司令部到着

 一分後、バス停にバスが着いた。定刻前の到着は珍しい。私はトランクを抱え、軍用の乗車カードを識別装置にかざしてから座席に座った。艦隊司令部前経由だけあって、多くの宇宙軍関係者が乗り込んでいる。そして、地上軍空中艦隊の士官と思しき男が気怠げに携帯電話端末を見ていた。


「次は艦隊司令部ま……」


 アナウンスは目的地を言い終わる前に途切れ、降車ボタンが押されたことを示すビープ音が鳴る。


「次、とまります」


 その音声が、車内に鳴り響いた。バスは静かな乗客たちを乗せて、艦隊司令部前に差し掛かる。


「艦隊司令部前です」


 その音声とともにドアが開き、私はカードを機械にかざしてバスを降りる。後ろには空中艦隊の士官が続いていた。


「利久村提督ですよね」


 後ろから声をかけられる。私は「はい」と言って振り向いた。そこには、空中艦隊の士官が立っている。


「サインを頂けませんか」


 士官はそう言ってメモ帳を取り出した。私は少し悩んだが、軍の規律には反していないと判断しペンを取り出す。士官のメモ帳のページを切り取って、そこにサインを書くと士官は逃げるように去っていった。何か嫌な感じがしたので私は士官を追いかける。


「どうした?何かやましいことでもあるのか?」


 建物の生け垣へと続く遊歩道で、士官は突然止まってこちらを向き直った。彼の手元で何かが光る。私が反射的に身をかわすと、頬に熱いものが走った。おそらく何かがかすめたのだろう。まずい。このままでは殺されてしまう。相手の射撃はうまい。今第二射がくれば、私は死ぬ。私は頬を押さえながら立ち上がった。相手に気づかれないように、個人用受動防護装置を起動する。キュイーンという音とともに防護装置の表面で閃光を発し、何かが焦げた。おそらく第二射だ。防護装置はあと二分しか持たないが、ここから警備室に逃げ込むには三分かかる。


……待てよ?


 私は踵を返し、走り出した。右手で携帯電話をポケットから取りだし、画面を点ける。そして目の前に携帯電話を置いて、耳に当てる前に思案するフリをした。相手は慌てて武器を構えたようで、シールドに数発が命中して光を発しながら焦げる。私はその音を後ろに聞きながら、左手をポケットの上から全力で叩きつけた。通報装置がカシャリと音を立てる。おそらく通報は成功しただろう。さらにポケットに手を突っ込み、通報装置の紐を引っ張る。とたんにけたたましいブザー音が鳴り響いた。偽士官は武器をさらに数発私の防護フィールドにたたき込んだが、激しい閃光を発生させるだけに終わる。私は防護フィールドの効果時間があと三〇秒残っていることを確認して安堵しながら、憲兵の足音を割と近くに聞いた。しかしさすがに疲弊した私は、もうそろそろ息が続かない。偽士官はまだ元気そうに走ってくる。もう駄目かと思ったその時、一団の憲兵が偽士官を背後から取り押さえた。そしてたちまち私の周りを憲兵が取り囲む。私は個人用防護装置のスイッチをオフにし、彼らに敬礼した。

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