第8話 激動!異世界の戦い(3)

「リヴァイアサンブレード! トアァッ!」


 焔の激しい気勢が戦場に響き、意思を持つかのようにしなる海竜の剣が戦闘員ツッキーの群れを次々と打ち据えていく。その彼の背中を守るようにして並び立ち、咲良は仮面マスクのゴーグル越しに敵勢を視界に捉える。

 あれは何だ、どちらの味方だ――。そんな声が両軍の兵士達から聞こえてくる。敵味方入り乱れて逃げ惑う彼らを庇い、人ならざる敵にだけ可変剣ライズカッターの刃を浴びせるのは、体力以上に精神をすり減らす作業だった。


「皆さん、逃げてっ!」


 片手にライズカッターを構えたまま、咲良はもう片方の手に巨大なフェニックスファンを出現させ、攻撃のチャンスを伺う。多数の敵を一気に吹き飛ばす風の必殺技ブローイング・ブラストは、戦闘員と人間の兵士が混在している状況では使えない。


「もうっ! 逃げてってば!」


 敵国の兵士もこちらの兵士も、明らかに統率が取れていなかった。こちらの城門に逃げ込もうとして押し合う者、手にした剣で戦闘員に必死の抵抗を試みる者……。焔の二刀はそんな中でも正確に戦闘員だけを斬り伏せていたが、咲良にはとても同じことはできず、あちこちに視線を振るのが精一杯で攻撃の手は緩んでしまう。


「咲良! フェニックスを呼べ!」


 焔が叫んできた。えっ、と仮面マスクの下で目を見開く咲良に、彼は背中を向けたまま続けてくる。


「一体一体倒してもキリがない。使えるものは全て使うんだ」

「は、はいっ」


 ライズフェニックスは自分達と一緒に闇の渦に飲まれ、この世界のどこかに飛ばされていたはず。

 咲良は扇を仕舞い、フェニックスのエレメントクリスタルを取り出して、変身携帯アニマフォンの上部に叩き込んだ。


「来てっ、ライズフェニックス!」


 アニマフォンに差したクリスタルが輝き、天地に聖なる調べが響き渡る。


「キュオオォォッ!」


 高々と咆哮を上げ、渦巻く風を引き連れて、幻聖獣ライズフェニックスは戦地の上空に来臨した。巨大な羽ばたきに煽られて、戦闘員や兵士達が地上から舞い上げられる。


「っ……!」


 風に巻き上げられ、地上に叩きつけられる人間達の悲鳴に、咲良は思わず耳を塞ぎたくなった。中には怪我した人もいるだろう。だが、これ以上の被害を食い止めるためには、他にやりようがない。


「みんな、逃げて…‥っ!」


 そう叫ぶくらいしか、咲良に出来ることはなかった。

 クリスタルを通じて咲良の意思を受け、上空のフェニックスが、敵兵を追って尚も押し寄せる戦闘員の群れを目掛けてぐわりと翼を羽ばたかせる。瞬間、大地を削らんばかりの強風が殺到し、地上にひしめく戦闘員達はなすすべなく空中に跳ね上げられて雲散霧消していった。

 二度、三度とフェニックスの翼が天にひるがえるたび、地上を埋める戦闘員ザコの大群が塵芥ちりあくたに変わって一掃されてゆく。


「終わらせるぞ、咲良!」

「はいっ!」


 フェニックスの暴風をかいくぐった戦闘員の生き残り達を目掛け、焔の蛇腹剣が炸裂する。咲良も眼前の敵をしっかり見据え、剣を振り下ろした。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 やっとの思いで戦闘員ツッキーの大群を掃討したとはいえ、戦場にはおびただしい数の負傷者が転がることになった。命を落とした人も一人や二人ではないかもしれない。

 それを咲良に見せないようにするためか、焔は足早に咲良の腕を引いてきた。彼に連れられるがまま神殿まで帰り着いた頃には、既に地平の向こうに夕日が沈もうとしていた。

 神殿の中は大騒ぎになっていた。先程の混乱に乗じ、別の城門から少人数の敵が侵入し、攻防戦の末にその将軍がこちらに捕虜として捕われたというのだ。


「ホムラ殿、サクラ殿。お怪我はありませんか」

「大丈夫だ。それより、負傷した兵士達の手当をしてやってくれ」


 トーガの男性と焔がそんなやりとりを手短に交わす、その奥では、武装を解除され拘束された敵将が今まさに尋問を受けているところだった。後ろ手に縛られ椅子に座らされた敵将の周りを、トーガの男性達が数人で取り囲んでいる。


「目的は、ケルベロスのクリスタルの片割れか」

「ふん。他に何がある」


 こちらの男性達と同じくたっぷりのひげを蓄えた敵の将軍は、ふてぶてしい態度を隠しもせず答えた。

 咲良は気になってその様子を見ていた。隣の焔もまた、静かに聞き耳を立てているようだった。


「ケルベロスを蘇らせ、兵器として利用しようというのか!」


 こちらの男性の一人が声を荒らげて敵将に詰め寄った。敵将はふんと鼻で笑う。


「貴様らと一緒にするな。我らがケルベロスを蘇らせんとするのは、魔物から我が都市国家ポリスを守るためよ」

「魔物だと?」

「貴様らも見たであろう、あの塵芥ちりあくたの魔兵どもを。伝説にある。幾百幾千の魔兵が地を埋め尽くせし後には、天地を揺るがす魔物が現れ災禍の限りを尽くすとな」


「えっ! それって、ツクモーガの怪人のこと――」


 咲良は思わず声を上げてしまった。あっ、と口元を手で覆ったときには既に遅く、男性達と敵将の目が一斉にこちらに向けられた。

 咲良の目をぎらりと睨みつけ、敵将が口を開く。


「ほう。貴様が伝説の巫女みことやらか。すると隣の男が勇者とやらだな」

「えっ?」

「この非常時に女がこんなところに居るとなれば、他にあるまい。さっきのフェニックスを呼んだのは貴様なのだろう。伝説の通りだな」

「いや……あの……人違いっていうか」


 当代のピンクライザーではあるけど、自分は伝説の巫女なんかじゃない。そう言い返そうとしたところで、焔がすっと咲良の前に手を出してきた。

 だが、せっかく咲良自身が言葉を飲み込んだのに、トーガの男性の一人が、こともなげに敵将に向かって言った。


「あの娘はルナ様ではない。勇者様の今の連れ添いとやらだ」

「ふん。どうりで覇気が無いな。だが、それにしても戦力には違いあるまいよ」


 咲良がムッとしたところで、別の男性が「いや」と横から口を挟んだ。


「果たしてどうですかな。ホムラ殿の連れとはいえ、この娘、一人前の戦士と呼べるかどうか」

「っ……!」


 ショックに言葉を失う咲良自身には目もくれず、男性は喋り続ける。


「ここから見ていましたが、この娘の戦い方はまるで素人。力を纏って尚、変身できぬホムラ殿よりも遥かに劣る活躍しかしていない。あのフェニックスを呼び出せるのなら、なぜ最初から出さないのか!」

「そうだ。それに、この娘の下手な戦い方のおかげで、両軍の兵に無駄な被害が出たではないか」

「まこと、伝説にある巫女みこ殿とは大違いだ。勇者殿、なぜこんな娘を連れてきたのですかな」


 男性達が次々と同調し、焔にまで詰め寄っている。

 咲良は呆然と目をしばたかせることしかできなかった。指先がかたかたと震えているのを感じる。確かに被害が出てしまったのは心苦しかったが、それでも、自分が戦わなければもっと多くの兵士達が戦闘員ツッキーに殺されていただろうに……!

 と、震えるその手を、横から焔ががしりと握ってきた。


「! レッドさん――」

「勝手な物言いはやめてもらおう。彼女は俺の信頼する仲間だ」


 迷いも躊躇ためらいもない口調で、彼は一同に向かって言い放つ。その言葉の強さに、彼の手の熱さに、思わず抑えきれず嗚咽が漏れた。

 だが、そんな咲良の胸中も知らず、一部の男性達は尚もこちらに白い目を向けてくる。


「伝説の勇者殿は今や変身もできず、ドラゴンも呼べぬと言うではないか。おまけに相方がこんな頼りない娘では、伝説通りの活躍をするのはいささか荷が重いのではないか」


 そうだそうだ、と周りの男性達も口々に声を上げる。焔は咲良の手を握ったまま、静かに答えた。


「……そうだな。俺達はここに必要ない人間のようだ」


 そして彼はきびすを返し、「行くぞ」と手を引いてきた。それに異を唱えるほどの気力は咲良には残っていなかった。

 彼について足を踏み出したところで、後ろから「待たれよ」と声がした。振り向くと、それは敵の将軍だった。


「その娘には利用価値がある。そう思わんかね、アリステラの諸君。いずれ巨大な魔物は現れるのだ。ケルベロスが使えんのなら、その娘のフェニックスに戦わせればよかろう」

「む……確かに」


 敵の言葉に男性達が次々と頷いている。咲良の中で何かが音を立てて切れたような気がした。


「サクラ殿、そなたはここに残ってもらおうか――」

「ふざけんじゃないですよ!」


 咲良は思いに任せて言い返すと、逆に焔の手を引いて、アニマフォンを天に突き出した。閃光とともにピンクライザーのスーツを身に纏い、行く手を塞ごうとする者達を悠々飛び越えて、焔と一緒に夕暮れの空へ飛び出す。

 行くあてなどないが、二度とあの神殿を振り返る気にはなれなかった。



【第9話へ続く】

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