急速
「提督、これは……」
野村少佐が私に尋ねようと駆け寄ってくる。
「なんでもいい、近くのものに掴まれ!死ぬぞ!」
私がそういう間に、スラスターは猛烈な勢いで船体をまっすぐ押し上げる。そしてメインエンジンが始動し、船体は回転しながら反転を始めた。疑似重力装置はその急速な機動に完全に追従するようにはできていない。一瞬の後に疑似重力装置は数秒停止し、固定されていないものが飛び始める。
「うわっ」
野村少佐が体勢を崩し、こちらにすっ飛んできた。私は左手で手すりを掴んで床を蹴り、辛うじて右手で彼女を掴む。そしてなんとか力の向きを変えて右肩の上で彼女を支えつつ左手で自分の身体を艦長席の上に持ってきたところで、疑似重力装置が始動して私たちはゆっくりと加速しながら落下した。船体はなんとか敵の動きを避けながら、宙返りを続けているようだ。地球艦隊も唖然としているだろう。
「地球艦隊に対し、防御兵装全ての使用を許可する!対艦隊砲吸収
そう命じ、前方モニターを見る。地球艦隊は姿勢を変更し、こちらを追わんとしていた。
「エネルギー吸収防遏弾発射、速やかに地球艦隊の砲撃を無力化せよ!通信手はつながり次第艦隊司令部に報告、『地球連邦の艦隊より攻撃を受けつつあり、現在離脱中』と打電するんだ!」
「防遏弾発射完了!攻撃の吸収に成功しました!」
「艦隊司令部との通信回線、開きません!妨害されている模様です!」
「地球艦隊、なおも攻撃をかけてきます!」
「只今より地球艦隊の無力化を試みる!全砲門開け!地球艦隊の前方に衝撃砲弾一斉射だ!」
砲がうなり、地球艦隊の前で大きな火球が発生する。地球艦たちは激しく揺さぶられ、バランスを崩した。間髪入れず、私は命ずる。
「全艦、直ちにこの宙域を離脱!合流点座標はハルム一一三、グラビティ・ドライブ始動!」
目の前に星の虹が現れ、続いてハルム一一三の姿が現れた。地球艦隊は二光年の彼方に置き去りになったようだ。
「全艦、生存を確認!」
「艦隊司令部に繋がりました!」
「よし。艦隊司令部へ、こちら『入谷』の利久村。先程地球艦隊から突然攻撃を受けました」
そう言うと、艦隊司令部はある種の呆れをもって返答した。
「地球の調査艦隊の内部で反乱が発生したと聞いた。反乱を起こした調査艦隊は最寄りの両軍艦艇で拿捕せよと命令したばかりだ。すでに拿捕のため部隊が動いている。君はそのまま任務を続行してくれ」
「わかりました。一つだけ要望を出してもよろしいですか」
「何だ」
「地球連邦政府にRLLJ-1881解読シーケンスの使用許可を申請してください」
「わかった。許可が出たらシーケンスを送信する」
「ありがとうございます」
「では通信を終了してもいいか」
「はい」
私は通信が切断されると、その場でしばらく待機することにした。野村少佐に声をかける。
「野村少佐」
「はい」
「先程はすまなかった」
「いえ。ありがとうございます」
野村少佐が頭を下げようとするのを止めて、私は「提督としての仕事でもあるからな」と言った。彼女はそれでも頭を下げる。
「いえ、ありがとうございました」
それからしばらくして反乱艦が拿捕されたと通信を受けた頃、ようやくシーケンスが送信されてきた。私はそれを解析室に回すように指示し、艦橋を副長に任せて休憩室に降りる。休憩室前のコーヒーサーバーでコーヒーをマグカップに注ぎ、手元の端末で新聞を読む準備をしながら休憩室に入ろうとする私を、背後から誰かが呼び止めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます