第7話 直撃!オトナの熱愛疑惑(2)
「違う違う! デートとかじゃないし。ちょっと一緒に映画行こうってなっただけ」
「それをデートって言うんじゃん」
駅前の雑踏の中、漏れ聞こえてくる知らない女子達のピンポイントな会話に咲良は思わず耳を塞ぐ。ナントカパーティー効果というのだったか、その時最も気になる会話だけを無意識に拾ってしまうのは人間の本能らしいが、その働きをさらに強める強化聴力の存在が今は恨めしかった。
「で、どうすんの、アイツと付き合うの?」
「えぇ、そりゃコクられたら考えないでもないけど……」
そんな声から逃げるように早歩きで人混みを縫っていると、いつの間にか駅前の大きなスクランブル交差点まで出てしまった。赤信号に足を止めた咲良の眼前に映る、休日の街を行き交う人、人、人。若い男女連れも多かったが、あの内の何割が「デート」なのだろうか――。
(……いいじゃん別に、レッドさんと光璃さんがそういう関係でも)
自分の中のモヤモヤの正体はとりあえずそこだろうと当たりをつけて、咲良はそれを否定しにかかる。いいじゃないか、二人がどんな関係だって。大地が言っていたように、現に変身して戦えているんだから、少なくともハルカ先輩みたいに戦士の使命を放棄してはないわけで……。
そもそも、自分はあのおっさんのことなんて好きでもないし、十歳以上も歳の離れたあの人を今から好きになることもないのだから、何も気にする必要はないはずで……。
それでもやっぱり気に入らないのは、一体どうしてなのだろう。
「浮かれない顔をしていますね、ピンクさん。何がそんなに気に入らないのですか?」
「っ!?」
背後からいきなり男の声がして、咲良はびくりと振り向いた。上品なジャケットを着た若い男性――見覚えがあるのかないのか判断できない、中性的で特徴を感じさせない顔。驚愕からコンマ数秒で意識が追いつく。コイツは……!
「ミタマ……!」
ぞくりと本能を凍りつかせるような不気味な空気。震えそうになる身体を奮い立たせ、咲良は身構える。片手に
「おや、私の名を覚えていて下さったのですね。では、こちらもサクラさんとお呼びしましょう」
信号が青に変わり、周囲の人達が咲良に目もくれず歩き出す。ミタマは数歩先に立ったまま微動だにせず、にこにこと笑ってこちらを見ているだけだった。
「そんなにコワイ目をしなくても。取って食いはしませんよ。私でよければ、お話を聞いて差し上げようかと思っただけで」
「……敵に話すことなんて、何もないです」
ライズショットの銃口を彼に向け、咲良は喉から声を絞り出した。周りの人々は不思議なほどこちらを気にする様子なく、咲良達のそばを通り過ぎていく。
いくら周りが無関心といっても、さすがにここで変身したらダメだろうか……?
「銃が震えていますよ、サクラさん。それでは撃っても当たらない」
「う、うるさい!」
「よほど気に入らないのですね。レッドが自分を特別扱いしてくれないことが」
「っ……!」
なぜ、この敵がそんなことを……!
いやいや、と咲良は首を振った。コイツの言葉に惑わされては駄目だ。それよりも、こうなったら人目など気にせず、一刻も早く変身を……?
「ははは。勘で言ってみただけですが、何やら図星だったようですね。……まあ、それはともかく。私、あなたに忠告しに来たんですよ、サクラさん」
「忠告……?」
「ええ。私、
咲良の握るアニマフォンをすっと指差して、彼は言う。
「うら若く可愛いサクラさん。逃げるなら今が最後のチャンスですよ」
「えっ……」
「タヂカラ様の攻勢がいよいよ始まります。人間の築いた文明はスクラップと化し、歯向かう者は捻り潰される。……しかし、戦士であることを辞めれば、少なくとも今すぐ死ぬことは免れますよ」
咲良の目をまっすぐ覗き込んで、ミタマはふふっと笑った。……そう、確かに笑ったはずなのに、その顔には何の表情もないように咲良には見えた。
「……だ、誰が」
戦慄に全身を震わせながら、それでも咲良は言い返す。
「わたし、レッドさん達と一緒に最後まで戦うって決めたんです!」
「……そうですか、それは残念。あなた、私の持ち主だった女の子に少し似ているので、助けられるものなら助けたかったんですが。本人が死にたがるなら仕方がない」
すっ、ときびすを返し、ミタマは無防備な背中を見せた。咲良のライズショットはまだ彼を照準に捉えている。いつでも撃てるのに、なぜか引き金に指がかからない。
「お別れです、サクラさん。大好きなレッドとともに死ぬがいい」
「だから、好きじゃないって――」
なぜかそんなことを言い返す気力だけは残っていた。瞬き一つせず背中を狙っていたはずなのに、いつの間にかミタマの背中は雑踏に溶けるように消えてしまっていた。
そして、次の瞬間、身体を跳ね上げるような振動が大地を揺るがした。周囲の人々が一斉に悲鳴を上げるのを聞いて、咲良はそれが自分だけの幻覚ではないことを理解した。
地震だ、逃げろ、と大勢の人が叫んでいる。ぐらぐらと街が揺れ、ビルが、陸橋が、大音を立てて崩壊してゆく。
「……!」
逃げ惑う人々の地獄絵図を前に、咲良がアニマフォンとライズショットを握ったまま動けず立ち尽くしていると――
「ウゥゥガァァッ!!」
アスファルトの地面を割り、地響きを立てて、二つの巨大な影が粉塵の中から立ち上がった。
阿鼻叫喚の街を遥かに見下ろすその巨体は、理性を持たない巨大
「そ、そんな……!」
つい二時間ほど前、消防車ツクモを倒したばかりなのに。
こんなに立て続けに新しい怪人が……それも二体同時に、最初から巨大な姿で現れるなんて。
『咲良! 聞こえるか!』
片手のアニマフォンから焔の声が鼓膜を叩いた。応答の手順すら踏まない強制通信モードだった。
「は、はい!」
『フェニックスで応戦しろ。俺達もすぐに駆けつける!』
「はいっ。あっ、でも――」
咲良は見てしまった。巨大化した二体の怪人だけではない。棍棒を振り上げた無数の
「だ、ダメです、レッドさん。地上にもいっぱい敵が!」
『なに!?』
巨大な敵に応戦すれば、そのぶん、地上の被害を見捨てることになってしまう――。
咲良がおろおろと視線を振ったところへ、今度は光璃の声がアニマフォンから飛んできた。
『地上の方はあたしが引き受けるわ。疾人、大地、二人はこっちに回って!』
『オーケーっす!』
『合点承知でござる!』
次々と交わされる仲間のやりとりを聞いている内に、咲良の頭上の空を巨大な何かが行き過ぎた。風を巻いて亜音速で飛ぶその影は、レッドの幻聖獣ライズドラゴン。
『咲良、君はこっちだ。早く来い!』
「は、はいっ」
焔の声に急かされ、咲良はアニマフォンを突き上げた。
「
疾風のエレメントを全身に纏い、変身と同時に咲良は空へ飛び上がる。
「召喚! 幻聖獣ライズフェニックス!」
天上から降臨するフェニックスと即座に一体化し、咲良は
ほんの少し前にもフェニックスを駆って戦っていたばかり。エネルギーは決して十分ではないが、自分だけ弱音を吐くわけにはいかない。
「行きます!」
咲良の意思に共鳴し、フェニックスは上空から急降下して怪人に襲いかかる。大型トラックの姿をした巨大怪人に翼のフチの一撃を叩き込み、反撃を
レッドのドラゴンの戦いぶりはまさしく勇猛果敢だった。炎を吐き、爪を唸らせ、二体の怪人に次々と有効打を浴びせていく巨竜の勇姿。とはいえ、二対一では流石の焔も厳しいらしく、敵の反撃を何度も受けてしまっている。
なんとか彼をサポートしようと、咲良も繰り返しフェニックスを向かわせたが、上手く攻撃の呼吸を合わせるのが難しい。こんなことでも光璃なら難なくこなすのだろうな、と切なさに胸を締め付けられながら、それでも咲良は敵を睨んで戦い続ける。
瞬間、ばしりとドラゴンの巨大な尾の一撃が閃いて、二体の怪人が同時にビル街の中に倒れ伏した。
『咲良、この炎でバインドを撃て!』
ドラゴンがフェニックス目掛けて炎を撃ち出してくる。天空を舞う不死鳥の翼に竜の炎が宿る――新幹線ツクモとの戦いでも使った技だ。
「ハイ……!」
ドラゴンが退いた位置にすかさずフェニックスを滑り込ませる。眼下には二体の敵。焔に託された炎、決して狙いを外すわけにはいかない。
「フェニックスバインド――」
『! 待て、咲良!』
「えっ?」
焔の声が鼓膜をつんざき、ドラゴンがフェニックスの前に割り込んできた。刹那、
ドラゴンが燃え盛る火炎の渦を吐き出し、聖なる炎が敵の噴射と正面からぶつかり合うが――
『くっ……!
ドラゴンの炎は敵の勢いに押し戻され、そして、灰色の濁流がドラゴンの巨体を直撃する。
「レッドさん!」
彼の言葉通りにフェニックスを後方へ飛び出させながら、咲良は叫んだ。たちまち敵の噴流に飲まれて硬化するドラゴンの頭部から、ばっと光の翼を広げてレッドが飛び出す。
ドラゴンは苦しそうに咆哮を上げたかと思うと、たちまち
地面に突撃した巨竜が瓦礫と粉塵を巻き上げる中、ミキサー車の怪人が片腕のタンクを得意げに掲げ、醜悪な叫び声を上げる。
「レッドさんっ!」
レッドがまっすぐこちらへ向かってくる。その光の翼が消えかかっていることに咲良は気付いた。翼だけではない、スーツ自体が真紅の輝きを失い、消え去ろうとしている。
間一髪、彼の進路に滑り込み、咲良はフェニックスの背に彼を拾い上げた。変身の解けた彼の声が、強化聴力を通じて咲良の耳に入る。
「気をつけろ。奴のセメントに撃たれれば一瞬でお陀仏だ」
「そんなっ――」
気をつけろと言われたって、あんなもの、どうやって。
いや、それよりも咲良の胸を焦がすのは、
「戦いに集中しろ! 来るぞ!」
ミキサー車の怪人が再びセメント噴流を撃ち出してくる。咲良は必死にフェニックスに意志を伝え、ぎりぎりでそれを
そのとき、焔のものでも怪人達のものでもない、異質の声が天を貫いて響いた。
『ふはははは。我らの聖戦を阻み続けてきた憎きアニマライザーども、今日が貴様らの最後の日だ!』
そして、咲良は見た。唸りを上げる怪人達の上空、
「あれって……!」
一介の怪人とは違うと一目でわかる異形の姿。仁王像を思わせる筋骨隆々の
『我が名はタヂカラ。地上を
五感を痺れさせる醜悪にして荘厳な声。身震いする咲良の耳に、焔の声が割り込む。
「恐れるな。俺達は何度もあんな親玉を倒してきた。皆の力を合わせれば不可能はない」
「……は、はい」
言葉ではハイと返事をしてみても、恐れるなと言われて即座に恐怖を引っ込めることは咲良にはできなかった。
見るもの全てを畏怖させるあの巨大な姿。そこに実体はないとわかっていながらも、天に浮かぶその影に
『力を合わせるだと。愚かな』
しっかり焔の台詞を聞いていたらしく、敵の親玉は新たな言葉で天を震わせた。
『貴様らはここで分断され、二度と五人揃わぬまま野垂れ死ぬのだ』
虚像が手を振り上げるのを受けて、ミキサー車の怪人が巨大な唸り声とともに両腕のタンクからセメントの噴射を天上に撒き散らした。灰色の噴流が遥か天空まで噴き上がり、拡散するシャワーの如く咲良のフェニックスを襲ってくる。
「咲良っ!」
「ッ!」
焔の声で我に返り、咲良は咄嗟にフェニックスを降下させた。舞い降るセメントの濁流よりも疾く、地面すれすれを飛んで敵の攻撃圏内から脱し――
「! 避けろ、咲良!」
――突如、視界の先に、もう一体の怪人が立ち塞がっていた。
「ガアァァァ!」
唸りを上げ、地響きを立て、大型トラックの怪人が両足のタイヤで地面を爆走してくる。回避が間に合わず、フェニックスは正面からその衝突を受け、上空へと跳ね飛ばされた。
「レッドさん!」
咲良は瞬時にフェニックスの頭部から飛び出し、振り落とされる焔の手を握ったが。
直後、空中で軌道を変えようとする咲良の動きは、何かの力によって遮られた。
「!?」
振り仰いだ視線の先、天上に巨大な暗黒の渦が口を開け、しゅうしゅうと唸りを立てて周囲の雲を吸い込んでいる。咲良の離脱したフェニックスが、羽ばたきも虚しく、その渦の中へと飲み込まれていった。
「く……うっ!」
焔の手を握ったまま、咲良は懸命にその引力に抗おうと、背中の翼に力を込めたが――
『さらばだ、レッドライザー、ピンクライザー。永遠に異世界を
「咲良っ……!」
自分の手を握り返してくる生身の焔の、熱い瞳を見たのを最後に。
(レッドさん――)
咲良は彼とともに暗黒の渦に飲み込まれ、意識を失った。
【第8話へ続く】
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