第4話 共鳴!眠れるバジリスク(3)
吹き荒れる風の中、身体がぐわりと急降下する感覚に思わず歯を食いしばった直後には、咲良は再び懐かしい地面の感触を背中に感じていた。レッドに連れられて山の
「危なかったな……。怪我はないか、咲良」
傍らに立つレッドが
「た……たぶん」
「そうか。喋れるならひとまず大丈夫だろうが、一応、あとで
彼がそう言うのを聞いて、咲良は自分が風に煽られて木の幹に直撃していたことを初めて思い出した。忘れていた痛みがたちまち襲ってくる。身体をたたんで激痛に耐えながら、同時に、痛覚が意識の最果てに追いやられるほどの状況に今の今まで置かれていたことを再認識した。
あと一歩できっと自分は死んでいた。この人が手を掴んでくれなければ、自分は……。
「本当に大丈夫か?」
レッドの心配そうな声に咲良は思わず顔を上げていた。
「……どうした」
ゴーグル越しの視線を逸らしもせず、彼が問うてくる。言わなければならないことがあるのは、咲良にもわかっていた。
触らないでと言ったそばから性懲りもなく手を掴んできて――なんて、彼に文句を言う気には到底なれなかった。彼がそうしてくれなければ、自分はあのまま放り出されて死んでいたのだ。
「いや……あの。……ありがとうございます」
自分の声が途中から小さくなっているのは自覚していた。いつのまにか顔も背けてしまっていたのは、もし咎められたら身体の痛みのせいだと言い訳しようと思った。
咲良がそのまま数秒ほど
「……ヤツが出たな」
今度こそ顔を上げると、レッドは爆音の聞こえた方角の空をじっと仰いでいた。その手には既にドラゴンのエレメントクリスタルが握られている。
咲良はハッとして自分の右手を見た。バジリスクのクリスタルを自分はまだ握り締めていたが、クリスタルからは既に輝きも熱さも消え失せていた。
焔に命を助けられたという引け目にもまして、悔しい、申し訳ないという感情の波が咲良の心に押し寄せてくる。
あの敵を倒すにはバジリスクの力が必要だと言われていたのに。自分は、求められた役目を……バジリスクと心を通わせるという役目を果たすことができなかった。初代ピンクとやらには出来ていたというその役目を、自分は――。
「……ごめんなさい。わたし……」
咲良が耐えきれず口にした一言を、レッドの声が遮った。
「悔やんでも仕方がない。バジリスク抜きで戦うしかない」
ドラゴンのクリスタルを
「行けるか?」
「……行きますよ。行くしかないんでしょ」
なぜか今は自然に彼の手を取ることができた。それはきっと、スーツのグローブ越しだからというだけではなく――
何も出来なかった自分を、たとえ数合わせだとしても必要としてくれる彼の言葉に、どこかホッとしたのかもしれなかった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「降臨! ライズタイタン!」
そして、咲良は本日二度目となる五人一緒の
「何がなんでもヤツを止めるんだ。皆、死力を尽くせ!」
「おぉっ!」
気勢を上げる仲間達に負けじと、咲良も球体に添えた手に力を込める。飛翔からの急軌道に
「ドラゴン・スピニングスラッシュ!」
レッドの叫びとともに、急旋回する巨神の剣が敵の身体を捉える。だが――
「ガァァッ!」
ドラゴンテイルソードを鋼鉄の身体で弾き返した敵は、そのまま主砲と副砲を斉射。その全てを避ける余裕はこちらにはなかった。
「あう……っ!」
着弾の衝撃に揺られ、咲良はその場に倒れ込んだ。
そんな中、
「まだだ! ドラゴン・フレイミングダッシュ!」
燃え盛るような
「グガガァッ!」
敵の巨砲がゼロ距離で火を噴き、巨神を吹き飛ばしていた。
「ぐっ……!」
「きゃあっ!」
敵の足音と砲撃音だけが鼓膜を叩いている。ライズタイタンは立ち上がらないままだった。不思議な力で水平を保った
「くっ……無念でござる……!」
「ここまでなのか……!? 何か手はねえのかよ!」
ばん、と球体を手で叩き、ブルーが吼える。
「焔、リヴァイアサンは!?」
イエローがレッドに詰め寄るように言った。何かを思い出したようにブルーが同調する。
「そうっすよ、ライズポセイドンに合体すれば!」
咲良の知らないその単語。だが、レッドは小さく首を横に振っていた。
「無理だ。ライズリヴァイアサンは、ワダツミとの戦いで海底火山に沈んだままだ……」
彼がそう答えるのを知っていたような様子で、イエローが悔しそうに顔を伏せる。
咲良には何も口を挟めなかった。バジリスクを味方に付けられなかった自分の無力さが苦しく胸を締め付けてくる。今のピンクライザーは自分しかいないのに、自分は何もできない……。
「他に手はない。俺がヤツの体内に飛び込み、内部から誘爆させる」
「えっ――!?」
咲良は思わず息を呑んだ。仲間達も同じだった。「生きて帰れるの!?」と、イエローが真っ先に声を上げる。
「五分五分だな」
「五分五分って……」
他の誰かが何かを言おうとするより先に、レッドはドラゴンのクリスタルをアニマフォンから抜き、イエローの前に突き出していた。
「光璃。俺が死んだら、その時はお前がリーダーだ。新しいレッドを支えてやってくれ」
「そんなっ――」
「皆……世話になったな」
皆を順に見渡すレッドの視線。その
時を同じくして、さらなる着弾の衝撃が再び
「それなら拙者が行きますぞ。非モテの拙者ごときの命――」
「ダメだ。飛べるのは俺だけだ。それに、お前達の命を捨てさせるわけにはいかない」
「何言ってんすか、オッサン。アンタが死んだらそれこそ終わりだろ!」
咲良は倒れたまま何も声を上げられなかった。幾度も衝撃が空間を揺らしてくる中、「命」や「死ぬ」といった仲間達の言葉が頭の中をぐるぐると駆け回る。
死ぬのか、この人が。
自分を助けてくれた、この人が――?
(そんな……そんなこと……)
そんなこと、あっていいはずがない。
アニマライザーになってからの短くも濃い日々の記憶が咲良の脳内を回り続ける。この人は……
それでも、彼が死んでいいはずがない。
わたしのせいで……わたしがバジリスクを従わせられなかったせいで、無謀な特攻なんかして死んでいいはずがない!
「っ……!」
目を上げた先にはバジリスクのクリスタルがあった。何かに導かれるように咲良はそれに手を伸ばした。
ぐっと握り締めた瞬間、クリスタルはぼうっと赤銅色の光を放ち、あの男とも女ともつかない冷たい声を咲良の心に伝えてくる。
――おまえは、ちがう
「……わかってるよ」
――ならば、我を何故呼ぶ
そこでまた空間が揺れた。床から跳ね上げられ、背中を壁にぶつけながらも、咲良は強くクリスタルを握る手を放さなかった。
レッドがこちらを見下ろしている。焔の暑苦しくも真剣な目をその
「……わたしは、この人を死なせたくない」
その言葉に応えるように、クリスタルが一際熱く輝く。
「お願い、ライズバジリスク! 力を貸して!」
涙混じりになった自分の声に、静かなバジリスクの声が共鳴する。
――いいだろう
――今のおまえとなら、共に戦える
「ッ――!」
赤銅の輝きを放つクリスタルが咲良の手から飛び出し、眼前に鳥と蛇の紋章を
「召喚! ライズバジリスク!」
遥か天空に神秘のメロディを伝え、雄々しき幻獣を地上に
「キュオオォォォッ!!」
雷鳴の如き咆哮を天地に響かせ、激しく吹き荒れる疾風を纏って、巨大な影が上空から敵に襲いかかる。金属質の光沢を放つ鳥の巨体に、蛇の尾。敵の砲撃を難なく
「つ、強い……!」
「すげえ……!」
「あれが、ルナさんにしか扱えなかったっていう……!?」
イエローの言葉にレッドが頷く。いつ自分が立ち上がっていたのかもわからない咲良に、彼が呼びかけてきた。
「咲良、幻獣武装だ!」
彼の言葉と心の声に導かれるがまま、咲良はアニマフォンを突き出し叫ぶ。
「幻獣武装!」
轟と鳴る風の唸りを引き連れ、バジリスクがライズタイタンに向かってくる。
鳥の体が翼の盾に、蛇の体が鋭い剣に。二つに分かれたバジリスクの巨体が武器へと変わり、大地を踏み抜く巨神の両手に装着される。
「武装完了――ライズタイタン・ソード&シールド!」
僅かにたじろぐ敵に向かって、巨神は風を巻いて駆け出していた。燃える街の炎を背負い、振り上げた大剣が赤銅色のオーラを纏う。
「ガァァッ!」
「フェザーシールド!」
敵が撃ち出してくる主砲の砲撃を、巨神の突き出す左手の盾が容易く弾き返す。武装の名を呼ぶ
「ヴァイパーソード!」
そして、
「ギッ!?」
剣の触れた箇所がたちまち煙を上げ、腐食して溶けてゆく。敵が後ずさった隙を逃さず、返す剣の一撃が主砲を狙う。
万物を溶かし尽くす毒蛇の牙――その剣閃は弾かれることなく敵の砲身に食い込み、しゅうしゅうと音を立てて、それを飴細工の如く両断した。
心を失った敵がそれでも怒り狂ったかのように、副砲の射撃を浴びせてくるが――
「効かないってば……!」
咲良とバジリスクの意志が共鳴し、たちまち突き出される翼の盾がその全てを
ちらりとレッドに顔を向ける。レッドが力強く頷いてくる。
「今ならフェニックスバインドも通じる。行くぞ!」
「はいっ!」
ドラゴンの翼に爆風を纏い、巨神は天高く舞い上がり――
「フェニックスバインド!」
咲良の
「決めろ、咲良ッ!」
「
渦巻く疾風を引き連れた回転斬りの一閃が巨悪を寸断する。長い悪夢に幕が降ろされた瞬間だった。
「……やった……」
無意識に呟く自分の声を聞いた瞬間、ふらりと咲良の視界は揺らぎ――
「咲良!」
駆け寄るレッドの声を聞いたと思った時には、もう意識は途切れていた。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「……っ」
目を覚ますと白い天井があった。状況を認識する間もなく、光璃が自分の顔を覗き込んで声を掛けてくる。
「咲良……よかった」
「あれ、光璃さん……? わたし、どうなって……?」
明るい光源と湿布の匂い。光璃の安堵した表情を見て、咲良はやっと、自分が基地の簡易ベッドに寝かされていることに気付いた。
身体のあちこちに巻かれた包帯をぼんやりと見ていると、光璃が仲間達を呼ぶ声が聞こえた。
「みんな。咲良、目を覚ましたよ」
「おお、咲良どの。さっきは凄かったでござるな」
「オッサンも褒めてたぜ。今日のMVPは間違いなくお前だな」
大地と疾人が口々に労ってくれる。皆に顔を向け、上体を起こそうとすると、胸のあたりに痛みが走った。
「まだあんまり動かない方がいいよ。打ち身が結構ヤバイから。……まあ、あたし達、普通の人より傷の治りは早いんだけどね」
「……すみません」
咲良が再び頭を横たえたところで、「いや、それにしても」と疾人の軽い声が飛んできた。
「『この人を死なせたくない』……とはな。咲良、オッサンのこと嫌いなんだと思ってたけど」
「なかなかどうして、咲良どのも心の底では焔どのを慕っていたのでござるな」
「っ!?」
思わず痛みも忘れ、咲良は二人に顔を向けていた。面白そうにニヤつく二人の表情に、自分が先程の戦いの中で何を口走っていたのかを思い出し、咲良はたちまち顔が熱くなるのを感じながら声を上げた。
「違いますよっ!」
「あら、違うんだ?」
光璃までもが口元を歪めて咲良をつついてきた。そんな。本当に違うのだ、あれは、ほんの言葉の綾で……!
「ほ、ほら、一応仲間じゃないですか。嫌いな人でも目の前で死なれたらイヤでしょ!?」
「焔のこと嫌いなの? 咲良は」
「それは……!」
こちらをからかって楽しんでいるような光璃の言葉に、咲良は二の句を継げなかった。
あんな暑苦しいおっさんのことなんて、苦手だし嫌いに決まっている。さすがに死んでもいいとまでは思わないという、その程度だ。
その程度のはずなのだけど……。
「……まあ」
自分を助けてくれた、あの時の目だけは。
死なせはしないと力強く言ってきた時のあの目だけは――まあ、なんというか、認めてあげないでもない、という気がしなくもない。
「何から何まで全部イヤっていうわけじゃ……ないですけど……」
そんなこと、絶対に本人には言わないけど――
「何がイヤなんだ?」
「っ!?」
ふいに焔の声がして、咲良はびくりとベッドの上で身を引いた。ふらりと部屋に入ってきた焔に、皆の視線が集中している。
「オッサン、今咲良が――」
「咲良どのが心を開いた瞬間ですぞ、焔どの」
「ち、ちがうっ! 違いますからっ!」
ぶんぶんと手を振る咲良に、焔がじっと目を向けてくる。
言葉を発さぬまま数秒。こちらの安否を観察しているかのような彼の表情。太い眉に彫りの深い顔立ち、炎のようにうねった黒髪――なぜか自分も彼を見つめ返していたことに気付き、咲良は慌てて顔を背けた。
「咲良――」
彼が歩み寄ってくるのがわかる。なんだか、必要以上に反発しているのは申し訳ないような気もして、咲良は恐る恐る目を上げた。
彼の暑苦しい顔が再び視界に映る。そうだ、ちゃんと向き合わなければ。苦手なものは苦手だけど、それでもやっぱりこの人は仲間で、恩人なんだから――
「さっきのザマは何だ、咲良」
「はい?」
思いがけず厳しい焔の口調に、一瞬、時間が止まったような気がした。
「ああいう時には俺が助けなくても自力で変身して難を逃れないとダメだ。君のスーツの特性は飛行能力だと言ってるじゃないか」
「……」
さぁっ、と、心の中で何かが急速に冷めていくような感覚。凍りついた時間の中で、焔のマイペースな声だけが鼓膜を震わせてくる。
「君はもう戦士なんだ。守られる側じゃないという自覚を持て。バジリスクと心通わせたことは立派だが、それはそれ、これはこれだ。聞いてるのか? 咲良」
「……知らない」
彼の存在全てを拒絶するように、咲良は逆側に横たえた身体を縮こめた。
何だっけ、助けてくれた時の目が何だって? そんなもの知らない。何も考えたくない。やっぱり大嫌いだ、こんなおっさんは。
「何だ、咲良、俺は真面目な話を――」
「オッサン……流石に今のは……」
「擁護できないでござるな……」
「やっぱ特攻して死んどいた方がよかったんじゃない?」
「何なんだ、お前達まで!」
背中側から聞こえてくる声を意識から追い出そうとして、咲良は痛む腕を動かして両耳を手で塞ぎ――
ややあって、それだけでは閉ざしきれない強化聴力が、トーンの変わった焔の声を捉えた。
「……まあ、それはさておき。皆も、もう覚悟してるとは思うが――」
(えっ……何?)
咲良は思わず耳を塞ぐ手を放していた。今から発される言葉は聞き逃してはならないと、アニマライザーの一員としての本能が告げていた。
「あんな
「間違いないわね……」
次の……黒幕?
「平和はそう長くは続かねえ、ってことっすね……」
「……休息の時はここまで、でござるな」
普段とは空気の違う仲間達の言葉に、思わず身を起こした咲良が見たのは――
咲良の知らない戦いを乗り越えてきた戦士達の、いつになく険しく決意に満ちた顔だった。
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