第7話 直撃!オトナの熱愛疑惑(1)

「ウ~、カンカンカン! 人間どもには火種の一つも残さないカン!」


 肩に吊るした警鐘けいしょうをかき鳴らし、消防車の怪人ツクモーガが両腕のホースから高圧水流を撒き散らす。水浸しの街に木霊こだまする人々の悲鳴が、仮面マスク越しに咲良さくらの鼓膜を鋭く叩く。


「こっちです! 早く逃げて!」


 逃げ惑う人々を安全地帯まで誘導し、咲良は光の翼をはためかせて仲間達の戦列へと合流する。際限なく湧き出てくる襤褸ボロの戦闘員達が、棍棒を振り上げながら五人に突撃してくる。


「行くぞ! ドラゴンブレイブ、レッドライザー!」


 竜の大剣ドラゴンブレイカーから火花を噴き上げ、レッドが先陣切って敵に突っ込む。疾人ブルーが、大地グリーンが、光璃イエローが、各々の得物えものを手に戦闘員を薙ぎ倒していく。


「ザコは道を空けやがれ! グリフィンプライド、ブルーライザー!」

「乗り物シリーズはそろそろ飽き飽きでござる! タウラスタフネス、グリーンライザー!」

「今日は急いでるんだから、一気に片付けるよ! ユニコーンワイズ、イエローライザー!」


 咲良もフェニックスファンを出現させ、色とりどりの背中を追って戦場に躍り出た。今日もまた、苛烈な戦いから無事に生きて帰るために。


「わたしも頑張ります! フェニックスハート、ピンクライザー!」


きらめく正義のエレメンツ! 幻獣戦団! アニマライザー!」


 激しい戦いの中で名乗りを上げ、一同は爆炎を噴き上げながら戦陣を切り開いていく。各々の武器が残影を引いて閃くたび、群がる戦闘員が塵芥ちりあくたに変わって消えてゆく。


「カーンカンカン! アニマライザーども、貴様らも全員水浸しだカンカンカン!」


 怪人の噴き出す水流がアスファルトを波濤はとうで染め上げるが、仲間の誰一人としてそれに怯む者はいなかった。


「そっちがカンカンカンなら、こっちはキンキンキンでござる!」


 グリーンはよくわからないことを言いながら剣を振るっていたが、彼の発言が独特なのはいつものことなので、咲良は深く考えないことにする。

 前回の戦いから一週間。まだ朝の訓練ではほむらから一本取れないものの、咲良だって少しは戦いに慣れてきた自負がある。皆の足を引っ張りたくない、少しでも皆の役に立ちたい――その思いが自ずと背中を押し、命懸けの戦いへの恐れを吹き飛ばしていた。


(レッドさん――)


 フェニックスファンのフチの一撃を戦闘員に叩き込みながら、咲良は無意識にレッドの姿を目で追っていた。真紅のスーツから立ち上る熱量の強さが、探すまでもなく咲良の視線を彼に引き付ける。


「人々を災害から守る消防車の姿で、街に災いをもたらすなど、俺達が許さん!」


 激しく暑苦しい声が戦場に響き、レッドの力強い両腕が剣を振り上げる。


「ドラゴンブレイカー! ブレイジング・ブレイク!」


 炎を纏った竜の大剣が、周囲のザコどもをまとめて斬り払おうとした、その瞬間――


「ウ~! 緊急放水だカンカンカン!」


 怪人ツクモーガが両腕を合わせて突き出し、ホースからの高圧放水をレッド目掛けて浴びせてきた。

 渦巻く水流がドラゴンブレイカーの炎をかき消し、彼の斬撃を不発に終わらせる。


「むっ! 貴様……!」

「カーンカンカン! レッドライザーの炎如き、この消防車ツクモ様が消火してくれるでカン! 食らえ、爆圧放水ィィィ!」


 怪人の甲高い声とともに、さらに圧力を増した放水攻撃がレッドの身を襲った。


「レッドさん!」


 思わず叫ぶ自分の声を咲良は聞いた。目の前のザコをぐわりとフェニックスファンで吹き飛ばし、光の翼を広げて飛ぶ。この扇で敵の放水を遮って彼を助けよう、頭の中でその作戦を思い描いたとき、


「小癪な。緊急放水ィィ!」


 一瞬の内に腕の向きを変えた敵の放水が、宙を舞う咲良の身体を直撃していた。


「うっ……!」


 苛烈な水の圧力を身に浴び、身体が押し戻される。背中に重たい衝撃を感じ、頭上に瓦礫が降ってきた。背後の建物に激突したのだとわかった瞬間、光璃イエローの声が耳をつんざいた。


「咲良、下がって! ユニコーンセイバー!」


 地面に倒れ伏し、顔を上げるのがやっとの咲良の眼前で、イエローの細身の影がひゅおんと風を巻いてドリル剣を振り上げる。

 激しく地面に叩きつけられたその剣から、たちまち黄金こがね色の電撃がほとばしり、水浸しの地面を伝って怪人を捉えた。


「ぬおおぉぉ!? ら、落雷災害だカンカンカン!」


 バチバチと爆ぜる電撃に全身を撃たれ、怪人がダメージに身悶える。咲良が目を見張った時には、レッドは阿吽あうんの呼吸の如く光璃ひかりの名を呼び、ドラゴンブレイカーを彼女に投げ渡していた。


「リヴァイアサンブレード!」


 海竜の剣を新たに手中に出現させ、ドラゴンの翼を広げたレッドが中空に飛び出す。彼の蛇腹じゃばら剣がしなって伸び、敵の身体を縛り上げたときには、


「皆、行くよ! 力を一つに!」


 イエローの凛然りんぜんとした号令が、咲良達に飛んでいた。

 ブルーとグリーンがすぐさま彼女に駆け寄り、各々の個人武器をドラゴンブレイカーに合体させる。一瞬の勝機を逃してはならない。咲良も咄嗟に飛び起き、フェニックスファンをそこに重ねた。

 イエローを中心に、四人のエレメントが五連剣に宿り渦を巻く。


「エレメントカリバー! カルテット・ブレイク!」


 レッドの蛇腹剣で動きを封じられた敵を目掛けて、一直線の斬撃が閃いた。


「マッチ一本…‥火事の元ォォォ!」


 例によっておかしな断末魔の言葉を残し、邪悪の怪人が呆気なく爆発四散する。


 ――役に立てなかった。自分は、少しも……。


 仲間達は何も言ってこないが、小さな悔しさと恥ずかしさが咲良の胸を密かに締め付ける。

 皆と一緒に幻聖獣を呼び出し、ライズタイタンに合体して巨大な敵と火花を散らす最中さなかも、咲良の心はずっと黒いもやに囚われたままだった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「……じゃあ、あたし達はちょっと行くとこあるから。みんな、お疲れさま」

「休める時にしっかり身体を休めておけよ。いつまた次の敵が出てくるかわからんからな」


 巨大戦を終えた後、いつもよりずっと短く反省会ミーティングを切り上げて、焔と光璃は二人揃って秘密基地を出て行ってしまった。


「ふぃー、今日はラッキーだぜ」


 地上に繋がる扉が閉まるやいなや、疾人はやとが大きく息を吐いてテーブルに突っ伏す。その横で、大地だいちが片隅のカゴからガサガサとスナック菓子の袋を取り、開封したそれをテーブルの中心に広げていた。

 咲良はお菓子に手を伸ばす気にもなれず、ぼんやりと向かいの二人の様子を眺めているだけ。今日は休日だったが、早朝の訓練の疲れと実戦の疲れが、今になって咲良の身にずうんと重たくのしかかってきていた。


「なんだよ咲良、さっきからプクッとして」

「えっ?」


 テーブルに上体を預けたままの疾人に軽く指を差され、咲良は思わずぱちっと目を見開いた。自分は今どんな顔をしていたのだろう、と思わず片手で口元を覆ったとき、大地がお菓子をバリバリ言わせながら同じく指の先を向けてきた。


「咲良どのは悔しいのでござるな、光璃どのに敵わないのが」

「……そんな、光璃さんがどうってワケじゃないですけど……」


 言葉では否定してしまうが、実際、先の戦いで、自分はまだまだ全然彼女に敵わないんだなと思ってしまったのは事実で。

 レッドを襲う水撃を退け、反撃の端緒を開いた光璃イエローの活躍。炎のエレメントが効かないと判るやいなや即座に光璃にトドメを託した焔、阿吽の呼吸でそれを受けて合体剣を振るった光璃。二人の阿吽のコンビネーションには、仲間の誰も入り込む余地はないように見えた。


「しょーがねえって。光璃さんはオッサンの古女房みたいなもんだし」

「えっ、にょ、女房?」


 疾人の言葉にびくりと咲良が反応すると、大地がすかさず「比喩でござるよ」と突っ込みを入れてきた。


「あ……。長年サポート役をやってます的な?」

「そーゆーこと。俺達の倍以上もオッサンと一緒に戦ってんだから、そりゃ、ちょっとやそっとじゃ追いつけねーよ」

「別に張り合う必要もありませんしな。光璃どのは光璃どのの、拙者達は拙者達の役目を果たせばいいのでござる」


 達観したような二人の物言いに、咲良はまだ晴れないモヤモヤを引きずったまま呟き返す。


「わたしの役目って……なんなんでしょうね」


 空を飛べるのはレッドの他には自分だけ。バジリスクを呼べるのは自分だけ。レッドのドラゴン以上の速度で敵を追えるのは自分のフェニックスだけ。……そういう役割分担には少しずつ慣れてきたが、焔と光璃の間にはきっとそんな次元を超えた信頼関係があって、自分は到底その領域には及ばない。

 少しずつ戦いで役に立てるようになってきた、未熟ながらもその手応えがあるからこそ、ますます際立って見えてくる先輩との差が咲良には辛かった。


「あんまり考えすぎんなって。オッサンはお前が死なずに付いてきてるだけで満足してるだろうよ」

「……むぅ」


 まだまだその程度でしかない自分が、どうしようもなくもどかしい。

 自分が何かを頑張るたびに暑苦しく褒めてくれる焔だが、それだって見方を変えれば、自分が半人前のお子様として扱われていることの証でしかないのだ。

 先程のミーティングでも、焔はわざわざ光璃の活躍を褒めるようなことはしなかった。それはつまり、教え導く対象ではなく、同格の戦士として彼女を見ているのだということを意味する。

 自分がそれと同じ次元に立つには、一体あと何年戦い続ければいいのだろう。


「しかしまあ、変われば変わるものでござるな。咲良どのがそこまで焔どのを意識するようになるとは」

「えっ!? 意識なんかしてないですよ!」


 気分ごとうつむいていたところに、ずばっと言葉を差し込まれ、咲良は反射的に顔の前で手を振った。大地のデュフフという笑いにすかさず疾人が乗っかってくる。


「してるしてる。オッサンに褒められたくてしょうがないって感じ」

「違いますって!」

「戦士に恋はご法度でござるぞ、咲良どの」

「しませんから! やめてくださいって、もう!」


 自分でも気付かない内に咲良は立ち上がってしまっていた。光璃といい、この二人といい、意地の悪いからかいばかり……!


「いいですかっ、わたしは戦いが終わったら、若くて爽やかなイケメンと出会ってお付き合いするんです。間違ってもレッドさんのことなんか好きになりません!」

「そっかそっか。わかったわかった」

「誰も本気でそうなるとは思ってないから、落ち着くでござる」


 二人が苦笑いしながら咲良を諌めてくる。なんだか自分だけ空回りしているようで余計に恥ずかしくなり、咲良は熱くなった顔を二人から背けた。


「……さーて、オッサン達がデートなら、俺も今日くらいは息抜きすっかな」


 疾人ががたっと椅子を引く音がした。彼の発した一言に、咲良の耳がぴくりと反応する。……デート?


「次の怪人は少なくとも数日は出てこんでしょうからな。じゃ、どうでござるか、久々にカラオケでも」

「お前とカラオケはやだよ。アニソン縛りじゃん」

「疾人どのは声優の兄になるのでござろう。妹君いもうとぎみの住む世界のことをもっと知っておくべきですぞ」

「あー……。まあいいけどよ。咲良も行くか?」


 疾人に水を向けられ、咲良はハッと振り向いた。

 今の会話は途中から半分くらいしか聞こえていなかった。カラオケがどうこうよりも、焔達がデートだという言葉の方が気になりすぎて。

 それもまた取るに足らない軽口だろうか。それとも、あれ、自分が知らないだけで、焔と光璃は実はそういう関係で……?


「デート……?」


 ぽつりと呟く咲良に、男達が、ん、と反応する。


「レッドさんと光璃さんって、え、そういうアレなんですか?」

「いや、知らねーけどよ。たまにああやって二人だけで出ていくんだよ」

「まあ、長く一緒にいれば、二人だけの世界もあるでしょうからな。拙者達はわざわざ詮索もしないのでござる」

「え……え……?」


 疾人と大地の態度は飄々ひょうひょうとしたものだったが、咲良はなぜか、頭に浮かんでしまったその可能性を簡単には拭い去れなくて。


 ――焔が十歳若かったら、案外、恋に落ちちゃうんじゃない?――


 そんなことを自分に言ってきた光璃の、にまりとした表情が脳裏に蘇り、咲良はぱちぱちと目をしばたかせた。

 光璃は五年前に高校生だったと言っていたから、今は二十二歳前後だったはず。彼女の年齢なら、自分と違って、あのおっさんとギリギリ釣り合わないこともない。

 ひょっとして彼女、実は裏でしっかり彼と想い合っていて……?

 焔に恋しちゃダメだよとか冗談めかして自分に言えるのも、その立場からの余裕があるからで……?


「さくらー、お前が今何考えてんのか大体バレバレだぞー」

「まあ、仮に焔どのと光璃どのがそういう仲だったとして、プラトニックな関係なのは間違いないでござるよ。現に変身して戦えているのでござるからな」

「だからお前、そういう生々しいこと言うなって」


 機械的にこくこくと小さな頷きを返しながらも、咲良はほとんど二人の言葉に意識を向けていなかった。

 なんだろう。あのおっさんが誰と付き合おうと付き合うまいと自分には関係ないはずなのに、なんだかすごく、落ち着かない気がする。


「カラオケはちょっと、また今度誘ってください」


 結局、二人の遊びの誘いにそんな返事をして、咲良は彼らと別れて一人で街に出た。自分が何に動揺しているのか、何がそんなに心をざわめかせるのか、自分でもよくわからないままに。

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