爆睡する参謀の起こし方

 午前八時、起床ラッパで起きた私は鹿波を揺すって起こそうとしたが、彼はずっと寝息を立てている。


「こら鹿波、起きろ」


 鹿波は子供のようにずっと寝ている。私は鹿波をくすぐったが、それもあまり効果がないようだった。主計兵が押すワゴンが、朝食と呼ぶにはカロリーの多そうなカツを主菜とした食事を運んでくる。主食は大根が混じった混ぜご飯、汁物は粘り気の強い芋を使ったすまし汁。さらに良いことに、香りのよい柑橘の七朔しちさくと重曹がデザートについている。直接的に語るなら『極めて美味しそう』という表現が当てはまる飯だ。私はトレイを二つ取り、司令部員居室にある簡易的な食卓の上に載せた。


「橙瑠の参謀は……」


 主計兵が私に尋ねる。私は寝台を顎でしゃくった。


「ああ、まだ寝てるんだ」


「そうですか。ならこれでもどうです?」


 主計兵はそう言って、ワゴンにあった菓子タッパーから良い香りのする七朔の皮の部分を取り出した。


「七朔の皮……」


「このままでは良い香りがするただの果物の皮ですが、これに少しアルコールを垂らして、と……」


 主計兵は皿に載せた七朔の皮にワゴンが積んでいた料理酒を数滴かける。そしてそれを私に渡した。


「嗅いでみてください」


 私がそれを鼻に近づけると、目が覚めるような清涼感が強烈に鼻の中を襲った。


「うわ」


「そう、七朔の香り成分はアルコールと反応して清涼剤になるんです」


「そうなのか……」


 驚く私に、主計兵は目配せをした。


「ああ、なるほどな」


 私は全てを納得し、鹿波の鼻先に皿を近づけた。


「ふぁ!?」


 鹿波は目を見開いて起き上がる。


「な、なんです?」


 鹿波は混乱している様子でこちらを見た。


「おお、やっと起きたか」


「この匂いは一体……」


「七朔の皮にアルコールをかけたものだ。爽快だろ?」


「鼻と目がスースーします……」


「そうだろうな。朝食は食べないのか?」


 鹿波にそう言うと、鹿波は飛び起きて食卓につく。


「朝食にしては重いですね」


 胡麻がふんだんに使われたソースがかかったカツを見て、鹿波が言った。私はご飯を箸で口に運び、カツを口に入れる。口の中で胡麻の香ばしい香りやソースの適度な塩味と旨味、そしてカツのカリカリした食感が広がった。私は口の中の食事を呑み込んでから鹿波の発言に応じる。


「まあこれくらいがちょうど良いんだ。今食べなければ次はいつ食べられるかわからんからな」


「そうですか。じゃあ完食しないといけませんね」


「そうだな」


 朝食は非常に美味しく、ものの二十分もしないうちに皿の上は綺麗に片付いた。七朔は甘く熟しており、絶品と言うほかなかった。と、主計科の放送呼び出し音がして艦内放送が鳴り響く。


「本日の朝食の七朔は、葉新丸の砂刈すがり果樹園で今朝収穫されたものです。果樹園の砂刈園長より激励のメッセージもいただいております。全乗組員の端末に配信されておりますので出撃までにご覧ください」


 爽やかな声の放送が終わり、携帯端末がブルブルと震える。そして、配信通知が出てきた。


「砂刈園長からの激励メッセージ」


 そうタイトルがつけられた文章には、ただこう書いてあるだけだった。


「伊九八の乗組員の皆さん、先日は手伝って頂きありがとうございました。また来年の繁忙期も手伝ってください。乗艦している自治区の官僚もよろしく頼みます。ご武運の長久なることを祈ります」


 私は昨日無礼講をしていた彼らの悠々自適ぶりも必要なのだろうと思い直し、果樹園の手伝いをする彼らの写真を見た。写真の中の彼らはまさに農家といった感じの手つきで作業をしている。彼らのために最善を尽くそうと私は決意した。

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