第8話 今の仕合せ(3)
「負けないと言い合った矢先、味方同士になってしまったね」
一同でゲームセンターに足を踏み入れる際、俺が小声で
「じゃあ、活躍度で負けませんよ」
そんな俺達を見て林檎嬢も笑っていた。そして――
『ババアチーム
タブレットの画面に映る人気芸人の号令で、
ルールは単純明快。このゲームセンターにある色々な遊技台の中から、自分達で勝負の題材を選び(このあたり非常に適当である)、先輩チーム対後輩チームの対決を行う。これを任意七つの遊技で繰り返し、勝ち点の少ないチームには最後に罰ゲームなるものが課されるそうだ。
「罰ゲームって何だろうね」
「ねー、怖いですよねぇ」
貸し切りのゲームセンターの中を歩きながら、板橋先輩や木津川先輩達は早くもテレビ向けの会話を始めている。そう、遊技対決の勝敗もさることながら、いかに番組の中で視聴者に目立つ印象を与えられるかが真の勝負であることは、俺だって理解しているつもりだ。
俺達後輩チームにカメラが向いた。林檎嬢がすかさず「罰ゲーム何だと思う?」と俺と
「罰って言うくらいですから……
「え? なに、上陸止めって」
「おや、通じませんか。休暇時の外出が禁止になることです」
一瞬、その場の誰もがポカンとした顔を見せた。あっ、今の発言は外れだったか、と俺が後悔する
「ないないない! それ罰ゲームっていうかガチの懲罰じゃん」
「ナナちゃん、発想が怖いって。軍隊じゃないんだから」
板橋先輩と福津先輩が揃って大きなリアクションをとり、笑いに転化させてくれる。木津川先輩だけがおっとりした声で「マジメやなー」なんて言っていた。
(いかん……俺がナチュラルにやろうとすると、すぐこれだ……)
テレビの仕事は笑いが取れれば成功だというが、今のは明らかに先輩達の手柄である。ばつの悪さを顔に出ないように押し込め、俺は恐縮しながら皆について歩いた。
「それでそれで、どうします? 最初の勝負」
「まーまー。エイトミリオンのメンバーでこんなとこ来たんだから、まずはコレでしょ」
板橋先輩がリーダーシップを取って指差したのは、大画面の前に一段高い床が設けられた遊技台の前だった。床は左右二つの区域に仕切られ、それぞれに前後左右の矢印が描かれている。画面には英語で「
「ナルホド。まずはダンスで
「
「これ、エイトミリオンの曲も入ってますか?」
先輩チームは既に乗り気であるようだ。こうなると、後輩チームの側からその題材は嫌だなどとは言えようはずもない。
あれよあれよという間に一戦目の対決はこれに決まり、各チーム誰を出すかの作戦会議に入った。見たところ、あの左右に分かれた床の上に一人ずつが乗り、ダンスで対決するという遊技のようだが……。
わが小隊の最先任は十三期の林檎嬢である。やはり彼女に先陣を切ってもらうのがいいだろう。
「指揮官先頭の精神ですよ、林檎先輩」
「あ! 都合のいいときだけ先輩扱いする!」
俺の発言に林檎嬢は律儀に突っ込みを入れてきたが、勝負に出ることにはまんざらでもなさそうだった。黎音からも異存はなかった。
「じゃあ、真っ赤な焼きりんご、行きまーす」
カメラの前でハーイと手を上げ、林檎嬢が遊技台へと上がる。対する先輩チームからは板橋先輩が堂々歩み出てきた。
「それならー、こっちはロートル代表が出ないわけにはいかないでしょー。焼きりんご、覚悟!」
残った者達は遊技台の左右から勝負を見守る。元キャプテンとして大恩ある板橋先輩を前に、林檎嬢は全く物怖じしていない様子だった。カメラの前での演技だろうが、向こうの調子に合わせて先輩をきらりと睨み返したりなんかしている。
「わたし、急な振り入れとかは苦手じゃないですから」
「ほっほう、十年選手に勝てるかね?」
先輩の言葉には半ば自虐も入って聞こえた。ババアチームなどと名付けられていることしかり、あまりに長くグループに居るメンバーは「老害」として「いじられる」のがお決まりの笑いどころなのだろう。
勝負の熱がいよいよ高まったところで、黒子に徹したゲームセンターの店員が小銭を入れ、機器を作動させた。
『Ready――Here we go!』
遊技台から大音量の音楽が流れ始め、二人のダンス対決が始まる。
林檎嬢もゲームセンターは子供の頃に来たきりだと言っていたはずだが、俺の知らない曲に合わせてステップを踏む彼女の動きは、なかなかどうして堂に入っているように見えた。ゲーム自体には不慣れでも、やはり公演で鍛えたダンスの技量がものを言っているのだろう。
(なるほど、画面の表示に合わせて即興で踊るのか……)
画面上に降ってくる矢印に合わせ、床の対応する箇所を足で踏むことで得点が入るらしい。そのたびGOODだのGREATだのと画面に文字が
「ふむ……。りーおんはアレ、やったことはあるのかい」
「ないです、ないです。でも、ユーチューブで動画見たことくらいだったら。上手い人はほんとスゴイみたいですよ」
「だろうね。……私が思うに、あの機構を応用すれば、基礎レッスンにも使えそうじゃないかな?」
「えー……。ナナさんって考えること面白いですね」
そんなことを傍らの黎音と話している内に、曲がサビに入って動きが激しくなってきた。画面の矢印はまだ普通に目で追える速度だったが、林檎嬢は「あっ」とか「えっ」とか言ってステップを落とすことが増えている。板橋先輩のほうも似たようなものだったが、それでも古参の底力なのか、林檎嬢よりはまだ正確に踊り続けられているようだ。
俺の横から「板橋さんまだ見えてるんだ、すごい」と黎音。
「わたし、もう全然見えないです」
「えっ。何が」
「えっ。矢印が」
「……?」
後輩の言う意味がわからず、はて、と俺が首を傾げたところで、曲は終わってしまった。
画面に表示された評価は、林檎嬢がC、板橋先輩がB。二人とも決して良い点数ではないようだが、勝負は勝負である。
「よっしゃぁ、勝ちぃー」
「
カメラに向かって
先輩チームの喜びぶりと対照的に、林檎嬢は息を切らして遊技台から降り、「ごめーん」と俺達の前で悔しさを滲ませた。
「謝ることはないですよ。よく戦いました」
「ナナさんとわたしでカタキ取ります!」
競うように俺と黎音が声を掛ける。林檎嬢はふっと笑顔に転じて、「うん」と頷いてくれた。
「さあさあヒヨッコ達、次はどーするっ」
一戦目をさくっと獲った余裕もあるのか、先輩チームは俺達に次の遊技の選択を委ねてきた。何を選べば有利になるかなど俺には見当もつかないので、林檎嬢と黎音に任せるしかない。
「じゃあ、やっぱりここは太鼓でしょ?」
林檎嬢が近くの遊技台を手で示した。画面の上に「太鼓の名人」と真っ赤な字で書かれ、文字通り本物の太鼓とバチが二組備えられている。
「ほう、これが板橋先輩の仰っていた……」
「そうそう。大正時代の歌はないと思うけどねー」
見たところ、この太鼓を叩いて得点を競う遊技であるようだ。順番的には俺が出るべきだろうか、と思ったところで、黎音がぴょんと元気に手を挙げてきた。
「ハイハイ、わたし行きます!」
「りーおん、太鼓得意なの?」
「やったことないですけど、エイトミリオンの曲なら身体に染み付いてるんで」
彼女はそう言って、遊技台から張り出した看板の一部を指差した。見れば、画面を取り巻くように色とりどりの文字で収録曲名が書かれており、その中にはエイトミリオンのヒット曲も複数含まれていた。
「うん、私より適任だろうね。頼むよ、りーおん」
「はいっ!」
カメラと俺達に手を振り、黎音は太鼓の前に歩み出てバチを握る。先輩チームからは木津川先輩が「ゲーム苦手なんやけどなあ」などと言いながら出てきた。こちらに合わせて、向こうもチーム内の最若手を出してきたのだろう。
木津川先輩に促されて、黎音はバチで太鼓の
「……でも、問題は、相手もエイトミリオンを知り尽くしてるってことだよね」
林檎嬢が俺にだけ聞こえる声でぽつりと言った。その言葉に俺は思わずごくりと息を呑む。脳裏に一瞬差し込んだ不吉な予感を象徴するかの如く、黎音の真剣な横顔の向こうに見える木津川先輩の表情は、
『さあ、始まるドン!』
遊技台から声が響く。俺ももう何度も聴いた「永遠サーキュレーション」の調べに合わせ、画面の右側から赤と青の丸が流れてくる。
「えいっ」
黎音が小柄な身体でリズムをとり、太鼓を叩き始める。その目には真剣な炎がきらきらと燃え、楽しさを体現したような両手の動きも軽やか。実際、太鼓にバチを叩きつける勢いは、木津川先輩よりよほど黎音のほうが強かったが――
(「良」の回数が
何も知らない俺にも両者の得点差は一目瞭然だった。「コンボ」というものの回数が画面上で逐次カウントされていくのだが、淡々とミスなく数字を累積させていく先輩に対し、黎音の数字の伸びは明らかに悪かった。その上、時折指示される「連打」の技量にも差があるようで、先輩が手元で小刻みにバチを動かして点を稼いでいる間、黎音の熱の入った連打はその半分ほどの点数しか上げられていなかった。
「あー、そうだ。そういえば、木津川さんってドラムやってたんだ」
「なに?」
林檎嬢の呟きは黎音には届いていないはずだが、当人にも
曲が終わり、結果は大差で木津川先輩の勝ち。
「むーっ。悔しいですっ、大事な曲なのにっ」
「わたしも太鼓、初めてやってんけどなぁ。りーおん、ゴメンね?」
先輩はおっとりした京言葉で黎音を慰めていたが、恐らく、子供の頭を撫ぜるかのようなその台詞は今の彼女にはあまり効果的ではないだろう。もちろん、黎音もカメラの前でこれ以上悔しさを叫ぶつもりもないようだが、俺達の前に戻ってきた彼女は、小さな背中から無言の悔しさを立ち上らせているように見えた。
「よく頑張った。……次こそ先輩方に一矢報いねばな」
「なぁちゃん、口調口調」
林檎嬢に言われ、俺はハッと気付いて口元を手で覆った。カメラの前であることを忘れて素の言葉が出てしまうほどには、俺はこの勝負に感情を没入させているらしかった。
べつに先輩達は憎むべき敵ではないが、このまま一本も取れずに罰ゲームというのは勘弁願いたい。それに、林檎嬢と黎音の無念も晴らさなければならない。
「あ! じゃあ、なぁちゃんに向いてるのがあるかもっ」
ぴこんと思いついたように林檎嬢が声を上げ、随行しているゲームセンターの店員に何やら尋ね始めた。店員は「ああ、それなら」とすぐに答え、俺達一行を先導する。
その先にあったのは、「
「今のなぁちゃんは得意でしょっ、こういうの」
「ほう……」
俺は遊技台の前に歩み出て、片方の置台から拳銃を抜いてみる。銃は
「しかし、現代で拳銃は規制品ではなかったんですか?」
前に「護身用に拳銃を携帯できないか」と林檎嬢に言ったらものすごい顔で否定されたのを思い出し、俺が問うと、彼女は笑って顔の前で手を振った。
「いやいや、作り物だからっ」
「そうですか……」
銃をいったん置台に戻し、俺は先輩達を振り返った。先輩チームからは既に福津先輩が一歩前に出ていた、が。
「なんか、ナナちゃんの目がマジなんだけど……。え、これ、
「やれやれ、ゴーゴー」
「えぇぇ……こわっ……」
無論、これも意図してテレビ的な笑いどころを作っているのだろうが、福津先輩は露骨に
「先輩……すみませんが、三連敗では番組の進行上も美味しくないでしょうから、勝たせてもらいます」
ふうっと息を吐いて、俺は言った。
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