招待

「『入谷』、一番桟橋へ接続完了」


「気密確保完了!連絡扉外殻側扉を開放、気圧調整開始!」


 「入谷」は第八艦隊司令部の桟橋に停泊し、船内気圧が施設内気圧に適合したことを示す確認ランプが青く光る。私は「入谷」の艦内に指揮を飛ばした。


「エアロック開放、上陸許可を受けた者の上陸を許可する」


 エアロックの前にはたちまち列ができあがる。おそらく基地内部の軍民共用区画にある都市の歓楽街か飲み屋街に繰り出すのだろう。


「提督はどちらへ飲みに行かれるのですか?」


 副長の質問に、私は首を横に振った。


「飲みには行けない。今し方司令部に召喚されたからな」


 副長は残念そうな表情で「提督は参加出来ないそうだ」と言ってから私に頭を下げた。


「そうですか、すみません……ではまた今度の機会に」


「いいんだよ。また飲みに行けたらそのときは茶で乾杯しようか」


 何を隠そう私は下戸である。まあそれはそれとして、今し方届いた司令部への召喚は何についてなのだろうか。それが当面最大の疑問であった。


「では司令部へ向かう。艦内の指揮権は一時副長に移譲するからそのつもりで」


 そう言って艦橋をあとにした私は、司令部施設内の活況を呈するラウンジを三つほど通り過ぎ、司令部直通通路がある区域まで繋がる廊下を目指す。体感時間でつい八日ほど前……つまり現実時間でちょうど一ヶ月前、先月十日にここを通ったときとは、情勢は大きく変わっていた。


「利久村くん、早いね」


 釜村副司令官が目の前のエレベーターの扉を手で止めながら、私を手招きする。私は一礼してエレベーターに乗り込むと、釜村副司令官に敬礼した。


「釜村副司令、今回の召喚の理由はなんでありましょうか」


 釜村副司令官は私にチラリと手に持っていたクリップボードを見せる。そこには「未確認敵対勢力への対処における不祥事に関する査問委員会の実施要項」と大書された分厚い紙の束が挟まれていた。「第二次決定版:地球連邦側承認済」という判が押されている辺りからどことなく察したが、おそらくこれは地球側との政治的な交渉に左右されがちな案件なのだろう。


「まあ、こんな感じだ。要するに一部の地球艦隊が突然態度を変えた例の事件がかなり問題になっている、それだけの話だ」


「なるほど……それで私は証人喚問の対象ですかね?」


「まあそんなところだな。合同軍事法廷で証人として証言してもらう。君の見たままを、だ」


 私は拍子抜けした気分だった。こんな仰々しい手続きを取りながら、書類で済むようなことをするというのはなかなか不思議ではあるが。


「なるほど……要は喋って帰ってくるだけということですね?」


 私の言葉に、釜村副司令官は残念ながら、と断ってから私の目を見た。


「そう簡単にはいかないから司令部に召喚した」


「なるほど」


 私は何が何だかよく分からないままエレベーターの扉を出る。司令部幕僚控え室に入ると、そこには情報局の小丸長官や外務官僚バッジをつけた政府高官とおぼしき数名の黒服、その他そうそうたる人々が揃っていた。

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