第2話 彼女の距離

 ――――はあ。


 また溜息が出たわ。


 …………。


 俺の後ろを申し訳なさそうに俯いて付いて来る美少女。


 俺の彼女スキルだ。



 昨日の彼女から衝撃的な事を言われた。


 彼女は俺のスキル『彼女』とはなっているが、その正体は――――。



 単純に言えば『ナビゲーション』だという事だ。



 『ナビゲーション』は言葉通り、プレイヤーを助けてくれる『ナビゲーション』だ。


 マップの確認や周辺の状況を知らせてくれたり、情報をくれる存在である。


 そんな『ナビゲーション』は、自分にしか見えないのが常識だ。


 それもそうよね。


 ネットゲームで他人の画面なんて、見えるはずもないからね。



 今の彼女はまさにその状態らしい。


 ――――俺にしか見えない存在。


 彼女の声も存在も……全て俺にしか届かないのだ。




 歩き疲れたのか、昨晩はあのまま眠りに落ちてしまった。


 どうやら彼女は眠くならないみたいで、ずっと見張りをしてくれていた。


 今は街に向かって、ひたすらに歩き続けている。


 彼女は歩くのも疲れないみたいだから、気にせず付いて来てくれるのはありがたいかもね。



 今日は「おはよう」の一言しか話していない。


 だって……彼女は俺にしか見えなくて、ただの『ナビゲーション』で…………、ただのNPCだろう。




 ◇




 暫く歩きながら、ゴブリンが数匹いたけど、昨日同様にストレートパンチだけで倒していった。


 彼女の指示通り、ゴブリンを『アイテムボックス』に納めておく。


 街に行けば売れると教えて貰えたのだ。



 ゴブリンを倒して、無言のまま歩いて、また現れるゴブリンを倒して、また無言のまま歩いて――――数回繰り返すと、また日が暮れ、そのまま野宿。


 はぁ、確かに俺は人生をやり直したいと思っていたけど、俺が想像していたのはこんなんじゃない……。


 そんな事を思いながら、野宿している場所から夜空を見つめた。


「な、なあ?」


「う、うん! どうしたの?」


 ずっと気まずそうにしていた彼女が、慌てて振り向く。


 どうしてだろう。ただのNPCのはずなのに……こんなに生き生きとして、本当に生きてる人のようで……。


「お前が『ナビゲーションシステム』なのは分かった……」


「う、うん……」


 既にスキルだと割り切ると普通に話せるようにもなっていた。


 だって――――人じゃないんだろう?


「その……なんだ、この世界の事、全然分からないからさ。俺…………新しく人生を歩きたいと思っててさ――――ってNPC・・・にこんな話してる俺ってどうかと思うんだけど――」


 ちらっと覗いた彼女は――――




 まるで生きている人のように、悲しい目をしていた。




 彼女は何かをグッと堪えて俺を見つめながら両手を胸に当てていた。


「これからの事、頼りにさせて貰うよ、NPC・・・として」




 そして、気が付けば、俺は眠りに付いた。




 まさか、NPCだと思っていた彼女が泣いているなんて、想像も出来なかった。




 ◇




 翌日。


 朝起きると、彼女は笑顔で挨拶を送ってくれた。


 ――「おはよう」と返したけど、昨日同様、別に話す事なんで何もない。


 少し目が赤く腫れてる気がするけど、朝日のせいかな?


 まあ、そんな事はどうでもいいか。


 それから昨日同様、道なりを進み、出会ったゴブリンと数体倒しつつ、また街を目指して進む。



 既に三日目もなると、意外と歩くのも大変ではないと思える。


 意外と楽しいかも?


 そんな事を思いながら歩いていると――――


 遂に、地平線の向こうに、街が一つ見えて来た。


【あの街が目指していた場所、エルドラ街だよ】


 彼女の澄んだ声が聞こえた。


 何だか、普通の言葉を聞くのは久しぶりかも知れない。


 そのまま歩いていくと、道沿いに多くの人々で賑わっていた。


 やっぱり、俺が歩いてきた道は、普段から人が通らないような場所だったみたい。



 道なりを歩きながら賑わう人達を眺めていて気づいた事がある。


 この世界は、ゲームの世界と似てる。


 何故なら、種族が人族だけではないからだ。


 耳が尖っているエルフ族、背が小さいが筋肉ムキムキで髭が立派なドワーフ族もいる。


 中にはゲームではあまり人気のない亜人族――――トカゲ人間までいた。


 それは不思議な事ではないようで、周りの人々は普通に接していた。


 それにしても……一人で歩いているのは俺くらいか……。


 魔物がいる世界だもの、パーティーを組んで一緒に戦っているのかも知れないね。




 暫く歩き、街の前に辿り着いた。


 何やらみんな身分証明書のような物を見せている。


【あっ、ペインくん、街に入るには身分証明書を見せないといけなかった……えっとね、ゴブリンの死体を十体くらい見せれば通してくれると思う!】


 俺は彼女に返事もせず、そのまま進んだ。



 衛兵達が順番に確認をし、俺の番となった。


「君、身分証明書は?」


「ごめんなさい、身分証明書が無くて……」


「ん? 身分証明書がない?」


「えっと……気づいたら向こうの高原で目を覚ましまして……」


「……記憶喪失者か、一応犯罪経歴があるか調べて貰うけど良いな?」


「はい。お願いします」


 衛兵の一人に連れられ、奥の衛兵所に入って行った。


 小さな小屋で、中には衛兵が数人、目を光らせていた。


 意外と治安維持を頑張っているのかな?


「ではこちらの水晶に手をかざしてくれ」


 衛兵に言われるがまま、水晶に手をかざすと、青く光り出した。


「ふむ、これなら大丈夫だな。ただ、身分証明書がないとなると、新しく作って貰わないといけないが、君、お金はあるかね?」


「ごめんなさい、全く無くて……ここに来るまでの間にゴブリンを数体倒したんですけど」


「ほぉ、それは素晴らしい――――と言いたいが、そのゴブリンを持って来てくれないと賞金は――」


 俺は『アイテムボックス』からゴブリンの死体を十体取り出した。


 今の直前に倒したような色合いだ。


「なっ!? 『アイテムボックス』持ちか…………分かった。この十体で良い。これ以上詮索はしないでおこう。おい! この人に身分証明書を発行してくれ!」


「分かった!」


 衛兵に言われ、そのまま部屋を進むと、小さなメダルを渡された。


 メダルを持つと、裏に名前が刻まれる。


「それで登録完了だ。無くしたらまたお金取られるから気を付けろよ?」


「分かりました、ありがとうございます」


 俺はようやく、街の中へと入って行った。




【え、えっと、ペインくん、そのメダルに名前が刻まれるのはね、外でもしもの時があった時の為に刻まれるの】


「そうか」


 魔物がうろうろしている世界だもんな~。


【あっ! そ、そうだ! 向こうに魔物買取所があって、そこでゴブリンの死体を換金出来るよ!】


 彼女が指差す方向に向かって歩き出した。


 これはあれだな。


 向こうでネットゲームしていた頃、一所懸命に説明してくれるNPCと何ら変わりないモノだね。


 狩り場や街、お店の場所も全部案内してくれるから、自動移動に設定してしまえば、そのまま目的地まで歩いてくれてたっけ。


 画面の向こうに一所懸命説明するNPCなんて、気にした事もなかったな。



【あ、あっ、それとね! あまり人前で『アイテムボックス』は見せない方がいいかも……珍しいスキルだから、変な誤解を招くかも知れないの……】


 そう言えば、さっき衛兵さんもそういう反応していたっけ。深く詮索はしないって。


 そのまま彼女のアタフタする案内で、魔物買取所に辿り着いた。


 中も賑わっていて、俺は隙を見て、残りゴブリン十体を取り出しておいた。


 ちょっと嫌悪感はあるけど、そんな事言ってたら始まらないからな。


 頑張ってゴブリンを運んで、買い取って貰えた。


 俺に渡されたのは、銀貨一枚だった。



 魔物買取所を出て、また彼女のアタフタする案内で、安価の宿屋に案内して貰った。


 少し賑わっている場所から奥に入った『安らぎの木』という宿屋が見える


 中に入ると明るい「いらっしゃりませ~!」の女の子の声が聞こえた。


 カウンターには十歳くらいの女の子が座っていた。


「お一人様ですかぁ?」


「うん、泊まりたいんだけど、幾らだい?」


「はい、一泊素泊まりなら銅貨二十枚で、朝食と夕食込みは追加で五枚です!、連泊の場合は少し安くしますよ!」


 中々元気のいい女の子だ。


「銀貨一枚で連泊お願いしてもいいかな? 出来れば食事ありで、安くしなくていいから、昼食用のパンとか貰えたら助かるんだけど」


「分かりました! えーっと、銀貨一枚なので、四連泊ですね! 昼食用のパンも朝渡すようにしますね!」


「ありがとう」


 僕は銀貨を一枚、女の子に渡した。


 そして、彼女から鍵を渡され『部屋207号』の部屋に入った。






【……………………】


 彼女は部屋の外に一人で一晩を過ごした。

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