第3話 落涙!先代ピンクの思い(2)
幸い、アニマライザーとしての力に頼るまでもなく、ハルカの姿はすぐに見つかった。ハルカと彼氏は、先程のデッキから少し離れたところの広場で、
「何をショースイしたふりしてるんですか、先輩」
咲良が真正面に回って声をかけると、ハルカはびくりと肩を震わせて顔を上げた。咲良が追いかけてくるのは本気で予想外だったのか、いかにもばつの悪そうな表情を浮かべている。
「ハルカ、えっと、俺は邪魔かな……?」
隣に座るイケメンが困ったような顔でハルカと咲良を交互に見ている。ハルカが「えっと……」と煮え切らない態度でいるので、咲良はぐいっとハルカの手を取り、戸惑っている彼氏に向かって言った。
「スミマセン。ちょっと、ハルカ先輩お借りします」
「あ、ああ。えっと、君は……?」
さすがに咲良がピンクライザーその人だという考えにまでは至らないのか、イケメンはひたすらに目をぱちくりとさせていた。
「通りすがりの後輩です! 先輩、行きますよ」
「うん……。ユーヤ君、ごめんね、ちょっと待ってて」
彼氏に向かってあくまでしおらしい声を出すハルカが、咲良には無性に腹立たしかった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「咲良ちゃん……。えっと、さっきは助けてくれてありがとう」
「べつにー。わたし、アニマライザーですから」
意識して嫌味っぽく言ってみたところで、ふと咲良は次の言葉に詰まった。この先輩に言いたいことは山のようにある。だが、いざ目の前で弱々しく縮こまっている彼女を、果たしてどう問い詰めたものか。
「……あんまりですよ、先輩」
この人が使命を放棄しなければ、自分がこんな戦いに巻き込まれることもなかった。この人があのイケメンとのそういうことをちゃんと我慢できていれば、自分がかわりに宿命を背負わされることもなかった。
だが、そんなことより――
今の咲良の心を何より占めているのは、先程彼女が見せた態度への失望だった。
彼女は一年も戦士として戦ってきたのに。自分なんかよりずっと戦いの経験があるはずなのに。
どうして避難誘導ひとつ手伝ってくれなかったのだろう。どうして、多くの人の助けになれる力を隠してまで、彼氏の前でか弱い女の子のふりなんてしたのだろう。
「なんなんですか。わたしに戦いを押し付けといて……なんで自分だけ、普通の女の子みたいな顔して……!」
途中から自分の声が涙に潰れていることに咲良は気付いた。熱い何かに視界が歪み、喉の奥が痛くなる。
「ごめんね、咲良ちゃん。あたし――」
「謝ってほしいんじゃないですよ!」
いつの間にか咲良はハルカの両肩に掴みかかっていた。彼女にどうしてほしいのか、自分でも全然わからなかった。キューダンしたりとかシャザイを求めたりとか、そんなつもりで彼女をここに連れてきたんじゃない。だけど、だったら、自分は一体、彼女に何を言いたいのだろう。彼女がどう答えてくれたら満足なのだろう。
「なんでこんなことできるんですか!? なんで、わたしに戦いを押し付けてまで……!」
今さらこの人を責めたところで何も変わらない。そう知りながら、咲良はハルカの肩を乱暴に揺さぶる手を止められなかった。咲良を難なく組み伏せるくらいの体術はきっと持っているはずなのに、ハルカはその手を振りほどこうとすらしなかった。
「……咲良ちゃん。ごめんね、あたし、知らなかったの」
「知らなかった!? ウソばっかり! 純潔じゃなくなったら変身できなくなるって、聞いてなかったわけないでしょ!?」
「そうじゃなくてっ」
ハルカが初めて咲良の腕を掴み返してきた。かつて自分と同じ戦士だったとはとても思えない、弱々しい力の入れ方だった。
「あなたに押し付けるつもりじゃなかったの。次のピンクが咲良ちゃんになるなんて、全然わからなかったの!」
「え……?」
一瞬、時間が止まったような気がした。ハルカは一体、何を……?
「……あたしの時は、全然知らない誰かから力を受け継いだの。
その瞳に涙を浮かべ、ハルカは咲良の目をまっすぐ見て語り続けてきた。思いもよらなかったその話に、咲良の手からはいつしか力が抜けていた。この人は、自分を指名して力を押し付けてきたのだとばかり思っていたが――。
「あたしが力を失って……クリスタルに咲良ちゃんの顔が映って、あたし、取り返しのつかないことをしたんだって気付いたの。でも、もう、どうしようもなかった。焔さん達は、前任があたしだったことは秘密にしとこうって言ってくれたけど……あたし、せめて自分の口から咲良ちゃんに伝えたいと思って……」
「……」
涙ながらに語るハルカに、咲良は何も言葉を返せなかった。ハルカは咲良の腕から手を離し、祈るように自身の胸の前で手を組んでいた。
「……あたし、最低だよ。知らない誰かが代わってくれるならいいかって思っちゃったの。あたしも知らない人から押し付けられたんだから、最後は同じことしてもいいか、って……。……でも、今さらこんなこと言っても許してもらえないだろうけど……もし、次に選ばれるのが咲良ちゃんだってわかってたら、あたし、きっと彼と付き合ったりしなかった。知ってる子に押し付けるくらいなら、ずっと自分で戦ってた!」
「先輩……」
咲良は溢れ続ける涙を止めるすべを持たなかった。ハルカの言うことが全て納得できるわけではない。次が
だけど、誰が彼女を責められるのだろう。彼女だって元々は巻き込まれただけだったのに。
普通の女の子がいきなり戦士をやれと言われて。一年間も青春を犠牲にして、命を賭けて戦って。
過酷な日々に疲れ切っていたであろう彼女が、ふと出会った素敵な男性との恋に逃げ道を求めてしまうのは、そんなに悪いことだっただろうか。普通の女の子に戻って、人並みの幸せを求めようとすることは、そんなに許されないことだっただろうか。
「先輩……わたしは……」
咲良にはもう、誰を恨めばいいのかわからなかった。
自分は確かにハルカの身勝手の犠牲者かもしれない。だが、そのハルカ自身もまた、元を辿れば顔も知らない誰かの犠牲者に過ぎなかった。その誰かも、その前の誰かの。その前の誰かもまた、さらに前の誰かの……。
「悪いのはツクモーガだ」
ふいに、暑苦しい男の声が咲良の聴覚に飛び込んできた。びくっと驚いて顔を向けた先には、炎のようにうねった髪を無駄に暑苦しく風になびかせた、あのおっさんの姿があった。
今の今までハルカと涙を共有していた咲良の意識が、さあっと冷水を浴びせられたような嫌悪感に染まる。
「えっ、ちょっと、何勝手に女子の会話を立ち聞きして……えっ、ウソでしょ、どこから聞いてたんですか!?」
咲良が思わず後ずさる傍らで、ハルカもまた彼の姿に目を見張っていた。当の
「使命を途中で放り出すのは褒められたことじゃない。だが、望まず戦士になった者の人生をいつまでも縛り続けることも、俺にはできない」
「……焔さん」
目に涙を溜めたハルカに向かって、焔はいつになく穏やかな目をして言うのだった。
「君の過ちを許すとは言わん。だが、どうあれ、君は生きたまま戦いを終えてくれた。……とりあえず、俺はそれで十分だ」
咲良は何も口を挟めなかった。いつもひたすらに暑苦しいだけの、この鬱陶しいおっさんの横顔が、この時ばかりは哀愁を乗り越えてきた大人の空気を纏っている気がして。
「咲良」
ふいに焔が自分に顔を向けてきた。完全にノーマークだったところにいきなり名を呼ばれ、咲良は「はいっ」と裏返った声を上げてしまった。
「ハルカを恨みたい君の気持ちはわかる。だが、俺達が真に憎むべき敵はツクモーガだけだ。それで納得がいかないなら、十年かけても戦いを終わらせられない俺を恨め」
「……いや、別に、わたしは……」
いやに真剣な目で自分を見据えてくるおっさんの姿から、咲良は何故か目を逸らすことができなかった。一秒ほど間を置いて、彼がさらに口を開く。
「そして、辛いだろうが、今は君の青春を俺達に預けてくれ。俺達五人の力を合わせて、一刻も早くツクモーガとの戦いを終わらせるんだ。ハルカや君のように苦しむ者を、二度と出さなくていいように」
「……」
締め切っていた
嫌味なほど真摯な焔の言葉が、閉ざしていたかった咲良の心をじわりと侵食してくる。
「……まあ、そう、ですね……」
少しくらいは彼への拒絶を緩めてもいいのではないかと思った自分を、咲良は否定できなかった。
目の前の彼は、暑苦しくて鬱陶しくて顔が濃くて汗臭くて、定職に就いていない上に三十路にもなって童貞の、ドン引き要素満載のおっさんだとばかり思っていたが。
少なくとも、今の彼がハルカと咲良に向けている視線は、彼なりの思いや決意に満ちているように見えたから。
「咲良ちゃん、わたし――」
ハルカが涙に濡れた目で咲良を見てくる。咲良が彼女に向き直ろうとしたとき、
『さっきの
「行くぞ、咲良!」
焔に促され、きびすを返す直前、咲良はハルカと目を合わせた。
彼女の瞳が語っていた。ごめんね、と。お願い――と。
「……やってやりますよ。今はわたしがピンクライザーですから」
焔の大きな背中を追って咲良は走り出す。あれこれ思い悩むのは、今はもうやめだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。