【飛羽隼一の海軍ワンポイント講座 vol.1】
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本作『NAVY★IDOL』をご覧の皆さん、こんにちは。
訳あって今は「
このコーナーでは、作中で出てきた事物や用語に絡めて、帝国海軍や私の時代の豆知識を皆さんに広報していければと思います。
刺身のツマ程度のつもりでお気軽にお読み下さい。
✿ ⚓ 第1話「俺達の理由」より ⚓ ✿
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皆さんご存知の通り、軍隊には階級というものがあります。我が帝国海軍の場合、上は
この内、大将から少尉までの九階級を「士官」といいます。「下士官」とは文字通りその下のグループであり、上等・一等・二等兵曹がこれにあたります。兵曹長は下士官出身ですが士官に準じる身分ということで「
さて、この士官と下士官兵ですが、同じ帝国海軍の階級のライン上に並んでいるといっても、両者は全く別世界の存在であると考えてもらって構いません。下士官兵は志願や
とはいえ、いざ前線に出れば、現場の叩き上げである下士官のほうが、私のようなヒヨッコ少尉よりも余程戦いの何たるかを知っているというのは当然に有り得ることでした。皆さんご存知の警察ドラマでもよくある光景でしょう。
作中で、私の部下である下士官の
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私が操縦員を務めていた飛行機の名称です。艦攻とは「艦上攻撃機」、つまり空母(航空母艦の略)に搭載されて運用される攻撃機という意味です。
作中で言っているように、これは飛行機同士の空戦を役目とする「戦闘機」ではありません。では「攻撃機」とは何なのかというと、魚雷や爆弾を搭載して、敵の艦船や地上設備を攻撃しに行く飛行機のことです。敵の戦闘機に食らいつかれるとひとたまりもないので、作中の通り、戦闘機部隊の
天山は三人乗りで、前の席に操縦員、真ん中の席に偵察員、後ろの席に電信員が揃って乗り込みます。死ぬ時は三人一緒ですから、階級が違ってもチームワークは抜群。ちなみに作中で我々三人のことを「ペア」と言っていますが、海軍では、同じ飛行機に乗り込む仲間のことを、人数に関わらず「ペア」と呼んだのです。英語としてはヘンなのですがね。
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英語では
✿ ⚓ 第2話「鏡の中の女」より ⚓ ✿
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海軍ではトイレを「厠」と言っていました。英語を多く使っていた海軍にしては、ちょっと古風な言い方で浮いている気もします。兵学校の厠をはじめ、陸上施設の厠は和式が普通でしたが、西洋から造船技術を輸入したこともあって、艦船内の厠は洋式が多かったようです。面白いことに、かつては洋式の厠が主流だった海軍艦船ですが、時代が下るにつれて……つまり我が海軍が自前で船を作れるようになるにつれて、和式の厠の割合が増えていったとか。皆さんの時代では逆に洋式への置き換えが進んでいて、和式は古いものというイメージがあるかと思いますが、当時は和式の厠がある軍艦のほうが新しかったわけです。
ちなみに、少し汚い話をしますと……海軍軍人は何でも隠語にする文化がありまして、小の用のことは「スモール」、大の用のことは「グレート」と言っていました。大のほうを指す言い方には、KUSOの略で「
【海軍兵学校】
先述の通り、海軍士官を養成する教育機関です。広島県の
旧制中学(皆さんの時代でいう中学一年生から高校二年生までの学年)の四年生修了程度を経て入校するので、皆さんの時代でいう高校二年生から大学一・二年生くらいの学年にあたるかと思いますが、当時はそもそも中学校の進学率が8%くらいでしたので、皆さんの感覚をそのまま当てはめることは難しいでしょう。当時は中学に進学する時点でまず相当なエリートであり、その中でもさらに最上位のレベルの者でなければ海軍兵学校の入試はパスできませんでした。こういうことを当の私が言うと嫌味に聞こえそうで恐縮なのですが……。
教育期間は最初は三年制、昭和7年より四年制でしたが、戦争が始まるとどんどん短縮され、私が入校した第71期には三年に戻り、その後も二年十ヶ月、二年四ヶ月と年々切り詰められていきました。逆に定員数は年々膨れ上がり、元々は100名台が標準であったのに、70期卒業生は432名、我々71期卒業生は581名、72期卒業生は625名、そして73期卒業生は902名……と、尋常ではない増え方をしていました。戦線の拡大につれて、それだけ人員が必要になっていたということです。
兵学校の教育内容は、海軍軍人として必要な知識・技術を教える「兵学」(運用術、航海術、砲術、水雷術、通信術、航空術、機関術、兵術、軍政、統率学、軍隊教育学、精神科学、歴史、地理、乗艦実習)と並んで、数学、物理学、化学、国語、外国語といった「普通学」にもかなりの重きが置かれていました。特に英語教育への力の入れようは凄まじく、外国人と接する際の礼儀作法と合わせて、我々生徒は実践的な英会話を厳しく叩き込まれたものです。
海軍という組織には、士官を、世界に出しても恥ずかしくない文化教養人として教育しようという考えが強くあったようです。大東亜戦争が始まり、陸軍が英語を廃するようになってからも、当時の海軍兵学校校長でいらした井上
【海軍軍人の言葉遣い】
軍隊は規律が第一ですから、我々は言葉遣いの端々に至るまで厳しく
海軍の言葉遣いで何より有名なのは「貴様」でしょう。同格かそれ以下の者に対する二人称であり、皆さんの感覚でいうと「お前」とか「君」にあたるでしょうが、同じ釜の飯を食った同期生とか、共に同じ戦場で命をなげうって戦う仲間といったニュアンスと強く関連する言葉です。「♪貴様と俺とは同期の桜~」という有名な歌が海軍で流行ったのは、私の死後、昭和19年の後半頃からのことです。海軍発の歌ですが、陸軍でも好んで歌われたそうですね。
そうそう、作中で私の身長を175「サンチ」と言っていますが、センチメートルのことを海軍ではフランス語風にサンチメートルと言っていたのです。帝国海軍が規範としたのはイギリス海軍ですから、別にフランス語風にする必要は無いはずなのですが、陸軍が先に「センチ」を採用したので対抗して「サンチ」にしたという事情があると聞きました。……仲悪いんですよ、陸軍と海軍。現場はそうでもありませんが、上層部同士が。日本海軍の最大の敵は連合国軍ではなく日本陸軍である、逆もまた然り、という笑えない話があります。
✿ ⚓ 第3話「予想外の筋書き」より ⚓ ✿
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海軍士官はスマートな紳士であることが求められ、兵学校では礼儀作法も厳しく
例えば「談話」の章から一部、皆さんの時代の言葉に訳して引用しますと、
1. 談話するときは、慎み深い言葉遣い、はっきりした発音、優雅な態度で話すことが必要である。そのため、方言を交えたり、ぺらぺらと早口でまくし立てたり、大声を発するようなことはよくない。皇室の話題については、話す方も聞く方も姿勢を正し、敬称・敬語を使わなければならない。
2. 談話のマナーというものは、相手を楽しませ、自分もその空気を楽しみ、相手の喋るのを助け、相手の意図を汲み取り、相手の言葉をしっかりと聴き、その場の話題に意識を向けることにある。また、相手の話を遮ってはならない。
3. 話題は、相手の年齢・知識・境遇に応じて、ふさわしいものを選ばなければならない。他人への批評や、他人の秘密などを語ってはならない。
4. 多くの人の前で喋るときは、全員にわかるような話題を選ぶべきである。一部の人だけに通じる話題で他の人をつまらなく感じさせてはならない。
5. 自分の仕事に関することばかり話してはならない。世の人はよく、自分の仕事や趣味に関する話題ばかりを多く語りたがるものだが、これは実に卑しい行為であり、その場の人達をつまらなくさせ、かつ自分の知識の乏しさをあらわにしているのである。
6. 多くの人の前で、理由もなく自分の個人的な事情を詳しく話すのは、皆をつまらなくさせやすいので、避けたほうがよい。(ただし、本題を分かりやすくするために語るのは構わない)
……こういった感じで、以下19項目に及び、人と談話する際のマナーが詳述されています。これは皆さんの時代でも通じるのではないでしょうか。
【おばさん】
作中で述べている通りですが、兵学校の生徒は皆、若い女性をも「おばさん」と呼んでいたのです。
掘り下げて説明しますと……そもそも兵学校の生徒は
この「クラブ」とは、民間の協力により、兵学校周辺の民家を生徒の憩いの場所として提供しているものであり、厳しい教官や上級生の目が届かない唯一の場所とも言えました。我々は日曜日になるたび、このクラブに入り浸って菓子などをつまみ(もちろんお金は払うのです)、食事を御馳走になったりして、命の洗濯をしていたものでした。一般の民家ですから娘さんや女中さんがいる場合もありますが、兵学校の生徒は異性交遊を厳に禁じられています。そこで、変なマチガイが起こらないよう、我々は敢えて若い娘さんをも「おばさん」と呼び自制していた……というわけなのです。
江田島の娘さん達は我々のこの口癖を分かっていますが、言うまでもなく、娑婆に戻ると通じません。作中での私のような失敗をしてしまった士官は大変多かったようです。
【少女歌劇団】
ちょっと海軍から離れて芸能の話もいたしましょう。作中で言っているように、私の時代には西の宝塚、東の
少女歌劇は大正から昭和初期にかけて日本中でブームとなり、全国のあちこちに劇場・劇団が作られていきました。多くはレジャー施設と紐づく客寄せの色が濃かったようですね。手元の資料によりますと……横浜には
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つい羽目を外して長々と語りすぎてしまったようです。刺身のツマの分際で出しゃばりすぎるな……とお思いでしょうが、私が私として喋れる機会など滅多にないので大目に見て下さい。これ以降の本編における私は、衆目の前で正体を隠して「ナナ」を演じなければならず、しぜん、私自身の言葉で話せる機会が限られてくるのですよ。
作品の外くらいでは飛羽隼一として振る舞っておかないと、しまいには自分が誰だったか忘れてしまいそうで。
ともあれ、ここまでお付き合い下さった皆さん、ありがとうございます。
引き続き本編をお楽しみ下さい。
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