第6話 爆走!使命の翼(2)

「痛ぁっ。ちょっと、ちょっとタイム」


 眠気に耐えて一日の授業を受け切り、無事に体操部の練習に辿り着いた咲良を待っていたのは、想像以上の筋肉痛の苦しみだった。

 柔軟の背中を押してくれていた友人が「えー?」と怪訝そうな声を出し、手を放して咲良の前に回り込んでくる。体育館の床にぺたりと座り込んだままの姿勢で、自ら背中をさすりながら、咲良はただただ不覚を恥じていた。

 ほんのウォーミングアップの柔軟すらこなせないほど、自分は訓練と実戦でヘバってしまっていたとは……。


「咲良、大丈夫? ていうか、なんでそんなに筋肉痛なの?」

「ちょっと、朝からしごかれてて……」


 思わず自然に答えてしまって、ハッと口元を押さえたときには既に遅く。

 心配そうに咲良の目を覗き込んでいた友人の顔が、たちまち野次馬の顔に変わった。


「なになになに? 誰と何してたの!?」

「なんでもない。なんでもないっ」


 ぶんぶんと顔の前で手を振って誤魔化そうとして、その腕の痛みに唇を噛む。友人は律儀に「大丈夫?」と聞いてくれるが、一方で追及の手を緩めてくる様子もなかった。


「なんでもなくないって。絶対、誰かと何かしてるでしょ。水くさいぞー、淑女しゅくじょ協定を忘れるなよー」

「忘れてないっ。誰とも付き合ってないっ」


 彼氏を作るのに抜け駆けはしないという、ごくありふれた口約束。友人にアニマライザーの事情を説明するわけにはいかないが、変な誤解をされるのもそれはそれでシャクだったりする。


「ほんとに? 付き合ってもない男の人と朝から何してるの?」

「……ちょっと、アレだよ、護身術を教えてもらってるだけ。ホラ、最近色々と物騒でしょ?」

「ふうーん。やっぱり男の人なんだ」


 したり顔で人差し指を向けられ、咲良はあっと気付いた。ギリギリ嘘にならない言い訳を考えるより先に、会っているのが男性だという決めつけを否定できなかったことに。


「これが誘導ユードー尋問ジンモンというヤツだよ、ワトソン君」

「むぅ……」

「しかも、相手は少なくとも付き合える歳の人と見た。お爺さんとかだったら、真っ先にそう言うはずだもんねー」

「なに、ちょっと、コワイんだけど!」


 反射的に後ずさった咲良を、友人はにやにやと笑って見ている。

 我が友ながら洞察の鋭さが恐ろしい。唯一正しくないことといえば、十歳以上も上のあの人は、自分の中では間違っても「付き合える歳の人」のカテゴリには入らないということ……。


「もし付き合うってなったら、ちゃんと正直に申告するんだぞー」

「だから、付き合わないから! 冗談じゃないから!」


 かっと熱い血流が顔に流れ込み、噛み付くような勢いで咲良は声を上げていた。部内の皆がじっとこちらに顔を向けてくるのが見えて、また口元を手で押さえる。

 幸い、顧問の先生もキャプテンの子もまだ体育館に来ていなかったが、三年生になった途端にこんな姿を見せていては後輩達に示しがつかない。友人も一緒にそれを悟ったのか、小さく咳払いして柔軟の姿勢を作り、咲良に「じゃあ押してー」と促してきた。

 胸の動悸を押さえ込みながら、咲良は友人の後ろに回る。

 だが、彼女の背中に手を添えようとしたところで、隅に置いていたバッグの中から変身携帯アニマフォンの鳴動音が咲良の耳に飛び込んできた。


「あっ。ゴメン、ちょっと」

「なになに、それもその人?」


 たっと駆け寄ってバッグを開き、アニマフォンの表示を見る。画面に映るエレメントのアイコンは、幸いレッドの巨竜ドラゴンではなく、イエローの一角馬ユニコーンだった。

 バッグごと持ってロッカールームに駆け込み、誰もいないことを確認して通信に応答する。


「光璃さん?」

『咲良、出られる!? ツクモーガ発生よ!』

「は、はいっ」


 せめて部活が終わる時間まで待ってほしかったのに――とか、そんな理屈は怪人には通用しない。

 行くしかない。どんなに身体がボロボロでも。ピンクライザーとして戦えるのは、自分しかいないのだから。

 光璃から場所を聞き、アニマフォンをバッグに仕舞ってロッカールームから出ると、友人が待ち構えていた。


「さーくらー、呼び出し?」

「えっと、あの、急なバイトで」

「バイトなんかしてなかったじゃん。言い逃れがヘタすぎだよ、ワトソン君」


 探偵ごっこが気に入ったのか、腕組みしてにたりと笑ってくる友人に、咲良は「ゴメン」と両手を合わせた。


「先生には、急用って言っておいてっ」

「まあ、いいけど……。あんまりサボると大会出してもらえなくなるよー」

「……き、今日だけだからっ」


 その言葉の通りにならないことは、自分も彼女もわかっているはずで。

 それでも最後は呆れ顔で手を振ってくれる友人の人柄に、有難いやら申し訳ないやらで胸が痛んだ。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



幻獣変身アニマライズ!」


 最寄り駅のロッカーにスクールバッグを放り込み、人目につかない裏通りでピンクライザーに変身して、咲良は光の翼で天に舞った。

 スーツ越しの冷たい風が全身を叩き、眼下のビル街がどんどん遠くなる。この感覚にもようやく慣れてきたが、エネルギー消費を抑えて飛ぶなんていう器用なマネはまだできそうにない。

 だけど、バイクなど当分乗れそうにないし、せめてこっちをどうにかしないと――。

 そんなことを考えながら、雲の狭間を飛ぶこと十分ばかり。敵が暴れていたのは、都内のターミナル駅の線路上だった。


「打ち捨てられた車両の恨み、今こそ晴らしてくれるッシャァ!」

「た、助けてくれぇっ!」


 四角い在来線を人型ひとがたに落とし込んだ付喪神つくもがみが、停車中の電車を次々と薙ぎ倒しながら、駅員や乗客達を追い詰めている。


「こんな大きな駅で……! 許せない!」


 咲良は翼をはためかせて急降下し、今にも怪人ツクモーガに突進されそうになっていた駅員を抱きかかえて別の場所に降ろした。泡を食った顔の駅員からすぐさま目を離し、敵に向き直る。敵は急制動で足を止め、ぶんとこちらに振り向いてきたところだった。


「貴様、アニマライザーか! よくもこの在来線ツクモ様の邪魔をしてくれたッシャ!」


 昨日の、背筋が凍りつくような人形ミタマの恐ろしさとは違う、どこか存在自体が笑いを取りに来ているようなふざけた怪人の姿。

 しかし、今の自分には、敵のことを舐めてかかる余裕も資格もない。


「フェニックスファン!」


 手元に専用武器の扇を出現させ、敵の動きと同時に咲良は地面を蹴った。再び展開する光の翼が咲良の身体を宙に舞い上げ、ばっと振り下ろした扇のはためきが風を孕む。猪突猛進、突っ込んでくる敵の動きを、扇から撃ち出すエレメントの竜巻がその場に押しとどめた。


「おのれ!」


 この程度の風で足止めできるのは僅か数秒。ざっと地面に降り立った咲良の前に、再び敵の突撃が迫ってくる。

 だが、そこへ――


「ブレイジング・ブレイク!」


 炎を纏う大剣の一撃が天上から割って入り、突進してくる敵を跳ね飛ばしていた。


「レッドさん!」


 咲良の視界に映るのは、ドラゴンブレイカーを構えたレッドライザーの力強い背中。


「一番槍とは頼もしいな、咲良。皆、行くぞ!」


 レッドの呼びかけに応え、バイクから降り立ったブルー、グリーン、イエローも、各々の専用武器を構えて咲良の横に並び立った。


「貴様らっ、五人揃ったッシャァ!?」


 慌てふためく怪人の前で、レッドが灼熱のオーラを放って見得を切る。


「ドラゴンブレイブ、レッドライザー!」


 疾人ブルーが、大地グリーンが、光璃イエローが、色とりどりのオーラを迸らせてそれに続く。


「グリフィンプライド、ブルーライザー!」

「タウラスタフネス、グリーンライザー!」

「ユニコーンワイズ、イエローライザー!」


 湧き上がる力の高揚を感じながら、咲良もフェニックスファンを手に自らの名を告げた。


「フェニックスハート、ピンクライザー!」


きらめく正義のエレメンツ! 幻獣戦団! アニマライザー!」


 スーツに流れ込むエレメントの奔流が、戦意の爆炎と化して五人の後ろで激しくぜる。


「行くッシャァ、戦闘員ツッキーども!」


 怪人の合図で戦闘員がわらわらと湧き出し、こちらへ向かってくる。レッドが手短にげきを飛ばしてきた。


「避難誘導は駅の人達に任せる。全力でヤツを倒すぞ!」

「おぉ!」


 ブルーが、グリーンが、得物を手に戦闘員の群れへ突っ込んでいく。ちらりと仮面を向けてくるイエローに、大丈夫です、という意味で小さな頷きを返し、咲良もフェニックスファンを手に戦闘員との交戦を開始した。


「ツッキー! ツッキー!」


 扇のフチで何体薙ぎ倒しても、戦闘員は次から次へと群れをなして襲ってくる。防ぎきれない棍棒の打撃と、昨日から酷使し続けている身体の痛みが心を挫けさせようとしてくるが――。

 もう皆の足は引っ張りたくない。わたしだって聖なるエレメントに選ばれた戦士なんだ。


「ブローイング・ブラスト! やぁっ!」


 地面を蹴って宙に舞い、扇から撃ち出す疾風の一撃が、咲良の狙い通りに何体もの敵をまとめて吹き飛ばす。

 塵芥ちりあくたに変わって消える敵の残骸を踏みしめ、咲良はブルー達とともに怪人との戦いに合流した。レッドの大剣を、ブルーのトンファーを、グリーンの斧を、イエローのドリル剣を次々と跳ね返し、電車の怪物は鋼鉄の身体を見せつけて誇らしげに笑っている。


「シャッシャッシャッ! タヂカラ様の力で強化されたこの在来線ツクモ様に、貴様らの攻撃など効かないッシャァ!」

「なに……!」

「喰らえ、在来線爆弾アタァック!」


 足元に線路の幻影を出現させ、怪人ツクモーガが一直線に向かってくる。ドラゴンブレイカーを構えて迎え撃とうとしたレッドが、力負けして跳ね飛ばされ、


「レッドさん!?」


 敵の脅威に目を見張った次の瞬間には、咲良達もまとめて敵の突進に弾き飛ばされていた。


「うっ……!」


 地面に叩きつけられた身体に痛みが走る。朝の訓練で焔にしごかれている時とは、やはり比べ物にならないダメージだった。


「シャーッシャッシャ! 貴様らにこの在来線ツクモ様の運行を阻むことは不可能! そこで指をくわえて見ているッシャ!」


 そして、怪人ツクモーガは気勢高らかに実物の線路に飛び乗り、五人を置き去りにして疾走を始めた。その背が見る見る内に地平の彼方へと消えていく。

 まだ身体を起こせない咲良の眼前で、仲間達は既に次の行動に入っていた。


「頼むぜ、エレメントスピーダー!」


 翼獅子グリフィンのバイクのエンジンをぐおんぐおんと吹かし、ブルーが敵の追跡を開始する。グリーンも、イエローも迷いなく彼に続いていた。


「咲良も行くぞ」


 レッドが倒れた咲良の前に手を出してくる。戦いの緊張と疲労、敵を逃がしてはならないという焦り、一人だけ置いていかれたくないという気持ち――全てがぜになった意識の中で、咲良は彼の手を握って立ち上がった。


「空ですか?」

「当然だ!」


 一秒のいとまも置かず、レッドの力強い飛翔が咲良を空中にいざなう。自分も翼を展開し、咲良は彼に置いていかれないよう速度を上げた。

 視界の遥か先、線路上で行く手を阻む車両を次々と蹴散らし、在来線ツクモは爆走を続けている。

 薙ぎ倒された電車一両につき、一体どれだけの怪我人が……。

 目の前の悪を許せない気持ちが心に火をつけ、咲良はレッドの手を振り払って前に出た。


「本気出したらわたしの方が速いって、レッドさん言いましたよね!」

「ああ。咲良、君なら――」


 ぎゅん、と加速する力を全身に感じ、彼の声が聴こえなくなる。地平の彼方を疾走する敵との相対距離が、見る見るうちに縮まっていく。

 斜め後ろに伸ばした両腕がきしきしと痛む。全身の疲労はもう限界だった。きっと車で言えばメチャクチャに燃費の悪い飛び方を自分はしているのだろう。身体に溢れていたエネルギーが推進力に変換され、凄まじい勢いで消費されていくのがわかる。

 それでも。たとえ、この戦いの直後に全身の力を失って倒れ込むことになっても――


「わたしは――」


 味方のバイクをまとめて追い越し、敵の背を眼下に捉える。痛みに強張こわばる腕を動かし、腰のホルスターから可変剣ライズカッターを引き抜く。


「――役に立ちたいんだもん!」


 敵を真上から追い抜き、最後の力を振り絞って急旋回して、咲良は迫り来る敵に真正面から突っ込んだ。

 剣を振り抜く、その瞬間。

 ふわり、と、風の力が自分の背中を押したような気がした。


「シャアッ!?」


 剣を握る手に凄まじい衝撃。咲良の一撃でバランスを崩し、脱線した敵の身体が激しく地面を削る。

 反作用で自分も弾き飛ばされ、受け身も取れないまま地面に叩きつけられるかと思ったとき、咲良の背をそっと誰かが後ろから受け止めてきた。

 背面に感じる熱いオーラの主は、振り返るまでもなくわかった。


「あれ、レッドさん……?」


 いつのまに追い付いていたのだろう、と不思議に感じた時には、既に咲良の身体は彼によって地面に降ろされていた。

 ふらつく足でレッドの隣に並び、敵に向き直る。土埃の中から敵がゆらりと身体を起こす。


「シャ、シャッシャ……。お、おのれ、よくも、小娘風情が、この在来線ツクモ様の運行を……!」

「……小娘とか……余計なお世話だって!」


 じいんと痺れる腕をそれでも伸ばし、咲良はびしりと敵に剣を向けた。

 ブルー達のバイクが追い付いてくる。各々の武器を再び手元に出現させ、皆がレッドの周りに駆け寄る。


「トドメだ。五つの力を一つに!」


 ドラゴンブレイカーを突き出した彼の号令に応え、グリフィントンファーを、タウラスアックスを、ユニコーンセイバーを、仲間が次々とそこへ合体させていく。咲良もこくりと頷き、フェニックスファンを重ね合わせた。


五連剣ごれんけん! エレメントカリバー!」

「返り討ちにしてくれるッシャ! 在来線爆弾アタァァック!」


 なおも突撃してくる敵に向かって、正義の剣が振り上げられる――


「邪悪の魔物よ、無に還れ! エレメントカリバー・ビクトリーブレイク!」


 炎と水と地と雷と風。五つの元素エレメントの力を宿した強力無比な斬撃が、突っ込んでくる敵をその勢いのまま真っ二つにした。


「白線の内側に下がって……お待ち下さいィィィ!」


 倒れる敵の断末魔を大爆発が飲み込む。はぁはぁと息を吐き、咲良はその場に膝をついた。今にも倒れてしまいたかったが、しかし、まだ……。


「大丈夫、咲良? 来るよ!」


 イエローがそばに寄って身体を支えてくれる。はい、と一つ頷いて、咲良は唸り声とともに立ち上がる巨大な敵を見上げた。


「また出やがったでござる……!」

「待て。なんか違くねえか?」


 ブルーが敵を指差していた。彼の言わんとすることは咲良にも一目でわかった。


「在来線じゃない……!」


 普段なら、やられた敵はそのままの姿で巨大化するはずだったが――


「ウウゥガアァァッ!」


 ビルを蹴散らし暴れるその姿は、今の今まで戦っていた在来線ツクモではなく。


「新幹線ツクモ、とでも言うつもりか……!?」


 旧式のひかり号を思わせる団子鼻の車体を誇らしげに胸に掲げた、新幹線の怪物だったのだ。


「……咲良、疲れてるところ悪いが……」


 呆然と敵を見上げる咲良の肩に、とん、とレッドが手を載せてくる。


「もうひとっ飛び、付き合ってもらうぞ」


 それに抗う選択肢は、咲良にはなかった。

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