第8話 今の仕合せ(4)
『Stage 1――』
映像の流れ始めた遊技台の前に福津先輩と並んで立ち、俺は再び置台の拳銃を手に取った。
画面には、二人の青年が敵兵と戦う精巧な漫画映画が流れ(こういう絵はCGと言うらしい)、続いて銃の操作法の説明が出ている。
いくら二十一世紀でもそんな便利な銃器があるわけないと思うが、まあ、遊びの上でのことだしな……。
「画面を撃つんですか? 作り物とはいえ弾が
「弾出ないからっ」
「形だけだから」
板橋先輩と林檎嬢に横から揃って突っ込まれ、俺は改めて銃口を見直した。確かに弾が出るようには見えないが、ならばどうやって遊技を進めるのだろう。
「ナナちゃんナナちゃん、
「はい。善処します」
福津先輩はふーっと深呼吸して銃を画面に向けていた。「WAIT」の文字の向こうで、二人の青年が敵軍の待つ孤島に乗り込んでいく。先輩と俺は互いを撃ち合う敵同士ではなく、協力して敵の
『Ready――Action!』
画面から「WAIT」の文字が消え、早速、海岸の岩陰からわらわらと敵兵が出てきた。隣の福津先輩が真面目な顔で画面に向かって銃を撃ち始めたので、俺もとりあえず一番近い敵の頭に狙いを定めて引金を引いてみる。銃からは何の反動もなかったが、あっけなく敵は倒れた。
「ふむ……?」
二人、三人と敵を撃ち倒したところで、俺は思わず銃を見て首を傾げていた。床を踏んだり太鼓を叩いたりといった物理的接触を感知するのはわかるが、作り物の銃を画面に向けただけでなぜ射線の判別ができるのだろう。隣の画面をちらっと見ると、先輩はわりと射撃を外しているようなので、引金を引けば何でも当たるというわけでもなさそうだし。
「なぁちゃん、前、前っ」
林檎嬢の声。ハッと自分の画面を見た瞬間、真っ赤な敵弾がまっすぐこちらに向かってきて、ガラスの割れるような表示が画面一杯に出た。見れば「LIFE」と書かれた赤十字の数が一つ減っている。
「おっと。なるほど、赤いのは命中弾なんですね。あれが見えたらペダルを離して避ければよい、と……」
足元のペダルを踏んでいる間は射撃ができ、逆にペダルを離すと物陰に隠れたことになって敵弾を避けられるらしい。なるほど、上手く銃撃戦を模式化しているようだ。
(新兵の教練に使えるかもしれんな……)
遊技の仕組みが飲み込めてきたので、俺は本格的に敵を撃っていくことにした。兵学校では少しだが陸戦の訓練もあり、小銃や拳銃の実弾射撃もさせられたものだ。動く人間を撃ったことは勿論ないが、まあ、こんなに目標が近いなら適当に照準しても当たるだろう。
『Action!』
小刻みに「WAIT」を挟みながら画面は軽快に進行していく。その場の敵兵を片付けるたびに、画面内の青年達は島内を先へ先へと進んでいった。
現れる敵兵にも複数の種類があり、黄色い戦闘服の敵を撃ったら自分の弾が補充されるようだ。それなら弾薬を惜しむ必要もないかと思ったところで、ちょうど上空から敵兵が
「えっ、ナナちゃんヤバい、なんでそんな当たるの!」
福津先輩が滅茶苦茶に銃を撃ちながら俺の画面を見て
「ちゃんと狙いを定めて撃つんですよ」
「やってるよ!」
「では銃の不調でしょう」
単に錬度の不足だと思うが、先輩相手にそんなことは言えない。
再び画面に赤い敵弾。俺は咄嗟にペダルを離して隠れたが、先輩は慌てていたせいか反応が間に合わず、敢えなく全ての「LIFE」を失って「GAME OVER」となってしまった。
先輩の画面が暗くなっても俺のほうの遊技は続いていたので、とりあえずそのまま敵を倒していく。最後は砲台を備えた敵の陣地に辿り着いた。ペダルを離して砲撃を
「すっごぉい! さすがなぁちゃん!」
「ナナさん、信じてましたよっ」
銃を置いた俺に林檎嬢と黎音が駆け寄ってくる。ゲームは次のステージ以降もあるようだったが、先輩の「LIFE」が全滅した時点で勝負は付いたので、そこで打ち切りとなった。先輩達も目を丸くしながら俺を労ってくれる。
「え、なに、ナナちゃんって実はゲーマーなん?」
木津川先輩が意外そうに尋ねてきた。うっかり「兵学校で」と言いそうになったのを寸前で堪え、俺はカメラを意識して言葉を選んだ。
「ゲームはやったことないですが、銃の扱いは少々習ったことが……」
「ちょっと、まってまって、どこで」
「アレでしょ、『ハワイで親父に』ってやつ」
「それはドイル君!」
「まあまあまあ、なぁちゃんの家、ちょっとフツーじゃないですから」
先輩達の反応と林檎嬢のフォローを受け、また俺の背中にさあっと冷汗が伝う。やはり余計なことは言わない方がよさそうだ……。
「ていうか、ナナちゃん、動体視力と反射神経ヤバくない? あの赤いの、普通避けれないじゃん」
福津先輩が本気で感心した顔で言ってきた。うっかりすると、自分は最高時速四百八十
「そうでしょうか。しかし私も一度は喰らいましたよ」
「それはよそ見してたからでしょー」
「いや、実際ナナはヤバイよ。目がずっとマジの殺し屋みたいだったもん。
「ねぇ、コワかったですよ。最後にグレネードっていうの?撃ったところとか、
先輩達が
(あの赤い弾が見えていなかったというのも、きっと建前なのだろうな……)
いくら目を鍛えたことのない女性でも、あんな遊びの弾が見えない、
「じゃあハイ、これこれ! エアホッケー! これもなぁちゃん得意でしょっ」
「ちょっと、チートナナにムソーさせるのずるい!」
林檎嬢が次に示したのはエアホッケーという大型の遊技台だった。板橋先輩が俺のことを
「なぁちゃん、やってやって」
「いやあ、私はいいですよ。さっきの銃で目立ちすぎましたから、二人でどうぞ」
このエアホッケーというのは、ビリヤード台くらいの平台を挟み、二名対二名で対戦する遊技のようだ。半端に俺が入るより、本物の女子同士のほうが波長も合うだろう。
林檎嬢と黎音がマレットという器具を手に取り、自陣に並んで立った。先輩チームも直前戦った福津先輩を休ませ、板橋先輩と木津川先輩のペアで挑んできた。
パックという円盤を打ち合う彼女達の様子を見守りつつ、俺はそっと福津先輩のそばに近づく。船の免許を持っているという彼女とは、まだちゃんと話したことがなかったので、この機会に挨拶をしておきたかった。
「先輩はバラエティがお得意と聞いていましたが、流石ですね」
「えー、なになに、急に。ナナちゃんもスゴイって」
「いえ……私はどうにも、面白いことを言うのが苦手で」
「いやいや、ナナちゃんはメチャクチャ面白いって。マジメな顔してヘンなことするギャップはあなたにしか出せないよ」
先輩は本気でそう言ってくれているようだった。カメラに拾われないように声を抑え、俺は聞いてみる。
「……入院前の私もそうでしたか?」
「うん? そーだね、ナナちゃんは入ってきた頃からそうだったよ。
「はあ」
なんだかよくわからないが、前のナナにも今の俺とそれほど変わらない一面があったのだろうか。ナナと俺が似ているとは、自分では到底思えないのだが……。
「……でもね、ナナちゃんは
「
俺は先輩の長身を見上げた。先輩は、真剣な、そして少し切ない目で、俺の目をまっすぐ見下ろしてきた。
「そー。
「……ご期待に添えるよう頑張ります」
そういえば、チームキャプテンの朱雀先輩も、自分では
誰もが上に行けるわけではない世界。何年にも
福津先輩の思いをしっかり受け止めて俺が頷いたところで、遊技台に立つ林檎嬢と黎音が揃って振り返ってきた。
「ナナさーん!」
「助けて、なぁちゃーん!」
得点の表示は先輩チームが6、こちらが3と出ている。このエアホッケーは七点先取だと書いてあったから、あと一回ゴールを決められたら負けてしまうようだ。
「やれやれ……」
俺が林檎嬢と黎音の間に歩み出た瞬間、台を挟んだ板橋先輩と木津川先輩がわかりやすく血の気の引いた顔になった。
「ムリムリムリ、ナナのその目はムリ!」
「手加減してやー、ナナちゃん」
先輩達はそう言うが、なんとなく、ここは手加減なしにやった方が番組上も面白いような気がした。
林檎嬢のマレットを受け取り、俺は受取口に落ちていたパックを拾い上げる。
「先輩方、ご覚悟!」
まずは敵陣の真正面にマレットでパックを撃ち出す。先輩達が反応しようとするより先に、かこーんと軽快な音を立ててパックがゴールのど真ん中に吸い込まれる。
「えぇ!?」
アワアワしながらも先輩達はパックを拾い、えいやっと打ち返してくるが。
ゴールを直接狙うコースでも、外壁に反射させて入れるコースでもない。ゴールの横に当たって明後日の方向に跳ね返ったパックを、俺は今度は敵陣側の壁に反射させてゴールに叩き込んでやる。先輩達は「わっ」とか「えっ」とか言うばかりで、何ら有効な反撃を繰り出してくることができなかった。
先輩相手にやりすぎるのもどうかと思ったが、これでは負ける方が難しい。まあ、兵学校の棒倒し(先輩を殴る蹴るしてよい唯一の機会である)みたいなものだと思って、思う存分やらせてもらうか。
「適当に打っても入りませんよ、先輩」
「頑張って打ってるもぉん!」
そうは言うが、先輩達は弾道の入射角も何も考えず、目の前に来たパックをただ適当に打ち返しているだけという感じ。どんなに気合を入れて打っても
「ナナさん、反射角とか計算してる感じですか!?」
「流石に察しがいいな、君は!」
隣の黎音は俺に感心しながら手出しせず見守っていた。先輩達がチート、チートと騒ぐ中、結局まともにラリーもしないまま四点を入れ、六対七の逆転勝ち。なるほど、確かに
「お相手ありがとうございます、先輩方」
「もー! ムリだって、あんなの!」
「わたし、ナナちゃんに殺されるかと思いました。目ぇ座りすぎやって」
「おや、おかしいですね、私はいつでも笑顔の大和ナナですが……」
カメラが俺の顔にフォーカスしてきたので、にこりと笑ってピースサインを作ってみる。テレビ的に正解かどうかは知らない。
「さて、二勝二敗になりましたよ、林檎さん」
「なぁちゃんカッコよすぎー。残り全部出て!」
「あ、ずるいです、わたしもナナさんくらい活躍したいです」
林檎嬢と黎音が俺を囲んできゃいきゃいと騒ぐ。ひとまず同じ勝ち点まで戻したが、しかし、ここからは流石に俺ばかり目立つのは良くないだろう。さて、次の遊技は……。
「……ん」
ぐるっと周囲を見回した俺の目に、ふと、人が乗り込めるくらいの大きさの箱型の遊技台が映った。その形状は明らかに、おとぎ話に出てくる海賊船のような、木造の船体を模している。
「林檎さん、あれは船じゃないですか!?」
「え、うん、たぶん?」
「乗りましょう、乗りましょう! 先輩方も宜しいですか!」
たちまち心に噴き上がる高揚の
船の側面には「パイレーツ・オブ・サイクロン」と書かれた
背後から「二人乗りだって。りーおんやる?」と林檎嬢の声。
「いやー、あのテンションのナナさんに付き合えるのは林檎さんだけでしょ」
「まあ、そーだね」
林檎嬢が隣に乗り込んできた。二人で乗って得点を出すゲームらしいから、勝負は後で先輩チームに交代して得点を比べ合えばいいだろう。
店員が硬貨を入れると、音楽が流れ始め、画面に海賊の物語のCGが映った。そして、俺達の乗り込んでいる筐体そのものが、まるで本物の船のように揺れ始める。
「おぉ……」
「なぁちゃん、今日一番楽しそう」
林檎嬢がくすりと微笑む。前座の映像が終わり、画面内の船は魔物の待ち受ける大海原へと漕ぎ出した。
「全速前進、
俺が
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