第6話 彼女とデート

「あははは! 見ろよ! 冷凍・・が走っているぜ!!」


 小学生。


 運動が上手な子供がクラスのヒーローとなる。


 では逆の人はどうなるか。


 みんなの笑い者の対象となる。


 けれど、これには大きな仕組みが一つあるのだ。


 それは、一番下の子供一人を標的にする事で、自分に向く敵意を避ける事が出来る。


 子供達は、皆が皆、感覚的にその仕組みを理解している。


 だから、もっとも低い者を標的に笑うのだ。


 ――――それが、俺だった。


 一番嫌いな授業は体育だ……何故嫌いな長距離走を走らなくちゃいけないのか、ずっと疑問だった。


 中には先生まで混ざり、俺を馬鹿にしているやつまでいた。


 ――――本当にこの世界は理不尽だ。




 ◇




「がはっ!」


 久々に悪夢・・を見た……。


 俺は小学生以来ずっとこの悪夢を見続けている。


 だから、見たくないから毎日早起きというか、眠る時間が短かった。


 はぁ……久々に忘れたあの感覚を思い出してしまった……。



 ここは…………どこだっけ?


 あ……俺は異世界に転移したんだっけ。


 昨日…………クロエから連絡が来て、通報して……それで、クロエを迎えに行って、帰って来て直ぐ眠ったっけ…………。


「って! まさかまた扉の向こうで!?」


 俺は大急ぎで起きた。


 ――――しかし、そこには想像もしなかった光景が広がっていた。


 俺が眠っていたベッドの端で器用に眠っているクロエが見えた。




 ――――しかも寝間着で。




 !?!?


 ええええ!?


 なんで彼女がここで……あ、勢いで同じ部屋で寝て欲しいなんて言ってしまった気が……。


【ん……】


 彼女の可愛らしい声と共に、目を覚ました。


【あれ…………ここは?】


「お、おはよう」


【ん?? ……………………ッ!? お、おはよう!!】


 ガバッと起きる彼女。


 少し顔が赤くなってる。


 だが、俺はそれどころじゃなかった。


「え、えっと、そ、その……なんだ……」


【あはは……一応寝る時、簡単に着替える事が出来るの~、ほら見て?】


 ちらっと彼女を見ると、寝間着が瞬時に別な服に変わった。


 す、凄い! 着替えなんてもんじゃなくて、もはや身体の一部みたいに変化するのね。


 って!


 今はそれどころじゃなかった!!


「く、クロエ?」


【ん? どうしたの?】


 大きな目をパチッと開いて、首を傾げる彼女はそれはもう可愛い過ぎるんだけど。


「わ、悪いけど……ちょっとだけ部屋の外に出てくれないかな?」


【?? いいよ?】


 彼女は不思議そうに部屋の外に出た。


 ……


 ……


 ……


 はぁ……。


 俺もだな。




 ◇




 どどど、どうしよ!


 彼氏と……初めて同じ部屋で……。


 うう……お母さんに怒られるかも……。



 しかし、ペインくんはどうしたのかな?


 ずっと一人で過ごした廊下に久しぶりに立ったね。


 ふふっ……ずっとここで座って待っていたっけ……。



 それにしても、私も寝ようと思うと寝れる事を始めて知ったよ。


 ちゃっかり、衣装も寝間着に変更出来るし、眠ったベッドのふかふかも感じられた。


 意外にも椅子とかにも座れるし、触る事は出来なくでも感じる事は出来る不思議な感じだ。



 ガチャッ



 ゆっくり扉が開き、ペインくんが何故か申し訳なさそうな表情で出て来てくれた。


「ま、待った? ご、ごめん」


【ううん、全然待ってないよ?】


 えへへ……こんな風に話すのが夢だったから嬉しい!




 ◇




 朝食。


 それはその日を占うと言っても過言ではない。


 しっかり朝食を食べ、その日の原動力を補い頑張れるって事だ。


 俺はここ一週間、毎日宿屋の朝食を食べ、楽しい毎日を過ごした。


 だが…………。




 こんな美少女に見られながら食事はキツいよ!!!




【ん? どうしたの?】


 ぐあああ……NPCじゃないと分かったら、また女性・・として認識しちゃって……うう……。


「な、なんでも、ないよ」


【むぅ】


「???」


【言葉使いがまた元に戻ってる】


「へ?」


【昨日は普通に話してくれたのに】


「え、えっと…………うん、頑張る……よ」


 彼女は腕を組み、渋い表情で頷いた。


 取り敢えず、食事を早く終わらせよう……。





 食事を終え、正午の約束の時間までの間、街を歩いた。


 意外にも目を光らせるクロエはあれが見たいこれが見たいと言うので、付いて行く。


 ……カップルってこういう事をするのだろうか?


 ……って僕達ってまだ付き合ってもない気がするけど、僕の彼女(?)という事は付き合っている?


 よくわからなくなってきた。


【ねえねえ! このペンダント可愛いね!】


 彼女が指差したペンダントは星の形をした金属が付いているペンダントだった。


「あんちゃん、プレゼントかい?」


 ペンダントを見ていると店主が声を掛けてきた。


「え? い、いいえ、そういう訳――――」


 クロエがものすごい残念そうに肩を落とした。


「実は、彼女のプレゼントを探してまして」


「へぇ、彼女さんの為にかい、いいじゃないか」


 後ろのクロエがどういう表情をしているかは見えないけど……何となくウキウキしているのは感じられる。


「このペンダントが気になるんですが、いくらですか?」


「中々見る目あるね。そのペンダントは『夜空星よぞらぼしのペンダント』って言ってな、幸運をもたらせてくれると言われているペンダントだよ」


 幸運をもたらせてくれる?


「残念だけど一点物でね、安くは出来ないよ? ちょっと高いんだけど、銀貨二十枚なんだよ」


「銀貨二十枚!?」


 た、高っ!?


 ペンダント一個で銀貨二十枚って……二十万円みたいなもんじゃん!


 あっ、クロエがまた肩を落とした……。


 むむむっ、ここは……男として……。


「分かりました。買います」


「本当かい? 中々見る目ある彼氏だね! 彼女さんもきっと喜ぶと思うよ!」


 ええ……既に言葉には出さないけど、ものすごい勢いで身体から喜んでいるオーラが出てますよ……。


 俺は『アイテムボックス』から銀貨二十枚を取り出した。


 実は、先日カレンさんと狩りで銀貨も随分と貯まっていた。


 本来なら武器を購入しようと考えていたけど……まあいいか。


 もしあれならまたゴブリンを狩ればいいし。


「まいどあり~! わりぃな、その品は元値が高くてな」


「いえ! 大丈夫です。きっと彼女も喜んでくれると思うので、いい買い物が出来ました」


「うんうん、彼女さんにもよろしくな!」


 このペンダントは確かに高額だ。


 でも、俺が買ったのには理由がある。


 勿論、クロエが欲しがっていて喜んでくれているのも大きいんだけど……。



 今朝見た夢。


 誰もが俺を見ながら笑い者にした。


 それから中学校も高校も…………俺を見てくれる人なんて誰一人いなかった。


 家に帰っても出来の良い弟だけが優遇され、俺はご飯すら一緒に食べさせて貰えなかった。


 そんな俺が、誰かに初めてプレゼントを贈るのだ。


 だったら、折角の記念品として、高額なモノを贈ったっていいじゃないか。


 既に贈るモノがバレてしまったけど、彼女の喜びそうな顔が目に浮かぶと――――自然と俺も顔が緩んだ。

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