二十分遅れの交渉

 なんとか二十分遅れで交渉が行われる統治府に到着した私を出迎えたのは、二人の官僚だった。官僚の一人が私に会釈し、もう一人は私に話しかける。


「すみません利久村准将、鹿波かなみと申します。一つお聞きしたいのですが」


「なんですか」


「血殺団との戦いの状況を、後で聞かせていただいてもよろしいですか」


「それはまたどうして」


「私は防衛局の主席官僚です。私の仕事は血殺団との戦いに備えて、瑠国宇宙軍の戦訓を取り入れることです」


 橙瑠の技術は宇宙戦艦を作る程度には高いが、そこまで高性能な砲を持つ艦はない。


「わかった、交渉が終了し次第話させてもらう」


 私はそう言って、橙瑠の宇宙艦隊を思い浮かべた。それらは機動性こそあれど、正面切っての砲撃戦では破壊力において決定打に欠けることは間違いなかった。橙瑠民族の砲熕ほうこう技術は瑠国に遠く及ばず、瑠国の二世代前の小口径火砲をライセンス生産することすらできないのだ。その結果橙瑠は瑠国から火砲を輸入せざるを得ず、輸入できる砲の最大数と最大口径を定めた包括的火砲輸出条約一号によって国内での軍事的均衡は比較的容易に保たれている。


「こちらです」


 官僚たちが私を招き入れた部屋には、橙瑠自治政府の橋場はしば 鳳来ほうらい統治官が立っていた。


「すみません、妨害工作に対処していて遅れました」


 私がそう言って頭を下げると、橋場統治官は「構いませんよ。どうぞ座ってください」と言って席に座る。私は椅子を引いて、そこにそっと腰を下ろした。


「交渉に先立ちまして、我々から一つ重大なお知らせがございます。橙瑠自衛軍の司令部がある惑星『山田海さんでんかい』が、昨日未知の艦隊によって攻撃されました。その艦隊を構成していた宇宙船は血殺団とは明らかに違う武装をしており、船体全てを武器として運用できるようでした。その勢力は自らを『機関カラクリ』と称し、我々の言語を理解しているのは明白とのことです。この攻撃により良江総司令官は重傷を負い、現在治療を受けています」


「……!」


「ご心配には及びません、血殺団の乱に対処する準備はすでに終わっています。あとは実行するだけです」


 橋場統治官はそう言って、壁のスクリーンを起動する。そこには橙瑠自衛軍の艦隊配置図が表示されていた。


「司令部はすでにここ、鞍旗山で再建しました。『機関』を名乗った未知存在の宇宙船は追跡できています。本隊はすでに三億光年以上離れた未知領域へと去りましたが一隻は反撃により撃破しました。現在瑠国の技術研究所への引き渡し手続きの途上です」


「わかりました。では血殺団の乱に対処するための作戦は瑠国宇宙軍の第八艦隊司令部が統括しています。第八艦隊司令部に『樺一二一』暗号規則で連絡するように命じて頂きたいのですが」


「わかりました、『樺一二一』ですね。話は終わったようですが、利久村准将はこれからどうされますか」


「私は第八艦隊司令部及び瑠国政府から橙瑠と瑠国の連合艦隊を指揮するように命ぜられているので、鞍旗山駐留艦隊の艦に移動して司令部を編成しようと思います。伊級小戦艦『伊九八』の位置を教えてください」


「『伊九八』なら第二葉辛丸宇宙港のドックヤードに停泊しています。『伊九八』だけは乗組員が揃っていますが、それ以外の艦の乗組員は半数以上が地上勤務に入っていますので招集に一五日はかかります」


「わかりました。では『伊九八』に司令部を設置します」


「こちらからの要員は第二葉新丸宇宙港で待機しています。ですが伊級小戦艦は欠陥艦と……」


「そんなことはありません」


 私はそう言い切った。


「私は同型艦の『伊〇一二』で戦果を上げました。あの艦は瑠国最高の機動性と通常航行速力を持っています。また、船体強度も改善されています。空中分解や欠陥に起因する沈没などあり得ません」


「そうですか。橙瑠側の参謀が乗るかどうかは本人の意思に任せたいと思うのですがよろしいですか?」


「わかりました」


 私は統治府を出て、葉辛丸とは逆方向にある第二葉辛丸宇宙港への車を待つまでの間、官僚の鹿波に血殺団との戦闘を詳細に解説することにした。

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