第3話 落涙!先代ピンクの思い(3)

 敵が再び姿を現したのは、海浜公園からほど近いアウトレットモールの屋外広場だった。逃げ惑う人々の悲鳴をかき消す勢いで、怪人ツクモーガの哄笑が響いている。


「ローックロックロック! 人間界のマイナスオーラを吸収して大幅パワーアップした、ダイヤル錠前ツクモ様の力を見るがいいロック!」


 焔に付いて咲良がその場に駆けつけた、まさにその眼前で、怪人の放った巨大な錠前がモールのカップル達を次々と拘束していく。今度はご丁寧に、錠前の表面のダイヤルがクルクルと回り、施錠を万全なものとしているらしかった。

 疾人、大地、光璃と合流し、五人揃った戦士達の前で、怪人が自らの胴体のダイヤルをばんばんと叩いて見せつけながら高笑いを上げる。


「アニマライザーども! 貴様らの剣如きでは、このダイヤル錠前ツクモ様の電磁ダイヤルロックは破れないでロック!」


 だが、敵の新たな能力を前にして、仲間達の誰一人として闘志の揺らぐ者はいないようだった。


「ハッ。バカの一つ覚えみてーにロックロック言いやがって」

「リア充を目の敵にするのは、ネットの書き込みだけで十分でござる」

「ヤツを倒せば技も解けるわ。カップルの皆さんには、少しの間だけ辛抱してもらいましょう」

「ああ。皆、一気に行くぞ!」


 焔達が一斉にアニマフォンを構える。咲良も四人から一歩も退かない位置に並び、同じようにアニマフォンを胸の前に構えた。

 気に食わないことはまだまだいくらでもある。だけど、恨み言を並べても何も変わらないなら、今はとにかく戦うしかない。自分も誰ももう戦わなくていい、そんな未来を引き寄せるために。


幻獣変身アニマライズ!」


 神秘のメロディが天地に響き、大自然の精霊達の力を呼び覚ます。果てなく湧き上がる元素エレメントの奔流が、五人を輝く戦士に変える。


「ドラゴンブレイブ、レッドライザー!」

「グリフィンプライド、ブルーライザー!」

「タウラスタフネス、グリーンライザー!」

「ユニコーンワイズ、イエローライザー!」

「フェニックスハート、ピンクライザー!」


きらめく正義のエレメンツ! 幻獣戦団! アニマライザー!」


 熱い爆風が咲良の背中を煽る。目には見えない巨大な力が、咲良に戦えと促しているように思えた。


「行けっ、戦闘員ツッキーども!」


 わらわらと戦闘員が襲いかかってくる。怪人の相手はレッドに任せ、咲良は他の三人とともに可変剣ライズカッターを抜いて戦闘員の群れに斬り込んでいく。複数の敵を同時にさばくのはまだ難しいが、それでも、前に比べれば、咲良の剣閃は確実に敵の身体を捉えるようになっていた。


「グリフィントンファー!」

「タウラスアックス!」

「ユニコーンセイバー!」


 ブルー達が各々の個人武器を手元に出現させ、得意の攻撃で敵を蹴散らしていく。よし、自分も――。咲良は目の前の戦闘員を一体斬り倒してから、ライズカッターをホルスターに収めようとした。だが、その時!


「ツッキー!」


 横方向からの棍棒の一撃が、咲良の手からライズカッターを跳ね飛ばし――


「あっ!」


 弧を描いて宙を舞う武器に気を取られた瞬間、別の戦闘員が背後から咲良を羽交い締めにしていた。


「ちょっと、やだ、放してよっ!」


 抵抗を試みようにも、両腕の動きを封じられ、どうしたらいいかわからない。仲間に助けを求めようにも――


「咲良っ!」


 一番近くにいたイエローでさえ、次から次へと涌いてくる戦闘員の壁に阻まれ、咲良のもとには来られなそうだった。


「ツッキー! ツッキー!」

「痛っ! 痛いってば!」


 ただのザコだと思っていた戦闘員達の棍棒の殴打が、スーツと仮面マスク越しにリアルな痛みを咲良の身体に与えてくる。咲良はその痛み以上に自分の弱さが悔しかった。こんな、剣で斬れば一撃で塵芥ちりあくたに還るようなザコ相手に……!


「ツッキー!」


 一際大きく振りかぶられた戦闘員の棍棒が、咲良に向かって振り下ろされようとしたとき――


「咲良ちゃんッ!」


 、空気を裂いて翔ぶ光の弾丸が、その戦闘員を背中側から撃ち抜いていた。


「っ!?」


 咲良が仮面マスクの中で目を見張った瞬間、続けざまの射撃音。熱いエネルギーを纏った光の銃弾が咲良の仮面かおのすぐ横をかすめ、背後の戦闘員に撃ち込まれる。咲良の身体を羽交い締めにしていた敵の腕が、ばらばらと塵芥ちりあくたに変わって消えた。

 そして咲良は見た。地面に片膝をつき、可変剣ライズカッターを変形させたハンドガンをこちらに向けて構えたハルカの姿を。一発、二発、続けざまに撃ち出される正確無比な射撃が、咲良にしつこく襲いかかろうとする戦闘員達を次から次へと射抜いていく。


「先輩……!?」

「ちゃんと使い方覚えなよ、咲良ちゃん」


 咲良の周りの戦闘員をあらかた倒したところで、ハルカは立ち上がり、カシャンと小気味良い音とともに銃を再び剣に変形させてみせた。手慣れた動作で、咲良にその武器の使い方を教えるかのように。

 最後に少しは役に立ちたかった――咲良がゴーグル越しに捉えたハルカの顔には、そんなことが書いてあるかのように見えた。


「咲良ちゃん!」


 ハルカが放り投げてきた剣が、綺麗な軌道を描いて咲良の手中に収まる。

 一部の戦闘員がハルカの存在に気付き、攻撃の矛先をそちらに変えようとしているのが見えた。咲良は光の翼を広げて戦闘員どもを上から追い越し、その前に立ちはだかった。


「先輩、逃げて!」

「……任せたよ、ピンクライザー」


 逃げ出す間際のハルカの声には、心なしか寂しさも混じっていたように聞こえた。

 剣の柄をしっかり握り締め、戦闘員達と斬り結びながら、咲良は考える。一年名乗り続けたその名前に、ハルカだって名残や愛着もあったのだろうか、とか。

 どこまでも勝手な人だ。自分でその名を捨てておきながら、切なさなんて感じる資格があるだろうか。 

 だけど――


(先輩だって……普通の人間なんだ)


 欲望に負けて戦士を辞めてみたり、彼氏の前でか弱い女の子に戻ろうとしてみたり。

 そうかと思えば、やっぱりどこかで戦士の名前を捨てるのが寂しかったり、土壇場で後輩を助けてくれたりする――

 そういう、普通の矛盾を抱えた、普通の人間だったんだ。


「わたしで……終わりにします」


 戦闘員の群れを蹴散らし終え、レッド達と再び並び立ったとき、咲良は誰にともなくそう呟いていた。「何?」と反応してきたのは、やはりリーダーのおっさんだった。


「わたしの代で、こんなこと終わりにしてやろうって言ってるんです!」


 普通の子の人生が、普通じゃない何かに巻き込まれていくのは、もうたくさんだ。

 次の代にまで受け継がせはしない。悲劇の連鎖は自分の代で止めてみせる。

 ――何故か、そう、強く思えたのだ。


「いい心がけだ。行くぞ、五つの力を一つに!」


 レッドが構えた龍の大剣に、仲間達が次々と己の武器を合体させていく。咲良もフェニックスファンを手元に出現させ、ドラゴンブレイカーの基部に重ね合わせた。


五連剣ごれんけん! エレメントカリバー!」


 慌てふためく怪人ツクモーガを前に、咲良達はレッドの身体を支える。


「邪悪の魔物よ、無に還れ! エレメントカリバー・ビクトリーブレイク!」


 五つの元素エレメントの力を宿した光の斬撃が、怪人を頭上から一刀両断した。


「ポン・デ・ザァァル!」


 聞き慣れない言葉での断末魔を上げ、怪人が爆発四散するとともに、周囲のカップル達を縛り上げていた錠前も全て消滅していた。解放された恋人達が無事を喜ぶ中、ブルーがふと首を傾げる。


「何だ? ポンデザールって」

「パリのセーヌ川にかかる橋でござるな。『愛の南京錠』スポットとして有名ですぞ」

「何でお前がそんなこと知ってんだよ」

「なぁに、とあるアニメに出てきましたからな……」

「二人とも、無駄口叩いてる余裕ないわよ!」


 イエローの鋭い声をかき消すように、数十メートルの巨体と化して復活した魔物が、理性なき唸り声を上げ、モールの建物を蹴散らしながら歩み始めた。


「また出やがったでござる……!」

「幻聖獣を呼ぶんだ! 召喚、幻聖獣ライズドラゴン!」


 激しいレッドの叫びに続き、ブルーがライズグリフィン、グリーンがライズタウラス、イエローがライズユニコーンの名を天に呼ぶ。咲良もエレメントクリスタルをアニマフォンにセットし、天に向かって突き上げた。


「ライズフェニックス!」


 光の道を駆け地上に降臨した大いなる幻獣達が、各々の得意技で敵の進撃を阻む。


幻獣げんじゅう合体がったい! 降臨! ライズタイタン!」


 五体の幻聖獣が一つに組み上がり、精霊の巨神が雄々しく大地を踏みしめる。咲良は四人と一緒に搭乗空間コクピットに立ち、操縦用の球体に両手を添えていた。

 熱いエネルギーを全身に感じる。あまねく天地に渦巻く精霊達の力が、球体を、スーツを通じて自分と繋がっている!


「ガアァァッ!」


 心を失った敵が咆哮とともに錠前の攻撃を放ってくるが、間一髪、ライズタイタンはドラゴンの翼を広げて宙に舞い上がっていた。


「タウラスキック!」


 低空からの連続蹴りで敵を押し込め、再び地上に降り立った巨神が腕を振りかぶる。


「グリフィンチョップ!」

「ユニコーンショック!」


 右腕のグリフィンの羽根の斬撃と、左腕のユニコーンのつのの一撃。連続攻撃を受けて敵が後退したところで、レッドが咲良に叫んできた。


「今だ、咲良!」


 どうすればいいのかは心が教えてくれた。球体に添えた手にぐっと力を込め、咲良は言霊ことだまを口にする。


「フェニックスバインド!」


 ライズタイタンの胸部、ドラゴンと重なり合ったフェニックスの目から炎が噴き出し、渦巻く火炎のいましめとなって敵の巨体をその場に拘束した。


「トドメだ! ドラゴンテイルソード!」


 レッドの声とともに再び巨神が飛翔する。天高く、雲をも越えて、その翼に真紅のオーラを集め――


灼熱しゃくねつ剣技けんぎ! ブレイジング・ファイナル・クラッシュ!」


 急降下の勢いを乗せて繰り出される必殺の斬撃が、邪悪の魔物を爆炎の中に葬り去った。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 戦いを終え、変身を解いた咲良は、海を望む広場でハルカと向き合っていた。少し離れたベンチにはイケメン彼氏が座ったまま、心配そうにこちらの様子を窺っている。


「……やっぱり、咲良ちゃんには、どんなに謝っても謝りきれない。あたし――」

「もういいですから、先輩」


 また泣き出しそうになっているハルカの言葉を、そっと片手で遮り、咲良は小さく首を横に振った。

 この人が自分を巻き込んだという事実は変わらない。きっと、自分の中で、彼女へのわだかまりが完全に消えてなくなることなどこの先もないだろう。

 だが、彼女を責めたところで誰も幸せにはならない。

 結局、あのおっさんの言う通り、悪いのは人々を襲うツクモーガだけなのだ。


「誰かに使命を押し付けてまで叶えたい恋だったんでしょ」


 ベンチの彼氏にちらりと目をやってから、咲良は声のトーンを落として言った。もう強化聴力を持っていないハルカに聞こえるように、普通の小声程度で。


「無様に別れたりしたら、承知しませんよ」

「……うん」


 ハルカの瞳からはらりと涙が落ちた。それ以上の言葉はもう必要なかった。


「お幸せに」


 嫌味ではなく本心からそう告げて、咲良はハルカの前からきびすを返した。イケメンにぺこりと黙礼し、仲間達の待つほうへと歩き出す。

 ハルカは咲良を追いかけてはこなかった。咲良ももう振り向きはしなかった。今はそれでいいのだと思った。

 もし、いつかまた、ハルカと親しく話せる日が来るとすれば――それは、この地上から全てのツクモーガを消滅させ、戦いを終わらせた時だ。


「まだ納得はいかない顔だな」


 四人の前に立つと、焔がそう声を掛けてきた。「はぁ」と生返事をし、おっさんの暑苦しい顔から思わず目を逸らすと、彼は続けてこんなことを言ってきた。


「だが、戦士の目になった」

「……何ですか、それ」


 咲良の問い返しには彼は答えず、代わりに「よし」と一同に向かって言う。


「今日はまだ時間があるだろう。せっかく皆揃ったんだ、戦闘訓練を実施するぞ!」

「げぇっ、今からっすか!」

「せ、拙者はちとアニメの時間が」

「はい、つべこべ言わない。こんな昼間っからアニメなんかやってないでしょ」

「いやいや光璃どの、再放送というものがありましてな……」


 口では文句を言っているが、疾人も大地も本気で訓練を拒んでいるわけではなさそうだった。とても自分だけ抜けられる空気ではないと秒速で察し、咲良はたちまち暗鬱な気持ちになった。

 戦闘訓練と言って、一体何をするのだろう。この無駄に熱血なおっさんがやることだ、きっと手加減なしのガチ訓練が待っているのであろうことは想像に難くない。


「咲良も大丈夫だよな? 今は春休みでヒマだろう」


 訓練という言葉の重さに拍車をかけて、彼のデリカシーゼロの一言がますます咲良をカチンとさせる。

 せっかく、少しは晴れ晴れした気分で今日の一件は終わらせられたと思ったのに、どうしてこのおっさんは後から全てを台無しにしていくのか。


「いや、その、部活とか勉強とかもあるし……」

「だが、皆と一緒に訓練を積んでおかなければ、君だけ戦力が覚束ないままになる。君自身の命も、全員の命も危うくなるぞ。ハルカだって、部活や勉強と両立しながら、ちゃんと俺達と訓練を――」

「あーもう、わかりました、やりますよ! やりますって!」


 それ以上粘る気にもなれなかった。咲良が渋々ながら訓練に参加する覚悟を決めると、焔は得心した様子で咲良の背中をバンと叩いてきた。


「よぉし、それでこそアニマライザーだ!」

「ちょっ、普通に痛いんですけど! ていうかセクハラでしょそれ!」

「む、すまん。だが訓練はこんなものじゃ済まないぞ?」


 ――何が「済まないぞ?」だ、熱血オヤジめ。


「はぁ……わたしも先輩みたいに逃げよっかなぁ」

「なんだ、そういう相手がいるのか?」

「いませんよ! ほっといてくださいっ!」


 やっぱり地獄かもしれない、ここは。

 光璃達の同情をはらんだ視線を浴びながら、咲良は、この人を少しでもまともな大人かもしれないと思ってしまったことをただひたすらに後悔していた――。

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