交渉適性

 地球艦隊との通信回線を開くと、通信スクリーンには佐官軍服を着た白髪の女が現れた。


「コモドール・リクムラ、お待ちしていました」


 彼女はそう言って、私の方を見る。私はその所作に少し不穏なものを見いだした。単刀直入にはぐらかしやすいであろう質問を投げかける。


「ローズ少将はどうされたのですか?」


 私の質問に、彼女は先ほどまでの不穏な所作を払拭する事務的な口調で応答した。


「ああ、休息のため席を外しています」


「そうでしたか。情報共有を始めても構いませんか」


「はい。申し遅れましたが、私はヴァルハヤ・ラバッツ提督代理です」


「ラバッツ提督代理、よろしくお願い致します」


 不穏な所作は気のせいだったか。そんなことを思いながら、私はメインスクリーンをそれとなくチェックする。何も変わった様子はない……少なくとも目に見える範囲では。


「あの未確認艦の船体構造および船殻は、我々が技術的困難から二十年前に凍結した先進技術研究の延長上、といってもはるか先にたどり着くかもしれないレベルですが、それほどまでに高度な非定性素材が使われていました。順当に研究していてはとてもたどり着けない領域の技術力が使われたものです。ただ、使用されているコンピューターは一般的な性能のバイオコンピュータです」


「なるほど、つまりコンピューター以外は我々の技術を凌駕していると言うことですね?」


「はい。そして、そのコンピューターを解析したところ未知の暗号が発見されました。瑠国が保有する既存の解読シーケンスでは解読できないものですが、うちの情報将校が暗号の解読シーケンスが既に存在している可能性を指摘したんです」


「……と言いますと?」


「RLLJ-1881」


 私は噛まないように、そして相手の神経を刺激しないように細心の注意を払ってそのコードネームを口にした。


「……」


 ラバッツ提督代理は何も言わない。友好的な雰囲気を漂わせてはいるものの、どこか陰鬱なものを感じる何かを私は感じていた。


「その解読コードを使えば、あの未確認艦の出自が分かるかもしれません。協力していただけませんか」


 重苦しい沈黙が場を包む。艦橋内の誰もがラバッツ提督代理の映る通信スクリーンをじっと見つめた。ラバッツ提督代理は何も言わない。その目はしばらく瞬きをせず、こちらをじっと眺めていた。


「利久村提督、お話中失礼します」


 艦橋前方にあるメンテナンス用のエレベーターが開き、野村少佐がこちらへ走ってくる。皆が少し驚いてそちらを見ると同時に、私は前方スクリーンに信じられない光景を見てしまった。私は慌てて通信を切る。通信スクリーンが暗転した。


「全セクション、直ちに防御態勢に入れ!能動防御始動、シールド展開!」


「どうしたんです提督」


 艦橋のほぼ全員が状況を理解できないままこちらを向く。


「分からないのか?メインスクリーンを見ろ、攻撃されるぞ!」


 私は怒鳴りながらマイクを掴み、艦長席に備えられた予備コンソールの蓋に手をかける。舵輪はないが、非常用スラスターならわずかばかりの可能性はある。


「艦隊全艦、直ちに戦闘態勢!敵方位、六六三!総員、隔壁から離れて何かに掴まるんだ、急げ!」


 私はそう言うと、コンソールの切り替えスイッチを叩きつけるように平手で押し込み、艦首下側にあるスラスターの緊急噴射スイッチと隔壁閉鎖スイッチを連打した。

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