第14話 彼女とシスター

【…………ペインくん】


 ん? どうしたの? クロエ。


【あの子……泣いてたわよ】


 へ? シスターが? どうして?


【とにもかくにも、追いかけて来なさい!!】


 えええええ!?



 いきなり、彼女の怒られて、シスターが逃げ込んだ厨房に駆けつけた。


 厨房を見渡してもシスターの姿が見えない。

 

 ――――と、その時、厨房の隅っこにうずくまっているシスターを見つけた。


 シスターにゆっくり近づく。


 どうやら、泣いているのは本当みたい。


 『アイテムボックス』から綺麗なハンカチを取り出した。



「シスター、何か気に障ったのなら謝ります。ごめんなさい」


 彼女の前に片膝を下げかがみ、ハンカチをシスターの前に上げた。


 そっと頭を上げたシスターは涙目のまま、俺が渡したハンカチを受け取った。


「ペイン様……ごめんなさい…………急に泣いてしまって……本当にごめんなさい……」


「いいえ、デリカシーが全く無くて本当にごめんなさい。最初に伝えておくべきでした……」


 きっと、見えない彼女に料理を渡した事にショックを受けたんだろう……。


「…………彼女さんとは、いつから…………その…………お付き合いを?」


「へ? ん…………一週間前?、四日前?」


「えっ……それってつまり、私と知り合った直後……?」


「ん~どうでしょう……彼女とちゃんと向き合えたのは……四日前だから、そうですね」


 それを聞いたシスターは更に泣き始めた。


 えええええ!?


 シスター……一体どうしたの……。



 暫く泣いたシスターがようやく落ち着いた。


「ペイン様は優しいです……」


「へ? そ、そんな事ないですよ? 俺なんて……最低野郎なんで……」


 彼女クロエに最低な行為をしてしまった自覚があるから……俺が優しいだなんて……。


「…………私はまだペイン様と知り合って日も浅いです……ですが……こんなに後悔するくらい………………私はペイン様を好いていました」


 好いていました――――――。


 好いていました――――。


 好いていました――。


 好いて――――。











「えええええ!?」


 あまりの驚きに、シスターから逃げるように後退りしてしまう。


 そして、直ぐに刺すような冷たい視線が後ろから感じられる。


 見なくても分かる。


 この視線は、間違いなく彼女のモノだ。


 今振り返ったら、とんでもない事になるのは間違いない。


「せ、セリナさん? そ、それは何かの勘違いで――――」


 少し目が潤んだ美しい碧眼が俺に向く。


「いえ、今だから……後悔してしまったから……伝えさせて頂きます…………もっと早く言うべきでした……私セリナは、ペイン様を――――」


「す、ストップ!! だ、駄目! 俺には彼女・・がいるから!」




「ペイン様……好きです」




 う、うわぁあああああ!


「既にお付き合いしている方がいらっしゃるのかも知れません……それでも……伝え遅れて後悔して……未練がましい私なんかの告白なんて、きっと――――気持ち悪いでしょう」


 !?


 その時、俺の頭にとある思い出が蘇った。




 ◇




 中学一年生の頃。


 既にクラスで浮いていた俺。


 小学生の時から、クラスを仕切っていたやつと同じクラスになってしまったのが、運の尽きだった。


 目立った虐めはなかった。でも、雰囲気は既にそれに近かった。


 そして、うちのクラスに一つの面倒ごとが起きた。


 それは、クラスメイトの中に病弱で学校に来れない人がいて、プリント物を届けなくちゃいけなくなった。


 その時、真っ先に名前があがったのが俺だ。


 クラスメイト全員の満場一致で、俺が届ける事が確定してしまった。


 それについては別に何とも思わなかった。部活もやってなかった俺は、帰り道に寄るだけだからね。


 それから毎日プリント物を病院に届ける日々を送った。


 あれから半年くらい経った頃か。


 俺はこの半年、顔も見た事ないクラスメイトにプリント物を届けた。


 その頃かな、クラスを仕切っているやつから「お前、長谷川さんの事が好きなんだろう?」と言われた。


 長谷川さんって……俺が毎日プリント物を届いてる人だ。


 って……女だったのか。それすら知らなかった。だって興味がなかったから。


 届けているのが女だったなんて知らなかったから、「女だったんだ」なんて言ったら、周りから「気持ち悪い」と言われ始めた。


 気づけば、俺は『最低野郎』と呼ばれるようになった。



 これだから、人って嫌いになったんだ……。


 興味ないと思っただけで、勝手に酷い人間と烙印を押す。


 だって……会った事もない人の事、知る訳もないのに……。




 ◇




「気持ち悪くない!!!」


「え?」


 俺の急な大声で、セリナさんが驚く。


「セリナさんは可愛いし、いつも孤児達の為に一生懸命だし、料理も上手で、ちゃんと人の目を見て話してくれるし、何一つ気持ち悪くなんてない!!」


「えっ……あ、ありがとぉ……」


「だから、自分の事、絶対に気持ち悪いなんて思わないで!」


「は、はいっ!」


 いつの間にか正座になっているセリナさん。


 そんな彼女の前に俺も正座になった。


「セリナさんの気持ち……本当に嬉しいです。俺なんかを好きだと言ってくれて……俺、生きてて好きだと言われたの初めてで……」


 気づけば、俺の頬に大きな粒が降り始めた。


「でも…………本当に申し訳ないんですけど……俺…………既に好きな人がいて、彼女と一緒に生きていきたいと思ってるんです。だから…………俺は――――『最低野郎』です」


「ッ!? そ、そんな事ありません! ペイン様が最低だなんて、これっぽちも思ってません! だから……ペイン様も自分の事、決して下げないでください…………だって、好きな人が私のせいで『最低野郎』だなんて思われても嫌なんです……」


「セリナさん……ありがとう…………」


「いえ……初めて…………初めて好きになった方が、ペイン様で良かった……」


 セリナさんの眩しい笑顔に、俺の心も救われるようだった。


 でも……セリナさんの想いに答えられないのが苦しかった。


 しかし、その直後、俺もクロエも想像もしてなかった言葉が放たれた。






「でも、まだ諦めた訳ではありません。彼女さんには申し訳ないのですが、これからもっと良いところを見せて惚れさせますからっ!」


【えっ? えっ! だ、だめ!! ペインくんは渡さないんだから!!】


 いつの間にか、俺の隣に来たクロエが俺の腕に絡んでいた。

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