第6話 爆走!使命の翼(1)

 雲の上を漂うような浮遊感の中、ピンクライザーのスーツに身を包んで咲良さくらは戦う。視界に溢れる敵を一体また一体と斬り倒し、光の翼を広げて戦火の中を突き進む。


「なかなかの戦いぶりですね。しかし、あなたにはここで死んでもらいますよ!」


 刹那、眼前に立ち塞がる不気味な人形にんぎょうの影。咲良の浴びせる刃は敵の刀に弾き飛ばされ、鋭い斬撃が首元に迫る――


「ッ!」

「そこまでだ!」


 熱波を纏って割って入るのは、竜の大剣を携えた真紅の戦士。

 一太刀で敵を斬り倒し、爆炎をバックに振り向いたその素顔は――



 ――



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「――っ!」


 枕元に鳴り響くスマホのアラーム音で、咲良は夢の世界から引き戻された。

 コンマ数秒で状況を認識し、親達を起こさないよう急いでアラームを止める。画面の時刻は朝の五時。急いで身だしなみを整えて家を出なければ、六時の訓練には間に合わない。

 まだ微睡まどろみに沈んでいたい身体を無理やりベッドから引き起こし、汗の滲んだパジャマに手をかけながら、咲良は覚醒の直前に見たおかしな夢の内容を思い返して一人溜息をついた。


『あれでほむらが若いイケメンだったらねー』


 昨晩、公園のベンチで光璃ひかりが茶化すように言った一言が、否が応でも連動して脳裏に蘇る。

 今見た変な夢は間違いなくそのせいだろう。ユングだったかフロイトだったか、それ的なやつだ。夢には潜在的な願望が現れるとかいう。レッドライザーが若くスマートな男性だったら、自分もきっと、最初からもっと前向きな気持ちで……。


(……って、それじゃ出会い目的で戦団やってるみたいじゃん)


 ふるふると頭を振って思い直す。昨日固め直したばかりの自分の決意を。

 この手で多くの人を救うために。この使命を誰にも受け継がせないで済むように。そのために戦うと決めたのだ。地上から全ての怪人ツクモーガを滅ぼすその日まで。

 レッドのことが苦手だとか何だとか、そういう子供っぽい意地を抑え込むことが、一人前の戦士になる第一歩――。


「……なんだけどさ」


 はぁっと息を吐いて、咲良は制服に袖を通す。

 昨晩の気持ちは嘘ではない。これ以上、焔にも皆にも面倒を掛けたくないし、皆の足を引っ張ることからも早く卒業したい。

 だから、頑張ることは頑張るけど、それでも――



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 それでも、やっぱり――


「その程度か、咲良! そんなんじゃ敵にやられて終わりだぞ!」


 無駄に濃い髪と無駄に濃い眉と無駄に濃い目つきを熱血の色に染めて、無駄に濃い声で無駄に濃いげきを飛ばしてくる焔を前にすると、心の中で泣き言の一つも言いたくなる。

 せめてこの人がもっと優しければ――なんて、口に出してはもう言わないと誓ったけれど。


「わかってますよっ!」


 仮面マスクのゴーグル越しに焔の姿を見据え、咲良は道場の床を蹴って宙に舞った。その背に光の翼を出現させ、竹刀を構えて彼に突っ込む。焔は少しも動じる様子を見せず、上段からの一閃で咲良の剣を迎撃する。


「っ……!」


 空中で身を引いて、返す刀の一撃をなんとかかわし、道場の天井近くまで浮き上がる。地上で待ち受ける焔は変身すらしていないのに、彼の背に立ち上がる気合オーラの炎は強化スーツを貫いて咲良の肌までも焦がすようだった。

 わかっている。自分の力がまだまだ彼にも敵にも遠く及ばないことは。


「だから、頑張ってるんじゃないですかっ!」


 咲良が急降下で迫る瞬間、彼の口元はふっと微かに笑ったように見えた。

 びゅん、と対空の横薙ぎが閃いて、咲良の身体と竹刀が別々の方向に弾き飛ばされる。


「うっ……!」


 道場の壁に衝突して床に倒れたところへ、ぽんと焔が竹刀を放り投げてきた。


「そうだな。思い切りは良くなってきた。だが、今のままでは、敵の黒幕が出てきた瞬間に殺されてもおかしくない」

「っ……」


 それもわかっている。そして、自分一人の生死が、仲間や守るべき人々の生死に繋がっていることも。

 だから強くならなければならないのだ。わかっているけど、それでも――。


「どうした?」

「……なんでもないです。行きますよ!」


 竹刀を拾い上げ、生身の焔に全力で切り掛かる最中さなか、どうしても浮かんでくる恨み言を頭の中から追い出そうと咲良は努めた。

 せめてこの人が、もっと優しくて、デリカシーがあって、こんなに年上じゃなくて、「大丈夫かい、咲良ちゃん」なんて声を掛けてくれる爽やかな好青年だったら、自分ももっとストレスなく戦士の使命に臨めるかもしれないのに。

 古文の教科書で清少納言も言っていたけれど、やっぱり、同じお説教を聞くなら、好みの人から聞くほうがずっと……。


「もっと集中しろ、咲良!」


 ばしりと正面から面を打たれ、咲良はハッとした。わたしが余計なことを考えてしまっているとか、そういうことも、この人にはわかってしまうんだ――。


「は、はいっ」


 返事をして竹刀を構え直そうとするが、激しく剣を振り続けた自分の腕は、昨日からの疲労も相まってもう満足に上がらなくなっていた。


「……このくらいにするか。限界だろう」


 竹刀を下ろして焔が言う。すみません、と答えて、咲良は変身を解いて道場の床にへたり込んだ。制服は無傷だったが、肌には大量の汗が伝っていた。


「やはり、エネルギーの消耗を抑えるのが当面の課題だな。それに、君の戦い方はまだピンクライザーのスーツの特性を活かしきれていない」


 清潔なタオルを差し出しながら焔が言ってくる。彼の顔を見上げてお礼を述べつつ、咲良は疲れ切った意識を総動員して彼の言葉の意味を受け止めた。


「特性って……飛行能力ですか?」

「それもだが、スピードと手数の多さだな。女の君が力任せに剣を振るっても男には敵わない。だが、スーツの特性を引き出した戦い方が出来るようなれば、動きの速さと量では俺にも負けないはずだ」

「…‥変身したレッドさんにも、ですか?」


 半信半疑で咲良が聞くと、焔は直ちに「ああ」と肯定する。


「もっと風のエレメントの声を聴き、その流れに身を委ねるんだ。その資質があるからエレメントクリスタルは君を戦士に選んだ。俺も光璃達も、君を数合わせとは思ってない」

「……ハイ」


 弱みを感じている部分を的確にフォローされたようで、咲良は素直に頷くことしかできなかった。

 何度も足を引っ張っている自分のことを、それでも数合わせではなく必要だと言ってくれる。たとえそれが建前だけの励ましなのだとしても、少なくとも面と向かって責められないだけでも今の自分は感謝しなければならないはずだった。


「……あの、レッドさん」


 思わず咲良は口を開いていた。昨日の光璃との話の中で、どうしても気になっていたことがあって。


「ん?」

「……えっと……」


 焔は咲良に目をかけているように思う、と光璃は言っていた。倒せば厄介なことになるとわかっている人形ミタマを彼が怒りに任せて撃破したのは、光璃が加入してからの五年間で初めてだったとも。

 彼が本当に、前任のハルカ達と比べて自分に特別目をかけているのなら、それはどうしてなのだろう。


「どうした。言いづらいことか?」

「……いえ」


 ……気にはなるけど、さすがに聞けない。「前の子達よりわたしを気にかけてるんですか」なんて、もし違うと言われたら恥ずかしすぎて。

 だから咲良は、その質問を胸の奥に押し込めて、誤魔化しついでにもう一つ気になっていたことを口にした。


「あの……ジンダイって何なんですか。それが出てきたらどうなるんですか」


 これまでの文脈からして敵の黒幕のことだとは思うが、実際に見たことのない咲良にはわからない。それが何なのか。どれほど恐ろしい存在なのか。


「ジンダイというのは、怪人ツクモーガの上位存在だ」

「上位存在…‥?」


 咲良がオウム返しすると、うむ、と頷いて焔は続ける。


「知っての通り、ツクモーガとは、人間に捨てられたモノを依代よりしろとして、邪気が集まり怪物になったものだ。一体一体のツクモーガは自然発生的に生まれ、テレビのヒーロー物に出てくる『悪の組織』みたいに組織立ってはいない。奴らはただ悪の衝動に基づいて地上を荒らすだけだ」

「……ですよね」

「だが、ジンダイが力を与えれば、ツクモーガはジンダイの意志を受けて働く悪の尖兵に変わる。ジンダイが居ない時のツクモーガが野生の獣だとすれば、ジンダイはそれを束ねて人間を襲わせる猛獣使いのようなものだ」


 今までに何度も同じ話をしてきたのか、焔の説明は簡潔でわかりやすいものだった。ジンダイが居るのと居ないのとではツクモーガの脅威の度合いが大きく変わる――その事実を理解し、咲良がごくりと息を呑んだところで、彼は咲良の傍らから竹刀を取り上げながら言った。


「ハルカが戦団を抜けたのは、ちょうど前のジンダイを倒して、俺達に束の間の休息が訪れたときだった。……だが、何度倒してもまたすぐに新しいジンダイが現れる。奴らの生まれる元を絶たない限り、戦いは終わらないんだ」

「……どうやったら、元を絶つことができるんですか」

「わからん。方法がわかればとっくにやってる」


 焔の太い眉が、僅かな悔しさと熱い決意にひそめられたように見えた。


「だが、敵の力の源を封じる方法は何か必ずあるはずだ。何百年も前の戦士達も、最後は必ず敵を全滅させてきたんだからな。……その方法に辿り着き、全ての敵を倒すその時までは、君にも付き合ってもらうしかない」


 彼の口調はいつもより少しばかり静かだった。きっと、最古参の戦士として彼は責任を感じているのだろう。仲間達を長い戦いに巻き込んでいることを。

 だからこそ、一日でも早い敵の殲滅せんめつを誰より心に誓っているのも、また彼なのだ。


「……わかってます」


 それから彼は、床に座り込んだままの咲良に手招きの仕草を向けてきた。彼なりにボディタッチの件を気遣ってくれているのだと察し、咲良は小さな引け目を感じながら自力で立ち上がった。

 せめて彼の足手纏いにはなりたくない。その思いが自分の背を押しているような気がした。

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