十時の船出

「出航前最終確認完了!全ての部署にて異常なし!」


「よろしい、舫解け!出航!」


 私が出航を命令すると、伊九八はゆっくりと港を出た。そして橙瑠自衛軍の第一艦隊、第三艦隊、第六艦隊が連合した橙瑠第一任務艦隊と合流すると、第八艦隊司令部から命令を伝えるべくやってきた高速連絡機すい一五六の一機が伊九八に発光信号を送る。


「連合艦隊はこれより第二一三八暗礁宙域へ向かい、遊撃戦を開始せよ。血殺団艦隊の進入路は予想によれば穴熊星団の方角だが、よく偵察して行動せよ。敵艦隊の殲滅後は、当初の秘密作戦要綱に基づいて行動せよ」


 連絡機はそれだけ伝えると、再び去って行った。


「よし、全艦進路を第二一三八暗礁宙域の手前二十光秒にセットせよ!重力航法、開始!」


 私の指示を聞いて、機関士が復唱する。


「重力航法開始!」


 目の前に向かって落ちるような感覚の直後、艦は暗礁宙域の手前に出現していた。橙瑠艦隊の偵察巡航艦「疾風はやて」が穴熊星団の方角へ進出した直後、伊九八の重力計が穴熊星団とは反対側の宙域から血殺団艦隊の重力航法らしき反応を検知した。出港から体感にしてわずか二分、実質時間において出港三日後のことである。


「交戦用意!主砲、安全装置解除!」


 その命令で砲塔が血殺団艦隊の方角をにらむと、暗礁の向こう側から挨拶代わりとばかりにビームが飛んでくる。


「各艦、十分に距離を取って敵艦隊の背後に回り込め!機を見て格闘機動戦をかけろ!」


 私が指示を飛ばすと橙瑠の艦隊はさっと散らばり、敵艦隊の砲撃を回避しつつ突っ込んでいく。深海艦長も操舵手と砲手に命じた。


「利久村式機動戦闘開始!」


 伊九八は軽やかに砲撃を回避すると敵艦隊に距離を詰め、まず敵艦隊の先鋒にいた艦をすれ違いざまに蜂の巣にした。


「巡航艦一、撃破!」


 砲手がそう叫び、伊九八は大きく回頭すると背後についた敵艦を後部砲塔で叩きながら前方にいる敵の重巡を主翼内に装備されたエネルギー砲で攻撃する。エネルギーは敵の重巡を貫き、重巡は炎上しながら面舵を切った。と、船体を強力なビームが掠め、腹を突き上げるような衝撃が艦橋を襲う。艦橋に絶叫のような報告が響いた。


「至近弾二!敵旗艦級大型戦艦、こちらを狙っています!」


「エネルギー砲、再充填完了!」


「速やかにあの戦艦に指向し、全力射撃だ!」


 エネルギー砲が発射され、戦艦のどてっ腹に穴が開く。しかし戦艦は持ちこたえたようで、まだこちらを攻撃してきた。轟音とともに艦内にブザーが響き渡る。


「左翼先端に被弾!左翼前端第二二区画、融解!」

 

艦橋内部で「負傷者は!」「いません」という報告が繰り広げられる中、砲手は苛立った口調で近づく敵の戦艦を見据えつつ怒鳴った。


「エネルギー砲再充填急げ!」


「艦首一番から四番、魚雷発射!」


 深海艦長がそう言うと、艦首から魚雷平射ミサイルが放たれる。それは一秒か二秒で戦艦の腹に命中し、数秒の間をおいて大爆発を起こした。衝撃に揺れる伊九八の正面で敵の大型戦艦は船体下部に空いた穴から火を吹きつつ船体を回して上面の砲戦甲板をこちらへ向け、周囲の艦の主砲も各々こちらを向く。私はマイクを掴んだ。


「橙瑠第一艦隊及び第三艦隊は速やかに艦隊を戦隊ごとに単縦陣に整え、血殺団艦隊に対し一航路分隙を開けて飽和攻撃をかけろ。第六艦隊は飽和攻撃の隙で待機、出てきた敵艦を狙え。伊九八はシールドを展開し、周囲からの砲撃をかわしつつ敵旗艦級大型戦艦を狙う!」


「シールド展開、急げ」


 深海艦長が指示し、三十分間あらゆる攻撃をシャットアウトするシールドが展開する。血殺団の大型艦が持つシールドは高機動戦をしながら使えないが、伊九八のシールドは高機動戦に対応しているためこのような場面でも使える。その利を活かした伊九八は大型戦艦に肉薄しつつ攻撃を受け流し、前方の主砲でエネルギーの奔流を大型戦艦にぶつけながら後部砲塔で実弾を周囲の巡航艦に命中させていく。その命中率は、感覚的には一五パーセントを超えているだろう。


「こちら橙瑠艦隊、飽和攻撃を始めます!」


「第六艦隊、準備完了!」


「よし、飽和攻撃を始めてくれ」


 たちまち凄まじい勢いで周囲の橙瑠艦隊からビームが放たれる。伊九八は前方の旗艦級戦艦の横をすり抜け上に回り込むと、艦橋にエネルギー砲を撃ち込んだ。

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