第3話 落涙!先代ピンクの思い(1)


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 先輩。先輩。お元気ですか。

 一人暮らしには慣れましたか。彼氏さんとは順調ですか。それは良うございましたね!

 こっちはアナタのせいで大変なんですよ!



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「何言ってんの。そんなのダメに決まってるでしょ」


 予想しきっていた母親の答えに、咲良さくらは「だよね」と手短に答えて目を伏せた。トーストを一口かじり、テレビから流れる朝のニュースにちらりと意識を傾けかけたところで、母がキッチンから追撃をかけてくる。


「女の子がバイクなんて危ないわよ。ケガしたらどうするの。それに、アンタ受験生になるのにそれどころじゃないでしょ」

「……だよねー」


 今朝二度目の「だよね」を繰り返し、咲良はテレビを眺める。奇しくもキャスターはバイク事故のニュースを読み上げていた。自分と同い年の高校生が無免許でバイクの二人乗りをし、自損事故を起こしたらしい。


「ホラ見なさい。ママはバイクなんて絶対反対だからね。どうしても免許取りたいなら、せめて大学入ってから自分でバイトでもして取りなさい」

「……うん」


 母に生返事を返し、トーストを咀嚼しながら、咲良はぼんやりと考える。仮面マスクで正体を隠していても無免許運転はダメだろうな、とか。大学生になっても自分は戦士をやっているんだろうか、とか。

 と、そこで、母から思いもしなかった言葉が飛んできた。


「咲良、アンタ、変な男の人にたぶらかされてるんじゃないでしょうね?」

「え? 何それ」


 どきり、と動揺を隠せない咲良の心に、母が妙にマジな眼差しで疑惑のくさびを打ち込んでくる。


「ホラ、よく聞くじゃない、男の人と付き合っていきなり趣味が変わる子とか。だって、アンタが急にバイクなんて言い出すの、おかしいじゃない。男の人に影響されてるんじゃないの?」

「……別に、そんなんじゃないよ。彼氏なんかできないし」


 母の視線から逃げるように、咲良はテレビのほうに視線を戻した。

 もっとぶっ飛んだ理由があるのだと明かしたら母はどんな顔をするだろう、と思う。もちろん、アニマライザーになってしまったことなど、親にも誰にも告げてはいなかった。


「部活の先輩がちょっと乗ってたって言うから、わたしもいいかもって思っただけ」


 咲良は内心の焦りを隠しながら言い訳を捻り出した。ギリギリ嘘はついていないはずだった。仲間達の話を聞く限りでは、先代ピンクであるハルカは、途中から自分でバイクに乗っていたらしいからだ。もっとも、親に言って免許を取っていたのかどうかまでは、咲良には知るよしもない。


「だけど、こないだもアンタ、参考書買うって言って買わずに帰ってきたでしょ。実はこっそり男の人と付き合ってるんじゃないでしょうね?」


 今日の母はやけにグイグイと突っ込んでくる。やはりバイクの話なんてダメ元でもしないほうがよかったか、と後悔しながら、咲良は無意識に口をとがらせていた。


「もしそうだったら、ママに何か関係あるの」

「関係大アリよ。別に、いいのよ、アンタが誰と付き合ったって。ただ報告はきちんとしなさいねって言ってるの。ママ達の知らないどこかの誰かと付き合ってて、いつの間にか事件に巻き込まれてました、とか困るからね。なんたって、アンタ、まだまだ自分で自分を守れない歳なんだから」

「……はぁい」


 母の真剣ガチな目に見据えられ、咲良は何かから逃げるように野菜ジュースのグラスをあおった。

 事件にならとっくに巻き込まれているのだけど。自分どころか地球を守らされているのだけど――。

 そんなこと、間違っても親に言うわけにはいかない。


「それで咲良、今日はママ、パートの日だから、晩ご飯は――」


 母が言いかけたところで、咲良がポケットに仕舞っていた変身携帯アニマフォンからいきなり大音量の着信メロディが溢れ始めた。咲良は慌てて席を立ち、リビングから廊下に出る。「何よ」という母の怪訝そうな声を振り切って、自分の部屋に戻ってドアを閉め、咲良はやっとアニマフォンを耳に当てた。


怪人ツクモーガ発生だ。すぐに出られるか、咲良』


 あのおっさんの声だった。我らがアニマライザーのリーダー、竜崎りゅうざきほむらの。


「はぁ、まぁ、行けますけど……」

『よし。場所は――』


 焔が無駄に暑苦しい声で怪人の出現場所を告げるのを聴き、間違いなく通話が終わったのを画面で確認してから、咲良は胸の底から大きく溜息を吐き出した。

 今日もまた過酷な戦いで一日を潰されてしまう。今日こそは体操部の自主練にも出て、それに、この前見られなかった参考書も見に行こうと思っていたのに……。


「咲良、アンタ、やっぱり男の人と――」


 最低限の身だしなみと最小限の持ち物だけで部屋を飛び出した咲良を、母が玄関まで追いかけてくるが。


「そんなんじゃないから。心配しないでっ」


 動きやすさ優先のスニーカーを急いで履き、咲良は母の顔も見ずに家を出た。母の疑惑の通りだったらどんなにいいか、と思いながら。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 怪人ツクモーガが現れたのは、人気のデートスポットとして知られる海浜公園だった。

 電車でのんびり向かっているわけにもいかないので、咲良は人目につかないところでピンクライザーに変身し、空を飛んでその場所を目指した。戦う前からエネルギーを消耗してしまうが、バイクに乗れない咲良には他にどうしようもない。


「ローックロックロック! カップルども、この錠前じょうまえツクモ様の錠前ロックを食らうロック!」


 東京湾を望む海浜公園は既に地獄絵図と化していた。錠前の付喪神つくもがみらしき怪人が全身からビームを放つと、デッキに居たカップル達に次々と巨大な錠前が襲いかかり、二人をまとめて縛り上げてしまうのだ。


「酷いことを……!」


 錠前に縛り上げられて苦しむ人々の表情が空からもよく見える。望まずして戦士になった咲良にだって、人々を傷付ける怪人ツクモーガの所業を許せないと思う気持ちくらいはある。

 カップル達が我先にと逃げ惑う中、咲良は光の翼をたたんでデッキに降り立つ。それと時を同じくして、仲間の四人も各々のバイクでその場に駆け付けてきた。


「むっ、出たロックな、アニマライザーども!」

「ツクモーガ! 罪のないカップル達を苦しめる貴様の悪事、俺達が許さん!」


 無駄に暑苦しく声を張り上げて、ほむら変身携帯アニマフォンを手に歩み出てくる。疾人はやと大地だいち光璃ひかりもその横に並び、アニマフォンを構えた。


幻獣変身アニマライズ!」


 神秘のメロディが天地の精霊に呼びかけ、四人の身体を各々の色の強化スーツが覆う。咲良も仲間達と並ぶ位置に駆け寄った。


「行けっ、戦闘員ツッキー!」


 怪人ツクモーガの叫びに応じ、棍棒を持った戦闘員がわらわらと地面からき出てくる。戦闘員の鳴き声と人々の悲鳴が混沌となって響く中で、レッドが無駄によく通る声で指示を飛ばしてきた。


「俺と疾人で敵を押さえる。光璃と大地はヤツの技を受けた人達の救出を。咲良は避難を誘導してくれ!」

「は、はいっ」


 咲良は反射的に返事をしていた。人々を戦場から無事に逃がすことも戦士の大事な役目だと聞いていたし、まだ戦闘に不慣れな咲良に優先してその役目が振られるというのも、以前のミーティングで既に言われていたことだった。


「皆さんっ、こっちです! 慌てず逃げてください!」


 咲良はピンクライザーへの変身を解かないまま、デッキの上を逃げ惑う人達に必死で手を貸した。視界の向こうでは、大地グリーン光璃イエローが共通武器の可変剣ライズカッターで巨大な錠前を次々と壊し、カップル達を救い出している。

 解放されて逃げてくるカップル達は、大抵は互いの手を堅く握り合っていた。それを見て、自分は何をやっているのだろう……と思わないでもないが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「ここは危ないです、早く逃げてっ!」


 避難誘導は思うようには進まなかった。多くの人が我先にと逃げてくる一方で、なかなかその場を動こうとしない人達もいるのだ。足がすくんで動けないのはまだマシで、中には能天気に怪人やレッド達にスマホを向けている連中までいる。咲良一人でそうした人達全てをさばくのは骨の折れる作業だった。だが、他の四人は戦闘や救出にかかりきりで、一番簡単な持ち場であるはずのこっちを助けてくれなんて到底言えるはずもない。


「もう! 写真撮ってる場合じゃないでしょ!」


 バカップルの肩を叩いて退避を促し、咲良は戦場を見渡す。そして、まさにその時、視界に捉えた。レッド疾人ブルーの連携攻撃を巧みにかわした怪人ツクモーガが、逃げ惑うカップルの一組に向かって、新たな錠前を飛ばしてくるのを。


「危ない!」


 咲良は咄嗟にホルスターから可変剣ライズカッターを抜き、地面を蹴った。身体が勝手に動いていた。背中がかっと熱くなり、光の翼が咲良の身体を宙に舞わせる。今にもカップルの身体を捉えようとする巨大な錠前に、空から突っ込んで剣を浴びせる瞬間、咲良は見た。恐怖に縮み上がる男性の手を引いて、女性のほうが彼を庇うようにして地面に倒れ込むのを。

 錠前は空中で咲良の剣に叩き斬られ、ばしゅっと音を立てて消滅した。咲良はそのままデッキに降り立ち、思わずカップル達を振り返った。自分の見間違いでなければ、彼氏を庇って倒れ込んだあの女性は――。


「ハルカ先輩!?」


 やはり間違いではない。間一髪で難を逃れたカップルの一人は、咲良にアニマライザーの使命を押し付けた張本人。同じ部活の先輩だったハルカその人だったのだ。


「え……?」


 正体不明のピンクライザーがハルカの名を呼んだことに驚いたのか、彼氏がこちらを見上げて目をしばたいている。ハルカもこちらに視線を上げてきた。仮面マスクのゴーグル越しに、かつてこの仮面マスクを被っていた本人と目が合った。

 この先輩には言いたいことが山のようにある。だが、それより何より咲良の意識の表層に閃いたのは、助かった、という一言だった。

 今は避難誘導の手が足りなくて困っていたところだ。元戦士のハルカならこの場で頼りにできる。もう変身する力は失っているとはいえ、現に今も彼女は、錠前から逃れようと果敢に彼氏の手を引いてみせたじゃないか。


「先輩、避難誘導を――」


 だが、咲良が言いかけたとき――


「いやっ! コワイ!」


 ハルカは、咲良が聞いたこともないような、甲高く裏返ったような声を発し――


「ユーヤ君、早く逃げよっ。あたし怖いっ」

「あ、ああ……」


 戸惑う彼氏に抱え起こされ、作ったような頼りない走り方で、彼とともにその場を後にしてしまった。咲良のほうを一度も振り返ることもなく。


「そんな……先輩……?」


 呆然と立ち尽くしているような余裕はなかった。まだ逃げ切っていない人達がいる。錠前から逃れてくる人達の誘導を続けながら、咲良は今のハルカが見せた行動の意味を必死に咀嚼しようとしていた。

 戦士だった者がその記憶を失ってしまう、などということはないはずだ。ハルカは自分の口で咲良にアニマライザーのことを説明してきたのだから。それに、即座に彼氏を庇って倒れ込んだ彼女の身のこなしは、間違いなく元戦士としての技能の発露だったはずだ。

 だとすれば……。まさか、あの人は、彼氏の前でか弱い女子のふりをするためだけに、咲良わたしを知らんぷりしたのか……? 後任のわたしが必死に戦っている前で、自分だけは彼氏に幻滅されたくなくて……?


「何よそれ……! ふざけないでよ……!」


 やっと全ての人を逃がし終え、一息ついたところで、ふつふつと先輩への怒りが咲良の中に沸き上がってきた。ただでさえ……ただでさえ、彼氏とになるのを我慢できなくて、自分に戦士の使命を押し付けてきたくせに……!


「何がふざけているんだ、咲良?」


 ひらりと咲良のそばに降り立ったレッドが問うてきた。いつの間にか、ブルーもグリーンもイエローも彼の周りに並び立ち、戦闘員を全滅させられて慌てる怪人ツクモーガにぎらりと睨みを利かせていた。


「アナタには関係ないです!」


 咲良が思わずレッドに声を上げてしまったところで、怪人がじりっと後ずさった。


「おのれ、アニマライザーども! 覚えているロック!」

「待てっ!」


 レッド達がすぐさま追撃しようとするが、既に遅く。状況を不利と見たらしき怪人は、地面に沈み込むようにしてその場から姿を消してしまった。


「くっ、逃がしたか……!」


 焔に続き、疾人達も一斉に変身を解く。咲良も仲間達にならって変身を解いた。まだ冷たい春先の風が、海の匂いとともにショートヘアを煽った。


「皆、基地で作戦会議だ。ヤツが次に現れたときの対策を考えよう」


 焔が一同に指示を出す。他の皆は異論ないようだったが、しかし、咲良にはどうしても納得いかないことがあった。

 ハルカと顔を合わせることはもうないと思っていたが。現に会ってしまった以上、色々と問い詰めてやらないと気が済まない。


「スミマセン、わたしちょっと、作戦会議はパスで」

「何だって?」

「あとでラインで送っといてください!」


 ほとんど後先も考えず、咲良は駆け出していた。

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