紅生姜の味

「お待たせしました、牛丼定食です」


 正社員がお盆を持ってくる。私は会釈をしてそれを受け取り、牛丼のご飯と肉を少し食べてスペースを空けた。そこに紅生姜を山盛りに詰め込み、ご飯と紅生姜を和える。幼少期から食べ慣れた方法であり、これ以外の食べ方は違和感でしかないのだ。正社員が何かゲテモノを見るような目で見ているが、気にしてはいけない。味噌汁をすすり、箸で牛丼を口に放り込む。


「いらっしゃいませ」


 店長がそう言って出迎えた客は無言のまま食券を店長に手渡し、私の隣のカウンター席に座った。私はふと、その気配が記憶に新しいことを察して顔を上げる。そこには果たして、野村少佐がいた。


「利久村提督、おはようございます」


 彼女は満面の笑みで私に微笑みかける。私はなんとなく違和感を覚えて、会釈をしつつ箸を一旦箸置きの上に戻した。寝起きに近い声で挨拶を返す。


「……おはよう」


「どうしたんです提督、気分でも悪いのですか?」


 野村少佐は少し心配そうな表情をしていた。ただ、さっきまで貪るように牛丼を食べていた人に向ける顔ではない。


「そんなことはないよ。ただ……」


 そこで言葉に詰まった。この感情をどう説明しようか、適切な言葉が思い浮かばない。


「……ただ?」


 野村少佐はこちらを覗き込む。私は脳内の語彙を全力で検索しながら考え込んだ。


「いや……その」


「利久村提督、もしや私のこと嫌いだったりします?」


「そんなことはない。むしろ有能だと思ってる」


 私の言葉に今のところ嘘はない。野村少佐は納得しかねるという顔で私に尋ねる。


「有能な人が嫌いか、それとも有能な人には無関心か……ってことですかね?」


 私は有能な人が好きだが、どうもそれを言うだけでは強烈な誤解を招きそうな気がする。


「……その逆だよ。私は有能な人が好きだ。もちろん仕事上の意味で」


 誤解を招かないようにつけたはずの言葉は、更に大きな誤解を呼びそうな予感がする。しかしその誤解は誤解ではないのかもしれない、そうも思えてきた。


「へぇ……なるほど?」


 野村少佐は明らかに動揺している。何を思っているかはわからないが、私の言葉から何かを受け取ったわけではなさそうだと私は思った。


「それで、何を頼んだんだい?」


 私が尋ねると同時に、正社員が単品の牛丼を持ってくる。野村少佐はその牛丼を指差した。


「これです」


「そうか」


 私は食事を再開すると、酢の物を一口で平らげ、牛丼をかき込む。牛丼はあっという間に私の腹の中へと吸い込まれるように消えていった。


「さて、私はこれから出向だからお先に失礼するよ」


 私はそう言って返却口へ食器を戻し、店を出た。家に帰り、荷物をすべて持って再び家を出る。艦隊司令部まで徒歩五十分の道のりを歩くのは嫌なのでバス停留所の時刻表を眺めると、あと二分で着くらしいとわかったので、私はその場で待つことにした。

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