……必殺技的な使い方かな? 普段の狩りではなしだね」
【そうね~必殺技か~なんだか、ワクワクするっ!】
彼女との共同必殺技……何だか良い響きだ!
「あ、クロエ」
【ん? どうしたの?】
「その……毎晩ありがとうな」
【えっ? う、うん! 私に頑張れる事なんだもの。任せといて!】
誰からも見えない。
だから、潜入調査にも向いている。
だけど、それは常に孤独と隣り合わせに違いないだろう……。
「平和になったら……みんなで旅行にでも行くか!」
【えっ!? 本当!? 行きたい!!】
「行きたい場所、リサーチしないとね!」
【うん! 私が全力でリサーチします!】
クロエが可愛らしく敬礼ポーズをする。
みんなで旅行に行くの、楽しみだな~。
◇
数日後。
本日は狩りの休みの日だ。
「ペインくん」
今日は何をしようかなと思っていたところに、イリヤが声を掛けてきた。
「イリヤ? どうした?」
「うん、今日は休みだよね?」
「そうだけど……?」
「じゃあ、今日は私の稽古に付き合ってね!」
満面の笑顔のイリヤ。
実は、孤児院の隣に家が建った後、少しずつ距離が縮んだ俺達はクロエの提案で堅苦しい会話はなしにしようという事になった。
なので、今ではフランクに話し合う仲となった。セリナともね。
それにしても……イリヤと稽古か…………まだ経験はないけど……めちゃくちゃ怖いんですけど……。
元とは言え、騎士団団長になった程の実力の持ち主で、盗賊ギルドのアジトを一人で幾つも潰し回っている。
そんなイリヤとの稽古……お手柔らかにお願いします。
孤児院の広場で俺とイリヤはお互いに木剣を持って、対峙した。
「お兄ちゃん~! 頑張れ~!」
「イリヤお姉ちゃん頑張れ~!」
子供達が応援に駆けつけてくれた。
それにしても、本気は出してないはずなのに、全くの隙が見えない。
今まで戦った魔物や盗賊ギルドで喧嘩慣れした人達ですら、何となく『隙』というのが見えていた。しかし……イリヤは全く隙がない。
寧ろ……隙なんて考えず、心向くままに攻撃して来なさいと言われている気分だ。
最初は俺から仕掛ける。
素早く木剣の範囲に移動して、横なぎを試す。
ドカーン
木剣と木剣がぶつかり――――何故がとんでもない音が聞こえる。
直後、イリヤの木剣に亀裂が入り、折れてしまった。
「これは!?」
折れた木剣を見つめ驚くイリヤ。
俺も何が起きてるのか理解出来ず、ただイリヤを見ていた。
「この感覚…………まさか…………やっぱり
「えっと? イリヤ、そういう事?」
「ふふっ、もうちょっと試させて貰うね?」
「う、うん?」
それからイリヤに言われるまま、木剣をまたぶつけ合った。
毎回イリヤの木剣が折れ、十本折れた所で稽古は終わりとなった。
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