地球上陸

「こちら地球連邦首都交通コントロールセンター、識別符号確認……一致。地球西暦二五五六年八月五日十八時三十四分、確認どうぞ」


 通信士が管制室とつながった無線を聞きながら、時刻対応プログラムを使って時計を合わせる。


「瑠国皇紀に変換完了、瑠国皇紀二二六九年六月三十五日十九時三十二分。確認完了、どうぞ」


 通信士がそう応答すると、少し間が空いてから「了解」と管制室から入電した。


「ありがとうございます。第一九三日出丸へ、地球連邦首都交通コントロールセンターより連絡します。これより第一九三日出丸はAX1-9S着航路を通って伊豆宇宙港韮山一番パッドへ着陸してください」


「こちら第一九三日出丸、了解しました。指示に従い伊豆宇宙港韮山一番パッドへ入港します」


 第一九三日出丸は高度を下げて地球の大気圏に進入し、分散した首都機能の一部を持った地球第十八の規模を持つ都市である三都さんと特別区の中央付近、伊豆半島に位置する宇宙港の韮山一番パッドへと着陸した。一番パッドに船体が停止すると、予め船内の貨物区画に用意されていた瑠国製要人護送車「特ゴ車」に乗るよう指示された。特ゴ車の運転手は秦戸はたこ中尉、地上軍から派遣された腕利きの運転手である。燃料がフルになっていることを確認してエンジンをかけた秦戸中尉は無線を聞きながら準備を進めていく。


「警護準備完了、警護車輌は全て配置につきました。移動コースはオールクリア、いつでも大丈夫です」


 同時通訳された無線を確認すると、第一九三日出丸は船尾扉を開けて特ゴ車を発進させる。特ゴ車は車列の中に組み込まれ、車列は宇宙港の駐車場を抜けて街へと走り出た。


「査問委員会は地球連邦第一総軍伊豆庁舎で開催されます。利久村少将は伊豆庁舎の来賓室に宿泊してください。私はその隣の部屋を使えるそうです」


「そうですか。ところで情報部からも特派員が追派遣されるそうですが……」


 秦戸中尉にそう尋ねると、彼は運転しながら言葉を発する。


「ああ、その件ですが野村少佐の隊が二時間後に到着する予定です。指揮所は第一九三日出丸に置かれますよ」


「そうですか。では我々は明日までに翻訳を済ませれば良いということですね」


「そうなりますね」


 そう言って再び黙り込んだ彼の手元で、ハンドルがくるりと回る。車は地下駐車場へと入り、私たちは伊豆庁舎へと足を踏み入れた。エレベーターに乗せられ、来賓室に通される。荷物が入ったトランクと認証用カードを持ってきてくれた地球連邦の兵士に会釈をし、私たちは来賓室の扉を閉めた。


「では、翻訳を始めますので手伝ってください」


「了解です」


 私たちは地球連邦が開発した小丸こまる式翻訳プログラムに戦闘詳報を通して地球連邦の公用語たる「標準地球語」に翻訳し、瑠国標準の設楽式翻訳シーケンスに通した結果と比較し、翻訳を修正した。こうやって文字で書くと簡単そうに見えるが、実際には多大な手間と時間をかけて翻訳をしているのである。終わるまでの間に三時間が過ぎ、時刻はまもなく二十二時三十分を回るところである。


「腹が減りましたね」


「そうですね。すでに食堂は閉まっているでしょうから自販機でも使わせてもらおうじゃないですか」


 私はそう言ってすぐ、あることに気づいた。そう、私たちは地球連邦の通貨たる連邦ドルを一切持っていないのである。ポケットに入っているのは瑠国の小銭ばかりだ。


「両替ってしてましたっけ」


「そもそも為替レートがちゃんと制定されてないから……できないんじゃないですか」


「ええ……」


 と、私は打開策を思いついた。翻訳機はあるのだから、もしかするともしかするかもしれない。


「読みましょう」


「え?それはどういう……というか何を」


「カードの文章ですよ。たしか地球連邦には瑠国とは逆に物理貨幣がなかったはずですから、もしかするとカードの機能に……」


 私は認証用カードに翻訳機のカメラを向け、翻訳プログラムを起動した。緊張と空腹に耐えながら見ると、そこには「食品購入の際は自販機のカードリーダーにかざしてください」と書いてあるではないか。予測が当たり、半ば拍子抜けした感を覚えながら私は秦戸中尉に声をかける。


「では、交代で行きましょう。まずは私が行ってきます」


 私は来賓室の扉を開けて、廊下の突き当たりの自販機まで歩き始めた。

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