妨害工作

 一時間ほどしただろうか、目的地までは間近というところで突然、車が速度を緩めた。前方からヘッドライトの光が差し、猛烈なエンジン音が迫る。


「まずい!」


 ドライバーが叫んで急ハンドルを切り車体を百八十度超信地旋回させる。私の乗る車は猛スピードで一方通行のシークレットロードを逆走し始めた。


「どうしたんですか」


 同乗していた護吏官ごりかんに聞くと、護吏官は後ろを指差す。私たちの後ろを、十トン級輸送車両が猛追しているのが見て取れた。


「妨害工作と思われます。逃げ切れるかはわかりませんから、覚悟はしておいてください」


 護吏官はトランシーバーで助けを求める。その間も、輸送車両はしっかりと後ろを

追ってくる。シークレットロードを逆走する車の中で、私はなんとか逃げる方法を探す。そして、一つの方法を思いついた。


「多チャンネル通信は可能ですか」


 護吏官に聞くと、護吏官はトランシーバーを素早くチェックし、うなずいた。


「ええ」


「トランシーバーを貸してください」


「わかりました。通信チャンネルはどちらですか」


「〇一〇です。識別符号一九三にコールをさせてください」


「わかりました。こちらを」


 護吏官はトランシーバーを渡した。私は「〇一〇/華一九三」を入力し、トラックが追いつかないか気にしながら呼び出しを待つ。


「こちら第一九三日出丸、どうぞ」


「こちら利久村准将。第一九三日出丸へ、至急瑠国大使権限に則って文書番号二三を公安委員長へ提出してください」


「了解、文書番号二三ですね」


「そうです。完了したらコールを」


 護吏官は怪訝な顔をして聞いていた。私は軍服のホルスターに手をかけると、護吏官に説明を始める。


「この三四式歩兵砲の使用許可書類を公安委員長に提出するよう指示しました。緊急避難的使用は許可されていますから、一応は合法です。これであのトラックを止めます」


「そんな」


「それしか方法はありません。いずれ我々は追いつかれます。シークレットロードに分岐があるのはこの先百二十キロからですが、そのあたりに第二第三の敵がいないとも限りません。今のうちに第一の敵を排除しないと」


「……退路を断たれないために、ですか」


「はい。次の分岐に着くまでにやっておかないと」


「わかりました」


 そのとき、第一九三日出丸からのコールが鳴り響いた。


「はいこちら利久村」


「提出及び認可が完了しました」


「わかりました」


 私は車の窓を開けるよう護吏官に言った。護吏官は窓を開ける。私は歩兵砲を持つ右手を車体左側の窓から出し、一発撃った。弾丸はすぐに輸送車両の車体左側に命中し、車体前方が吹き飛ぶ。追ってきていた輸送車両は停止した。


「飛ばしてください」


 そうドライバーに言うと、ドライバーは速度を上げて輸送車両をシークレットロードの彼方へ置き去りにする。


「分岐点まであと二分です」


 ドライバーが言う。私は歩兵砲を持ったまま、シークレットロードの分岐点近くを見つめた。


「分岐に入りますか?」


 ドライバーが確認する。私が「入ってください」と言うと、車は分岐を左に曲がった。しかし、すぐにけたたましいエンジン音が響く。


「やはりか」


 私はそうつぶやいて、前方に歩兵砲を向けた。前方からは先ほどと同じ輸送車両が接近している。


「撃ちます!」

 私はそう言って再び歩兵砲の安全装置を解除し、撃った。輸送車両の至近距離に歩兵砲が着弾し、砲弾が爆発する。輸送車両は爆発の力で後ろに吹っ飛んだ。しかし、エンジン音は止らない。


「後ろからも来ているようですね」


 私がそう言うと護吏官は椅子を上げてライフルを取り出し、それを持ってドアを開けようとした。車が減速し、後ろ側から輸送車両のヘッドライトの光が迫る。


「何をする気です?」


「この距離ならドライバーを倒し、あれを撤去できるかもしれません。その可能性に賭けます」


 私が護吏官を降ろすべく六十キロぐらいまでに減速した車の中に座っていると、三人いた護吏官のうち二人がドアを開けて飛び降りた。そして何事もなかったように着地すると、我々の車と同じくらいの速度で走り出す。そして我々の車はそっと停車した。




 しばらくして、一発の銃声が響いた。そして輸送車両のブレーキ音が鳴り、エンジン音はやがて遠ざかっていく。


「やってくれましたね」


 ドライバーがそう言って車を正方向に走らせる。輸送車両の黒く塗られた背後が、我々の車の前を先導するように走っていた。

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