彼女 LV.6

第16話 団長の事情

 私の名前はイリヤ・フォーンセル。


 エヴァリン王国の名門フォーンセル子爵家の令嬢として生まれた。


 名門とは言っても、実情は泥まみれのフォーンセル子爵家だった為、私は生まれて直ぐに派閥争いに巻き込まれた。


 醜い争いが続いており、家族だけでなく、執事やメイド達ですら心を許せる相手がいなかった。


 幼い頃でも既に派閥争いの雰囲気を感じ取っていた私は、自分の事を道具としか思ってない両親や兄弟に嫌気がさしていた。


 そんな時、たまたま兄上が剣の稽古を行っている所を目にした。


 ――――剣。


 剣というモノを初めてみた私は、衝撃のようなモノを感じた。


 兄上の稽古を遠目で見つめ、何をしているのかを考え、私は一人になった部屋の中で物差し棒で素振りを始めた。


 それから数か月が経ち、私が部屋の中で素振りをしている事が噂になり、令嬢らしからぬと両親から勘当されてしまった。


 しかし、これは私の作戦でもあった。


 このままフォーンセル家の駒となるくらいなら、自分が生きたいように生きたい、そう思っての行動だった。


 勘当された私は地方貴族家に飛ばされ、フォーンセルを名乗る事も許されないまま、一人の時間を過ごす事となった。


 それから毎日剣を振るう日々。


 剣を振るうだけが唯一、心休まる時間だった。


 あれから数年。


 どうやら私には剣の才能というものがあったらしく、国の最強騎士アンドレス様に導かれ、騎士になる事になった。


 アンドレス様の意向で、騎士団に所属したが――――そこでとんでもない事を自覚してしまった。


 それは、長年、人と一切関わらなかった私は、他人と話す事が出来なかったのだ。

 

 返事もままならぬ私は、直ぐに騎士団内で浮いた存在となった。


 唯一、私に真剣に向き合ってくれたブラムとキランだけが、何とか意思疎通くらいは出来ていた。



 それから数年。


 騎士団での仕事は楽しかった。


 そんな中、私に婚約話が殺到するようになった。


 何故なら、既に私はエヴァリン王国でも有名になる『黄金の戦乙女』という通り名で呼ばれるようになっていたからだ。


 その頃、私と無理矢理婚姻を結ぼうとしたとある子爵家が、実家であるフォーンセル家に私の事を吹き込んだ。


 フォーンセル家に呼ばれた私は、またフォーンセル家を名乗る事を許され、直後に結婚するように言われた。


 その事実にあまりの衝撃を受けた私は――――大きな異変を感じた。




 それが、『騎士イリヤ』の誕生である。




 騎士イリヤは、私の中に眠る本能のようなモノだった。


 人に言葉を伝えられない私。


 人との付き合いが苦手な私。


 そんな私が、心の中から産んだ人格、それが『騎士イリヤ』だった。




 結婚するように言われた直後、私の中で生まれた『騎士イリヤ』は、「私に剣で勝てる者以外とは結婚する気がありません」と言い放った。


 勿論、両親の怒りは凄まじかった。


 名門なだけあって、私はまたもや辺境の地へ飛ばされるようになったが、アンドレス様の意向により、私は『鳳翼騎士団』という新しい騎士団の団長になった。


 私は、晴れて誰にも邪魔されないようになったのだ。






 『鳳翼騎士団』発足から数年。


 数々の実績を積んだ私達は、王国内二番目の騎士団として、私はその騎士団団長として、王国内で大きな地位を確立した。


 それでも、私の中の本当の私が話せる人は未だにいない。


 昔から兄貴分として『鳳翼騎士団』に所属してくれたブラムとキランとなら、意思疎通は出来るだろう。


 でもあくまで意思疎通であって、会話にもならないのだ。



 私はどうして生きているのだろうか。



 そんな事をずっと思っていた。


 何がしたいのか、人々を救うだけの存在なのかと…………











 私を救ってくれる人はいないのだろうか――――と。




 そんなモヤモヤした思いをしていると、とある男性が私の前に現れた。


 我々が長年追っていた賞金首の情報を持っていた男。


 何処の誰かは分からないが、ブラムが信じた男だ。


 そして、彼の言った通り、賞金首を確保出来た。


 そんな彼は――――賞金首を捕まえた酒場の壁に向かって泣き崩れていた。


 その姿に、何処か、私自身の心を見ているかのような感覚に陥った。



 次の日、


 彼が報奨金を受け取りに来てくれた。


 しかも、まさか断るなんて、思ってもみなかった。


 あれほどの大金を、さも、当たり前のように本心から断る彼に、いつの間にか私は『騎士イリヤ』から『イリヤ』に戻っていた。


 私の変わり様を見ても、彼は眉一つ変えなかった。


 ――――それが当たり前かのように、私が、私である事をちゃんと分かってくれるかのように。



 それからオークの群れを探して貰えるように交渉しようとすると、既に亡くなってしまった彼女が隣にいるかのような素振りで、快く承諾してくれた。


 ――――亡くなった彼女の事をいつまでも思っているその姿勢に、美しささえ感じた。


 そして次の日には、オークの群れまで一歩の迷いない足取りで案内してくれたのだ。




 私は今日も一人、部屋でエールを飲んでいた。


 酒が得意ではないんだけど、何となく、飲みたくなった。


 ――――ペイン様。


 彼の事がどうしても頭から離れない。


 オドオドしている姿勢も、亡くなった彼女の事を思った途端にその表情が一変する――――そう、まさに私が『騎士イリヤ』になったように、人が変わるのだ。


 もしかしたら、彼となら、この気持ちを共有出来るのではないか? という疑問がずっと心の中にあった。


 そう思えば思うほど、彼が頭から離れない。



 用意していたエールを飲んでいると、珍しく部屋を訪れた者がいた。


 飲み会で私を訪れる騎士団員はいないはず……。


 恐る恐る出て見ると、そこにはなんと、ペイン様がいらした。


 驚く私とペイン様。


 ――――話がしてみたい。


 だから、私は迷う事なく、彼を部屋に入れた。


 彼の前では『騎士イリヤ』は出てこない。


 いや、出せなかった。


 素の私を見た彼の表情は――――何一つ変わらなかった。


 素の私は色んな人が嫌うのに……彼は最後まで向き合ってくれた。


 それが本当に嬉しくて……。


 こんな私を前にしても、嫌らしい顔一つしないし、蔑む顔一つしない彼に次第に惹かれていきそうだった。


 直後、彼は後ろを向いて、ものすごく謝り始めた。


 酔っているのだろうかと思ったけど、彼女さんがいらしたようだ……。


 彼女の名前はクロエ様。


 綺麗な名前――――きっと綺麗な方なんだろうと想像出来る。


 彼女を見つめる彼の顔は、幸せな顔そのものだった。


 ああ……私が入る隙なんて……ある訳がなかったのね……。




 エールを飲み過ぎたかも知れない。


 勝手に惹かれて、勝手に挫折して…………こんな気持ち初めてで……私にもこんな気持ちがあるんだと少し嬉しくなり、目を開けた。


 そして、目の前に土下座しているペイン様と、窓の外の明るさが目に入る。


 ――――窓から逃げていく彼の後ろ姿を、私は、見つめる事しか出来なかった。




 ◇




「はぁ……」


「団長」


「ん? どうしたの? ブラム」


「さっきので、本日の溜息、二十回目ですよ?」


「えっ!? 私、溜息吐いていたの?」


「はい、二十回も」


 し、知らなかった……。


「えっと、もしかして、ペイン殿ですか?」


「へっ?」


 『騎士イリヤ』の私から、こんな情けない声が出たのは、初めてかもしれない。


「流石はペイン殿……完全無欠の騎士イリヤ様から、そんな声が聞けるなんて」


「ち、ちが――――――くはないか……はぁ…………」


 あっ! また溜息…………。


「団長、俺は団長が騎士団に所属していた頃から、ずっと一緒にいます。いつも言っているように、団長は俺にとって、妹のようなものです。だからこれからの無礼は許してください。

 ――――団長。人を好きになるという事は覚悟が必要なんです。彼には計り知れない亡くなった彼女を抱えています。それに向き合う覚悟はありますか? それで騎士を辞める事になっても向き合えますか?」


「ッ!? わ、私は…………」


「ペイン殿の心の傷を埋めれる自信はありますか? 愛というのは、貰うものではなく、あげるものです。団長は自ら彼に歩み寄る勇気と覚悟がありますか?」


 ブラムの問いかけに、私は決心するのであった。

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