第11話 彼氏の宴会

 「「「「乾杯ー!!!」」」」


 酒場に元気な声が響き渡る。


 本日のオークの討伐の祝勝会である。



「ペインくんと言ったな! 弓兵に強襲は格好良かった!」


「あ、ありがとうございます」


「あれがなかったら大変な戦いになっていただろうさ! おかげで大きな怪我もなく終われたよ、さあさあ、今日の主役はペインくんだ、飲んでくれ!」


 俺を多くの騎士団員が囲って、大きなカップに目一杯入っているエールを寄せて来る。


 正直誰が誰かは分からないけど、オークの住処での戦いの仲間なのは違いないだろう。


 近寄ってくる人のみんなが俺が持っているエールのカップにカップをぶつけてくる。


 ――――これが乾杯というやつか! 人生初の乾杯からのエール酒異世界のビールは格別に美味かった。



「いやはや、あの青年の迷いのない強襲から離脱は鮮やかだったね! あれで素人らしいから凄い」


「ああ、俺も聞いたぞ、まだ駆け出しの冒険者らしいぜ?」


【おじさんたち見る目あります! ペインくんは本当に凄いんですから!】


 騎士団員に混じって、クロエも楽しんでいた。


 まあ、あれだ。


 誰もクロエの事は見えていない。でもクロエはそれが分かっていても、この場を楽しんでくれている。


 とりわけ、俺の話題には敏感に反応して、騎士団員の近くに行き、相槌を打つのだ。


 それにしても、俺が凄いわけではなくて、クロエを信じてただ追いかけて走り回っただけなんだけどな……。




「やあ、お疲れ様」


「ブラムさん!」


「ははは、今日の主役はペインくんに全部持っていかれてしまったな」


「いえいえ、俺はただ走ってるだけでしたから、あの奥にいた大型オークの方は大変だったでしょう」


「おお、流石に分かるか。オークキングという魔物でなー団長に聞いてはいたけど、オークキングがあんなに強いとは思わなかったよ。本当団長様々さ!」


「あれ? そういや、団長の姿が見えないんですが? 怪我ですか?」


「ん? あはは、あの団長がそんな怪我なんてするはずないだろう? ちょっと事情があって、部屋で一人で楽しんで貰っているさ」


 その事情は気になったけど、気にせず俺は宴会を楽しんだ。


 ブラムさんもそうだけど、意外にもキランさんが嬉しそうに絡んでくれた。


 酒の席とはいえ、肩に手を回されたのは人生初めてだ。


 少し酒の匂いはするが、キランさんの楽しそうな笑顔に俺も嬉しくなって、エールをぐびぐび飲んでしまう。


 楽しそうに騎士団員達に絡むクロエを眺めつつ、初めて味わうエールは、こんなに美味しいモノだとは想像もしてなかった。



 これも、全て彼女のおかげなんだな。


 俺の視線を感じたクロエは、満面の笑みを見せてくれた。




 ◇




 飲み会もそれなりに時間が経ち、一応団長にも感謝を伝えなくちゃと思った俺は、団長の部屋に向かった。


 もちろん、エールと食べ物の皿は欠かせない。


 団長の部屋にノックをする。


 トントントン。


 返事がない。


 もう寝られたのかな?


 それなら仕方ないね。


 ――――と、帰ろうとした瞬間。


 扉が開いた。


「あ、団長、ペインです」


「へ? ぺぺぺ、ペイン様??」


 ん?


 部屋からひょっこり顔を出す団長。


 うん、めちゃくちゃ可愛い。


 団長も酒を飲んでいたのか、少し顔が赤い。


 いつもの勇ましい団長とは違うから、多分酔ってそうだ。


「団長、すいません。飲み会初めてだったので、その…………感謝を言いたくて」


「えっと、えっと……ど、どうぞ?」


 団長は部屋の中に誘ってくれた。


 俺は団長にいざなわれ、部屋の中に入った。



 ふんわりと、部屋中に漂う良い香り。


 テーブルの向こうに団長が座っていた。


 いつもなら、凛々しい団長が、ものすごく――――――可愛らしい表情をしている!


 いつもなら話すのも無理だとは思うけど、酔った勢いと、彼女がいる事が、俺なんかでも美人過ぎる団長とも話せるようにしてくれる。


「団長、その、俺なんかを信じてくれてありがとうございます」


「は、はにゃ!?」


「えっとー、オークの群れの場所とか、酒場の件とか」


 しかし、団長は俯いたまま何を返してこない。


 どうしたんだろうか?


 ――――と思ったその時。






「ごめんなさいごめんなさい、わたしなんかが偉そうにいつもあれよこれよと命令して、本当にごめんなさい、わたしなんかが生きててごめんなさい、本当にごめんなさい、ペイン様に感謝されるなんて、わたしなんかが、本当にごめんなさい、本当に生きててごめんなさい、わたしなんかに信じられてペインん様も困りますよね、そうですよね、本当にごめんなさい、わたしなんか――――」


「ちょ、ちょっと――団長!? お、落ち着いてください!」


 急に始まったネガティブキャンペーンに驚き、団長の肩に手をあげる。


 触れた団長はビクッと身体を震わせ、


「ごめんなさいごめんなさい、わたしなんかに触れてくださってこんな女でごめんなさいごめんなさい」


 と呟いた。


 団長!?


 いつもの凛々しい団長は何処に!?


「だ、団長! だ、大丈夫です! 寧ろ、俺なんかが触れて本当にすいません!」


「ごめんなさいごめんなさい、わたしに気を使われてしまって本当にごめんなさい、わたしなんかで本当にごめんなさいごめんなさい」


 二人してお互いに謝りまくった。


 なんだろう……。


 団長に感謝を言いに来たのに、めちゃ謝っている。



 と謝りまくっていた時、背後からものすごい殺気を感じた。


 い、今、振り向いたら、目だけで殺されそうな気配が!?


 俺は、恐る恐る後ろを向いた。


 そこには――――




「く、クロエ! ち、違うんだ! これは団長に感謝を言いに来てさ!」


【むぅ…………浮気じゃない?】


「う、浮気!? そんなする訳ないだろう!」


【……ほんと?】


「うん! 本当だよ! 俺の彼女・・は君なんだから!」


 火山すら凍らせるんじゃないかと思わせる冷たい瞳が和らいだ。


 ふぅっと安堵したかのように息を吐いたクロエが、ゆっくり僕の隣に座った。


 都合よく椅子が三つあったんだな……。


「ペ、ペイン様?」


「あっ、団長、すいません、彼女が誤解したようで」


「…………その彼女さんはに?」


「そうです。見えないんで紹介は出来ないんですけど…………」


 チラッとクロエを見つめ、念話で名前を伝えてもいいかと聞いて見る。


 彼女は笑顔で頷いてくれた。


「彼女の姿は見えないと思うんですけど、彼女からは見えてます。名前は、クロエって言います」


「ほえぇ……クロエ様ですね、初めまして、イリヤと申します……」


 団長の名前、初めて知ったけど、イリヤさんって言うのか。


 クロエと一緒で、良い名前だね。


 クロエもよろしくお願いしますってペコリと頭を下げる。




「で、では、私が彼女さんの代わりに、お酒飲みますね!」




 と話す団長は、目の前のエールを思いっきり飲み始めた。


 笑うクロエにつられ、俺もエールを次々飲んだ。


 ――――そして。


 俺は記憶が無くなるまで、飲み明かした。





 外から綺麗な鳥の音が聞こえる。


 ……あれ?


 ……ここはどこ?


 なんか、ふんわりと漂う良い香り。


 ふんわりとしたシーツ。


 あれ?


 昨日は確か……宴会が楽しくて……テンションが上がって、団長の部屋に…………。



 ガバッ!



 俺は背中に流れる冷や汗のまま、ベッドも見回った。




 可愛らしいクロエと――――――団長が寝ていた。

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