少年と宇宙

「じゃあ、お願いします」


 船長の言葉を背に第一九三日出丸の側面につけられたタラップを上がり、船橋前のハッチをくぐって船内に入る。貨物区画の前、船体上方に置かれた戦闘指揮所とレーダー管理室、武装集約管制室を兼ねる戦闘室に降りるべく、私は艦橋の後部に設置されたエレベーターカプセルの扉を開き、狭いエレベーターの中で「戦闘室」と書かれたボタンを押す。短い降下の後でエレベーターの扉は音もなく開き、私は戦闘室に入った。


「君が山口上等兵だね?」


 三番銃塔の操作盤の前で座っていた少年兵に声をかけると、彼はすっと立ち上がった。


「あなた、本当に少将なんですか?」


 開口一番、彼は私にそう問いかけた。


「そうだ……と言って信じてくれるかな」


 首をかしげながら彼に問い返す。彼は私に「おいくつですか」と問うと、付け加えて「自分は十六です」と言った。


「私は十五歳。七月三十八日に君と同い年になる」


 答えると、山口上等兵は「お若いんのに立派ですね」と言って愛想笑いを浮かべた。私も愛想笑いを浮かべて上等兵に応じる。


「ありがとう」


 さて、今のうちに切り出した方がいいだろう。そう踏んだ私は、彼に質問を投げかけた。


「君は、地球が嫌いなのか」


「はい。すみません少将、自分は……」


 頷いた山口上等兵は少し躊躇いながら何かを言おうとする。「自分は」の続きを聞こうと質問した。


「どうしたんだ?」


「自分は、今回の任務には参加したくありません」


 山口上等兵ははっきりと言い切った。


「それはどうして?」


 聞くと彼は「先ほども申し上げたとおりです」と言った。そうではない、と首を横に振って、さらに質問を重ねる。


「親が戦死したのが辛いのか?それとも他……」


 私が尋ね終わるより前に、山口上等兵は吐き出すように言葉を吐いた。


「あんなのはどうでも良いんです。あんな親なのに……いや、それは今関係ありません。とにかく、親のことじゃないんです」


「ならどうして」


「自分の父は第十八次天河バルジの英雄たる山口功武いさむ中将ですし、母は武勲艦のしょ五三二の艦長でした。生きていれば恐らく地球との和平は成り立たなかったでしょう」


 確かに山口中将や處五三二の活躍は今も語り継がれているし、そして山口中将が唱えていた戦略思想に同調した派閥「巧武こうむ派」の士官が地球との和平に強く反発していたのを考えると、彼の言わんとすることはなんとなく分かるような気がしないでもない。しかしそうすると、彼の「親はどうでも良い」という発言が気にかかかる。


「親はどうでも良いんじゃなかったのか?」


 そう尋ねると、彼は呟くように吐き捨てた。


「自分がどれだけ親を憎んでいても、過去の英雄ものにいつまでも従う方々はその子供を過去のモノと重ねて祭り上げようとします。その状況から抜け出すのはかなり難しいことですよね」


「でもその親を支持したら、それに自分から囚われることになるぞ」


 私がそう言うと、彼は頷いた。


「確かにそうかもしれませんね。しかし、それ以外に自分が身を守れるでしょう」


「……和平の架け橋にはなれないのか?」


 私が尋ねると、彼は首を振る。


「なれるものならなりたいものです」


 私は彼に、説得の一言を投げかける。


「今回の地球派遣では、おそらくそれができる。地球連邦と瑠国が和平を成し遂げた今、君が地球側に寄れば地球連邦はその戦略的意味に気づくかもしれない。そうなってしまえば、もはや怖いものはない。巧武派は衰退し、君は呪縛から解放される」


「そうなるといいですね。ご指導ありがとうございます」


 山口上等兵はそう言って、再び銃手席に座った。

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