秘密

 私は少しの警戒心と多くの興味をもって彼女のご厚意に感謝する。


「ありがとう」


 彼女は「どういたしまして」と言ってから言葉を続けた。


「秘密を話すなんて滅多にないことですが、提督なら何か指針なり指導なりをくれるでしょうからね」


「過大評価はおすすめしない。私は一介の若手提督だ」


「まあ何もしていただけなくても構いません。それでですね、私は能力共有という能力を持っています」


 私は「感覚共有」という能力なら聞いたことがあった。たしか他の人と感覚を共有できるものだ。人によっては他の人から体の動かし方の感覚などを教えてもらえば自分の体にそれをそっくりそのままインプットできる、というような便利極まりない能力になるが、一方で相手の感情なども伝わってくるため精神状態は不安定になりやすい。


「能力共有……感覚共有と似たようなものなのか?」


 尋ねると、野村少佐はうなずく。


「そうですね、そのようなものです。他の人の能力を自分の体でそっくりそのまま実行できるというもので、本来自然には存在しません。メリットとしては訓練なしで何でもできること、デメリットとしては相手の感情が読めてしまうことや習得した能力を使ったとしてもオリジナルを超えることは不可能なことが挙げられます」


「なるほど、オリジナルの体に合わせた能力を違う体で実行するから……か」


「そうです。身につける際の訓練が最短コースになるのがこの能力の利点というわけです」


 彼女はうなずいた。私は「自然には存在しない」という言葉について質問しようとしたが、躊躇した。それは流石にコンプライアンスの違反であろう。


「あ、自然には存在しないというのはおそらく本当です。私と同じ能力を持っているのは現状わかっている限りでは情報局が行った後天的能力付与を受けた者だけです」


 彼女は何も躊躇わずにそう言ってうつむく。それを言っていいのなら、実験は失敗したということなのだろうか。


「まあ実際実験は失敗しました。私以外の全員が鬱病になり、自殺してしまいましたからね。倫理委員会が止めに入るレベルでヤバかったので研究は破棄されました」


 彼女は怯えるように周りを見回す。


「みんなは鬱になって死んだにも関わらず、私だけは鬱にすらなりませんでした。理由は不明ですが、おそらく私が本当に何も出来なかったからでしょう」


「……というと」


「言ったままの意味ですよ。私は何かができるというだけで幸せなくらい何も出来なかったんです。もともと脳を動かす効率が非常に悪く、全身が麻痺していましたからね。今のように動けているのも能力付与のおかげです」


 私は何かわからない違和感を覚えた。能力付与は「普通」の人に行えば鬱になるにもかかわらず、神経に異常を持っている人に行えば幸せの元になるかもしれないという現実。そして倫理委員会が介入した上で研究が医療に転用されずに破棄されたこと。


――もしかして、この施術にはもっと大きなデメリットがあるのでは……?


「あ、これ以上の情報があるかもしれないと考えるのはご尤もですが、あまり嗅ぎ回らないことをおすすめしますよ。情報局が表沙汰にしない時点で『そういうこと』ですからね」


 彼女はそう言ってコーヒーをすする。


「すまなかった」


 そう謝罪した私は、七朔を剥くべくビニール袋を取り出した。

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