第5話 彼氏の決心

 初めて見た感想としては、この世には決して超えられない壁というモノがあるという事だ。


 きらやかな金髪に、綺麗な顔立ち。


 更には真っ白な鎧を着ている女性が、ブラムさんの前に現れた。


 その女性を見た僕は、人として生まれ、一生関わりなど持てないと思えた。


 それが、彼女との初めての出会いだった。




「それで、君が告発者だね?」


「え? は、はい!」


 美しい金色の瞳が僕を見つめる。


「君の告発通りなら……そいつは長年、我々が探していた賞金首『残虐のギレオン』という者だ。もし……そいつが見つかれば、君には報奨金もある。だが、もしも――――」


「だ、大丈夫です! 間違いなくいますから」


「そうか。分かった。ではこれから案内を頼むぞ?」


「は、はい!」


 そして、俺は彼女クロエの遠隔案内でとある酒場にやってきた。




「この酒場『鴉の巣』の奥の部屋です。部屋中に変な煙が充満してます」


「分かった。キラン、全員に補助魔法を」


「りょうかい」


 キランさんは突入する騎士団員全員に魔法をかけた。


 実は衛兵の中には騎士団所属の騎士様もいたようで、今回、俺はお願いしたブラムさんもまさに騎士団員だったそうだ。


 そして、彼女が騎士団長。



 キランさんの補助魔法が終わり、騎士団の突入準備が整った。


「我が鳳翼騎士団は長年、ギレオンに出し抜かれてきた。だが……遂にやつの居場所が突き止められた。恐らく、激しい戦いになるだろう。だが、あやつを野放しにすると犠牲になる民も多い。彼らを助ける為、全員! その命をかけろう!」


「「「「ハッ!」」」」


 騎士団員全員が剣に手を添えて起立する。


「では――――酒場のマスターの裏手を中心に攻める。一班は酒場内の奥の入り口、二班は酒場内の手前の入り口から潜入」


「「ハッ!」」


「三班はその他の客を抑えろ」


「ハッ!」


「四班は裏口を封鎖、五班は正面入り口を封鎖」


「「ハッ!」」


 それぞれの班長と思われる騎士団員が返事をしていた。


「では――――作戦開始!!」


 彼女の号令で、鳳翼騎士団が酒場『鴉の巣』に突入した。




 ◇




「鳳翼騎士団だ!! 全員動かずにじっとしていろ! 動く者、口を開く者、全員罪人となろう!」


 酒場『鴉の巣』にブラムの声が響いた。


 直後、後方から現れた騎士が次々と酒場の裏手に入って行き、数人が酒場を制圧。


 更に逃げ口も封殺した。


 その状況にマスターが口を開こうとする。


「口を開くな、口を開く者はこの場で斬り捨てる権限がある」


「ブラム、ここは制圧した。後は団長のヘルプに向かってくれ」


「分かった」


 酒場の制圧が終わり、ブラムは直ぐに酒場裏に入って行った。




 『残虐のギレオン』。


 奴との戦いは熾烈を極めると思われた。


 ――しかし。


 鳳翼騎士団のあまりにも早すぎる対応、そして、内部を細かく知っている・・・・・騎士団はあっという間に広場を制圧。


 ギレオンが反応する間もなく、駆け付けた鳳翼騎士団最強の団長『イリヤ・フォーンセル』により、問答無用で全身を斬られ動けなくなった。


 更に、駆け付けた騎士団員により、広場に集まっていた者は全員逮捕された。


 その中に、あられもない姿のレンもいた。




 ◇




 俺は騎士団の突入をただ見る事した出来なかった。


 念のため残ってくれたキランさんが悔しそうに酒場を見つめていた。


 ――それから数分。


 たったの数分で、彼女クロエから騎士団が制圧したとの連絡が入った。


「キランさん! 制圧完了したみたいです」


「なに!? 本当か?」


「ええ、だから安心してください。直ぐに出てくると思います」


「……そうか」


 更に数分。


 酒場の扉が開き、ボロボロになった大柄な男と、数十人の男女が運ばれてきた。


「団長!」


「キランか。無事に終わった。直ぐに銀浪騎士団に連絡を」


「ハッ!」


 キランさんは嬉しそうに、街の中心部に向かって走りだした。



「ペイン殿と言ったな」


「は、はい」


「此度の通報――――誠に感謝する。明日の正午に街中心にある鳳翼騎士団支部に来て欲しい」


「わ、分かりました」


「では、まだ仕事残っているので失礼する」


 美しい金髪をなびかせ、彼女は大柄な男を引きずり、去って行った。



 あはは……


 なんだか緊張が解けたら、立てないや……。


 その場に座り込んだ。


 酒場から多くの人が連行されて行くのを見ていると、酒場の裏手から俺を見つめている視線を感じた。


 ――――クロエ。


 彼女は不安そうに、壁から顔を覗かせ、僕を見つめていた。


 こんな……最低な俺をずっと見てくれている。


 俺は……本当に身勝手だ。


 勝手に彼女が欲しいと願い、それがスキルではあったが、クロエがこの世界に誕生した。


 彼女も生きているなんだ。


 俺は……自分の固定観念に囚われ、彼女を全く見ようとしなかった。


 ただのNPC…………そんな訳ないじゃないか。


 ただのNPCがあんなに嬉しそうに笑ったり、不安そうな顔になったり、怒ったり――――泣いたりするはずがない。


 彼女は俺を守る為、ずっと頑張ってくれた。


 あんなに不安そうな顔で俺を見つめて……目も真っ赤で沢山泣いたんだろうな……。


 だから――――。



 俺は気付けば、彼女クロエに向かって歩き出していた。


 彼女はオドオドしながら隠れる。


 向かっている間、捕まった人達の怒声が聞こえる。


 騎士団に対する怒声を潜り、俺は彼女クロエが隠れている壁の前に辿り着いた。


 ――そして。




 ◇




「ごめん!」


 そう言い、彼はその場で土下座して、頭を下げた。


【えっ!? ペ、ペインくん?】


「俺は……自分勝手な考えから、君が人ではないと決めつけていた。いつも……パソコンで眺めていたナビーゲーションシステムと何ら変わらない存在だと……思ってしまった…………俺を見てくれるのも、一所懸命に説明してくれていた事も…………君の努力ではなく、そうするように仕組まれているNPCだと思ってしまった!」


 ペインくんは大粒の涙を流し、悔しそうに自分の手を握りしめていた。


「俺は……誰にも…………必要とされないと……思って…………親にも見捨てられ……やっと……他人に向き合えると思って……そうなろうと、一歩、踏み、出して…………でも、初めて自分に……声を掛けてくれたのが……ただのシステムだと……思ってしまって…………」


 ああ…………。


 誰からも見向きもされないのは、私もよくわかる。


 見向きもされない事に理由があったとしても、その事実を受け入れなければいけないから、その辛さを誰よりも知っていたはずなのに……。


 私はまたしも、彼を悲しませてしまった。



 私は不安な足取りで彼の前に立った。


 彼の悔しい想いも、悲しい想いも、全て伝わってくる。


 私はそっと彼の手に、自分の手を重ねた。




【ごめんね、ペインくん。私がもっと君に向き合えていたら……ちゃんと今の気持ちも伝えられたのに……】


「ち、違う! 全て俺が……」


【ううん…………ねぇ、私の手…………ペインくんの手に重ねてるけど……触る事も出来ないの】


「そ、それは……」


【こんなんで彼女を名乗ろうとして……ごめんなさい】


「違う……」


【……でもね。私、頑張るから。君に貰った多くのモノをまだ返してないもの。だからね、私も頑張るから……ペインくんもこれからはちゃんと私も見て欲しいな】


「く、クロエ……」


【えへへ、名前で呼んでくれるの、嬉しい】



 私の頬にも一筋の涙が流れた。




 ◇




 ギレオンを要する一団を遂に捕まえる事が出来た。


 それも全て俺を頼って来てくれた青年のおかげだ。


 あの青年の瞳には、偽りの色が全くなかった。


 だから、信じた結果、ありがたい事に本当にギレオンを捕まえる事が出来たのだ。


 彼は、向こうにいる彼女・・から教えて貰えたそうだ。


 その彼女にも一言お礼を言いたかった。


 しかし……。


 あの青年は、誰もいない壁に向かい、その場で泣き崩れた。


 ああ…………君もギレオンの被害者だったのか……。


 既に彼女はこの世にいないのだろう。


 悔しかっただろう……。


 これで彼女もきっと成仏出来るだろう……。


 今日はお礼を言わず、そっとしておく事にしよう。


 また日を改めて訪れてくれるはずだから……。


 その時にでも、お礼を言おう。

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