第5話 憂鬱!焔の束縛指令(4)

「降臨! ライズタイタン!」


 夜闇に灼熱の炎を噴き上げ、精霊の巨神がビル街に降り立つ。仲間への気まずさをなんとか胸の内に押し込め、搭乗空間コクピットで球体に手を添える咲良ピンクの視界に、物言わぬ獣と化して街を蹂躙する邪悪な人形の巨体が映る。


「ドラゴンテイルソード!」


 レッドの熱い声とともに、巨神の振るう竜尾の大剣が敵の刀を叩き折り、


「咲良、フェニックスバインドだ!」

「は……はいっ」


 翼を広げて宙に舞った巨神の胸部で、炎と風のエレメントが溶け合って灼熱の渦が形成される。

 この敵相手ならライズバジリスクを呼ぶ必要もない。自分に出来ることはこれくらいしかないと思い、咲良はせめてその言霊ことだまに気合を振り絞った。


「フェニックスバインド!」


 かっと身体が熱くなる感覚。スーツに溢れるエレメントの奔流が球体を通じて巨神に流れ込み、敵の動きを封じる炎のいましめが放たれる。


灼熱しゃくねつ剣技けんぎ! ブレイジング・ファイナル・クラッシュ!」


 炎の剣を構えて天上から舞い降りるライズタイタンの一撃が、敵の巨体を爆散させる。

 爆炎がまばゆく夜空を染め上げる中、咲良は、敵に破壊され炎を上げるビルの残骸をまともに見られず、うつむくことしかできなかった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「お見事な戦いぶりでした、アニマライザーの皆さん」


 天上界に帰還する幻聖獣げんせいじゅう達を見送り、咲良達がアニマライザーの姿のまま夜の公園に降り立つと、先程再生したばかりの人形の付喪神がぱんぱんと拍手をしながら近付いてきた。


「まだいたのか、貴様!」


 声を張りながら前に出るレッドに、ふふふと笑って敵は手のひらを突きつける。


「いや、なに、伝え忘れていただけですよ。新たなジンダイ……タヂカラ様から皆さんへの伝言を」

「何だと?」


 仲間の空気がぴりりと張り詰めるのが、咲良にもわかった。


「伝言と言ってもまあ、歴代と変わらない決まり文句ですけどね。『人間どもに打ち捨てられたモノ達は嘆いている。人間どもの文明を根絶やしにし、嘆きの連鎖に終止符を打つのが我らの使命だ。我らを阻む憎きアニマライザーどもも一人残らず血祭りに上げてくれる』――だそうです」


 静かな声で淡々と読み上げられるその声明に咲良はぞくりとしたが、仲間達は既に慣れたもののようで、動じる様子を見せることはなかった。


「それでは皆さん、またお会いしましょう。その時まで生きていればね」


 咲良達の眼前で、人形の怪物の姿がぐにゃりと歪み、ジャケットを羽織った人間の男性の姿に変わる。穏やかに笑いかけてくるその顔が、先程と同じ顔なのか違う顔なのか、咲良にはもう思い出せなかった。

 文字通り夜闇に溶けて消えてゆくその背中を、追う者は誰もいない。


「タヂカラ。それが新たな黒幕の名か……」

「まあ、やるしかないわよね。どんなヤツが相手でも」


 新たな戦いへの決意を言葉に込めながら、焔達が変身を解く。

 咲良も四人にならって変身を解いた。生ぬるい夜の風が、居心地悪く肌を撫ぜた。


「……レッドさん。あの、わたし……」


 そばに居た焔と向き合い、咲良は彼の首元あたりをじっと見上げて言葉を詰まらせた。引き絞った唇の端に血の味がまだ滲んでいる。

 敵にかどわかされて殺されそうになったところを助けてもらっただけでも大きな借りだったのに。せめてそれを挽回しようと彼の静止を振り切って敵に突っ込んだ結果、出さなくてもいい被害を出してしまった。

 夜の街に遠く響く緊急車両のサイレン音が、追い打ちのように咲良の心を締め付けてくる。全ては自分が彼に反発しすぎたせいだ。彼を突き放したい思いに囚われすぎて、自分は……。


「ごめんなさい。ほんとに……」


 耐えきれず頭を下げようとしたところで、焔の片手がぐっと咲良の肩を押し返してきた。


「奴を倒したのは俺だ。君はもう気にするな」

「そんな! だって、わたしが――」


 わたしが後先考えず敵に斬り掛かったために、彼は。


「気にするなと言ったんだ。君は戦士だ。いちいち落ち込んでたら戦えない」


 真面目な顔で自分を見下ろしてくる彼の顔から、咲良はもう目を逸らせなかった。

 彼の肩の向こうでは疾人や大地も頷いている。彼らも決して納得した顔はしていなかったが、焔が言うようなことを割り切って飲み込んでいるのはわかった。何も文句を言ってこない仲間達の態度が、咲良には却って針のむしろのように辛かった。


「今日のことは俺の責任だ。これだけじゃない。今までの戦いの中で、君など比べ物にならないほどの過ちを俺も犯してきた」


 咲良の肩に手を添えたまま、少し穏やかな口調になって焔は続けた。いつもの暑苦しく燃え盛るような空気と違って、その言葉は暖かい遠火のように咲良の心を炙ってくる。

 彼は自分を慰めようとしてくれている――そのことを理解して、余計に申し訳ない気持ちが胸から涙腺まで上がってきたとき、彼はすっと咲良の肩から手を放して言った。


「傷付いた人達に悪いと思うなら、その手でもっと多くの人を救え。俺達に出来るのはそれだけだ」

「……レッドさん」


 自分の声が涙交じりになるのを咲良はもう止められなかった。抑えきれないものがどんどん胸の内からこみ上げてきて、声を震わせ視界を歪めていく。光璃が横から支えてくれる中、制服の袖で涙を拭い、咲良は焔の目を見上げた。


「わたし……あの……」


 いちいち反発しないで言うこと聞きます、とか。

 訓練ももっとやる気になります、とか。

 ……これからは、あなたのことを嫌いすぎないようにします、とか。


 心のどこかにまだ残る彼への抵抗感が邪魔をして、伝えるべきなんだろうなと思う言葉は全く言葉にならない。

 これだけ助けてもらっておいて。これだけ面倒をかけておいて。

 それでもまだ素直になれない自分が、本当は何より嫌なのかもしれなかった。


 かわりに、やっと咲良が涙声で紡ぎ出せたのは、


「……ちゃんとします。……もっと、ちゃんとします」


 そんな、漠然とした台詞だけだった。


「ああ。そうだな」


 返ってくるのは、咲良の思いを受け止めてくれたような彼の返事。何をどうするのかなんて聞き返してこないのは、本当に言いたいことをわかってくれた証なのだと思った。


「明日はまた朝六時に道場に来い。ミタマ如きに舐められないよう、俺が君を今より強い戦士に鍛える」

「……ハイ」


 咲良が涙を拭って頷くと、焔は続いて光璃に目を向けた。


「あとは頼む」

「はいはい」


 それきり焔はきびすを返した。疾人と大地も、少しばかりの励ましの言葉を咲良に掛けてくれてから、各々のバイクをエレメントクリスタルに収め、焔に続いて公園を出ていく。


「咲良が無事で良かったって、みんな思ってるよ」


 一人残った光璃にそっと手を引かれ、咲良は先程敵と隣り合ったのは別のベンチに腰を下ろした。光璃に気を遣わせたら申し訳ないと思って、上着のポケットから急いで自分のハンカチを引っ張り出し、目元を押さえる。

 公園にはもう誰もいなかった。炎を上げるビル街からは、鳴り止まない消防や救急のサイレンがまだ響いていた。


「咲良のことはみんな大事に思ってるの。特に焔はね。……焔がミタマのヤツをぶっ倒したの、あたしが知る限りじゃ初めてだもん」

「え……?」


 咲良が顔を上げると、光璃はふふっと笑って続けてきた。


「あたしも新入りの頃、アイツにちょっかい掛けられてさ。もちろん焔は守ってくれたけど、ブチキレてアイツを倒しちゃうなんてことはなかったな。ハルカのときも、その前のピンクの子のときもそう」

「……」


 彼女の言葉を咲良は静かに受け止めていた。自分が敵に斬り伏せられるのを見た瞬間、激怒して敵を一刀両断したレッドの背中は、瞼の裏に鮮明に焼き付いている。


「あたしも、焔の考えてることが全部わかるわけじゃないけどさ。でも、焔はきっと、今までの子達よりもずっと咲良に目をかけてると思うよ」

「……そうなんですか……」

「そんなのイヤ? 咲良は焔のこと苦手だもんねー」


 光の口元はにまりと笑っていた。嫌とか苦手とかいう言葉に、咲良はもう肯定の返事をすることができなかった。

 わかっている。わかった上でつついているんだ、この人は。


「……苦手だって思うこともありますけど、でも……」


 彼が助けに来てくれて、ほっとした。

 彼を嫌い嫌いと言っていた自分が情けなくなった。

 バジリスクの時以上にそう感じる。自分のことを決して見捨てない、死なせないと言ってくれる彼に、どうしてもっと自分は心を開けないのかと。


「……」


 咲良のそういう諸々をちゃんとわかってくれているのか、光璃は優しく笑って、涙に濡れた咲良の手を両手で包み込んでくれた。


「あんまり嫌わないであげて。焔は暑苦しくて鬱陶しくてやかましくて暑苦しい熱血バカだけど、でも、仲間を大事にする気持ちだけは、人一倍あるヤツだから」

「……はい……」


 こくり、と咲良は頷いた。

 彼が暑苦しくて鬱陶しくてやかましくて暑苦しいだけの人ではないことは、本当はもうわかっていたはずだった。自分に厳しく当たってくるのが、死なせたくないという思いのあらわれなのだということも。


「ハァ。あれで焔が若いイケメンだったらねー」

「えっ?」


 急にシリアスなムードを壊して声色を変えた光璃に、咲良は涙の引いたばかりの目をぱちりとしばたかせる。


「焔が十歳若かったら、案外、恋に落ちちゃうんじゃない?」

「な、なんですかそれ」

「しかーし、我らは純潔の使命を背負った哀れな戦士なのでありました。戦団内恋愛はもってのほか!」


 おどけた調子で言いながら、光璃はベンチから立ち上がった。


「さあ、帰ろっ。明日も朝早くからしごかれるんでしょ」

「は、はい」


 光璃につられて腰を上げ、咲良はその憂鬱な予定のことを思った。訓練自体はキツイに違いないが、明日からは彼を見る目も少しは変えられるかもしれない。

 落ちたままだったスマホを拾い上げたところで、あれ、と咲良は思った。


「そういえば、なんでレッドさん、わたしがここに居るってわかったんでしょうね?」

「ん? ああ、アニマフォンにはGPS入ってるから。聞いてなかった?」

「……えぇっ!?」


 裏返った声を上げてしまった自分を見て、光璃がくすくすと笑っている。


「大地の前にグリーンやってた子が、すっごい技術オタクでねー。焔に言われて、彼が皆のアニマフォンにGPSを組み込んだの。だから、敵の結界に引き込まれても、少なくとも直前にどこに居たかまではわかるってわけ」

「えっ、えっ、じゃあ、わたしがどこに居てもレッドさんに筒抜け……?」

「ていうか、誰のことも全員に筒抜け。……あ、咲良、すごい顔してる」


 震えて言葉が出なかった。ラインで定時連絡なんかしなくても、アニマフォンを持っている限り自分は彼の監視から逃れられないということ……!?


 ……まあ、しかし。


「咲良だけGPS外してもらうー?」


 にやりと笑って言ってくる光璃に、咲良は小さく首を横に振っていた。


 今までの自分だったら、そういうことをしてくるあのおっさんが気持ち悪くて鬱陶しいとか言っていたかもしれないが。

 実際、そのおかげで命が助かったのは事実なわけだし。

 仲間同士でいつでも居場所がわかった方がいいという理屈は、自分にだってわかるし。

 きっと、こういうことでいちいち嫌だと声を上げないのが、ちゃんとするということなのだと思った。


「……いいですよ。監視しなくても済むくらい一人前になってやります」 

「お、大人になったね。えらいえらい」


 光璃が笑って頭を撫でてくるので、咲良の口元も自然にほころんだ。


 駅で光璃と別れ、汚れたスマホで時刻を見て、親への言い訳を考える。

 ふと思い立って、咲良はラインを開き、焔とのメッセージの画面を表示させてみた。


 それから、降りる駅に着くまで、考えて考えて――


 結局、自宅の前まで帰り着いたところで、やっと咲良は彼に送る言葉を決めることができた。



『無事に家に着きました。


 いつもありがとうございます』



 ……と、なるべく淡々として見えるように書いたメッセージに、既読の表示が付くのが、


 ――少しだけ、本当に少しだけ、楽しみだった。

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