第2話 衝撃!幻獣戦団の真実(3)
「今日も五人の絆の力で
天上界に帰ってゆく幻聖獣達を見送り、変身を解いた直後、
「……はぁ」
咲良の適当な生返事にも焔は何故か満足げに頷き、メットを被ってドラゴンのバイクに跨る。
「すまんが、俺はバイトに戻らなきゃならない。ミーティングは
「はいはい、仰せのままに」
イエローの光璃は余裕の笑みを含んでリーダーを見送り、風を切るその背中が十分に見えなくなったところで、三人に振り向いた。
「じゃ、堅苦しいミーティングとか抜きにして、ぱーっとファミレスで打ち上げしましょ」
「やりぃ、そう来なきゃ」
「光璃どのは中間管理職の鑑でござるな」
各々のバイクをエレメントクリスタルに収納し、疾人達が歩き出す。光璃に「おいで」と手招きされ、咲良も安心して三人の後に続いた。
戦いが終わったあともミーティングがあるのだと思うとウンザリしていたが、なかなかどうして、この光璃という女性は有能な副リーダーらしい。
無人と化したペデストリアンデッキを歩きながら、彼女は咲良に引き続き声を掛けてくれた。
「咲良、大丈夫? 疲れたでしょ」
「はい……。でも、光璃さんこそ」
今日は彼女が一番長く戦っていたはずなのに、長身にポニーテールの切れ長美人の彼女は、なんでもないように言うのだった。
「まあ、あたし達はもう慣れてるからねー。でも、あたしも最初の頃は今の咲良みたいだったよ。今からちょうど五年前かな……あたしもアニマライザーになった頃は高校生だったの」
「そうだったんですね……」
五年、という重みを持った言葉が咲良の心に影を落とす。たった二回の戦いでこんなにも心身ともに疲れ果てているのに、あと五年続けろと言われたら、自分はどんな気持ちになるだろう。
「やぁ、見てみたかったでござるなあ、その頃の光璃どのを」
疾人と一緒に前を行く大地がそんな茶々を入れてくるので、咲良もそれに頷いてみた。
「光璃さん美人だから、きっとモテてたんでしょうね」
「ぜーんぜん。あたし剣道部でね、今より女捨ててたし、それにアニマライザーになった時点で恋愛なんてできないもん」
周囲にまだ人影が見えないからか、光璃は普通の声量のままさらりとそう言った。
当時の彼女の心情を咲良は想像する。あのおっさんは五年前からあの調子だったのだろうか。そもそも、アニマライザーが恋愛をしてはならないというのも、あの暑苦しいリーダーが決めた掟なのだろうか。
「こっそり彼氏作ろうとしたこととかないんですか? ほら、アイドルだって裏ではみんな男作ってるって言うじゃないですか」
「ないって、ないって。そりゃ、いいなって思う人くらい居たけど、でも、付き合ったってしょうがないでしょ。何もできないんだから」
えっ?と咲良が首をかしげたところで、疾人と大地が自嘲めいた笑いを微かに漏らすのが聞こえた。アニマライザーの名を出すときにも声をひそめなかった光璃が、そこで急に声のトーンを落としてきた。
「咲良もその歳なら想像できるでしょ? 付き合っちゃったらさ、手繋いでデートしたりとかだけじゃ結局満足できなくなりそうじゃない。何人もそれで力を失っちゃうのを見てきたし、あたしの前任もそうだったからさ。だからあたしは決めてんの。そもそも誰とも付き合わないって」
「え……力を……って……?」
光璃の真剣な声に咲良は混乱するばかりだった。付き合ったら手を繋ぐだけでは満足できなくなる――それ自体はわかる。電車内で見知らぬ男子達が話していたような、つまりそういうことを男も女も望んでしまうというのは。
だが、それで力を失ってしまうというのは? 光璃は一体、何の話を……?
「え、咲良、ひょっとしてハルカから聞いてないの?」
「な、何を……?」
「アニマライザーは純潔の者しか変身できないの。だからハルカはああなって力を失って、代わりに咲良が選ばれたんでしょ」
「え……えぇぇ!?」
咲良は思わず立ち止まって声を上げてしまった。光璃が目をぱちぱちとさせる後ろで、疾人がはぁっと溜息を吐き、大地がぐふふと笑っている。
「ハルカのヤツ、そんな大事なこと言ってなかったのかよ。どうりで話が噛み合わないと思ったぜ」
「だから、本来、戦士には拙者のような者が適任なのでござる。拙者ならアニマライザーになろうとなるまいと女子と縁がありませんからな」
「え……ちょっと待って、じゃあ……」
咲良の脳内では色々な混乱が渦巻いていた。あの先輩、彼氏とやっちゃうのを我慢できなくてわたしに使命を押し付けてきたのか……とか。大地はともかく疾人も光璃もまさかの未経験なのか……とか。自分もこの先、アニマライザーとして戦い続ける限り、誰か素敵な男性と出会ってもそういうことはできないのか……とか。
いや、そんなことより。
もっとずっと恐ろしい事実がある。アニマライザーは純潔の者しか変身できない、ということは――。
「じゃ、じゃあ……あの人、あの歳で――!?」
咲良が恥ずかしくて言えないその続きを、三人は容易く察したようで。
「まあ、そういうことよ」
「焔どのは
「つって、俺はあの歳まで童貞は御免だけどな。だからさっさと
目の前が真っ白になってゆくのを感じながら、咲良は三人の言葉をやっとのことで
いつかどこかのフードコートで聞いた、イケてる他校の子達の会話が、ふと記憶の奥底から立ち上がってくる。
『ミクの彼氏さ、六つ上の社会人って言ってたじゃん。こないだとうとうやったらしいんだけどさ』
『マジ? どうだったって?』
『それがさ、マジウケんの。彼氏、そんな歳にもなって童貞だったんだって』
『マジで!? 超ウケる』
『マジ気持ち悪くない!? 普通に生きてたら高校かせめて大学の内に卒業するっしょ』
『だよね。ウチの彼氏、初体験、中学って言ってたし』
『ハタチ超えて童貞とかマジ有り得ないわー』
咲良は気付けば小さく首を振っていた。有り得ない。経験人数が両手に収まらなそうな異世界の住人達の言葉に何から何まで同意するわけではないけれど、それでもやっぱり、受け入れがたいことに変わりはない。
おっさんで、暑苦しくて、汗臭くて、おっさんで、バイトで、おっさんで、その上……。
「咲良、大丈夫? そこまでショック受けるとは思わなかったなー……」
「逃げ出すなら今の内ですぞ」
「つっても、自分から力を返上するとか無理だろ。やっちまって脱落する以外にパターンなくね?」
咲良の聴覚はもう、仲間達の声を半分くらいしか捉えていなかった。
三十路にもなる男性に、女性経験がない――
それは、年頃の女子である咲良が彼に嫌悪感を覚えるには、十分すぎる事実だった。
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