第2話 衝撃!幻獣戦団の真実(2)

「――本来、怪人ツクモーガとの戦いってのは、一年もあれば終わるらしいんだがよ」


 鷲獅子グリフィンかたどったバイクを駆る疾人はやとの腰に必死でしがみつき、咲良さくらは風切り音に混じって聞こえる彼の声を縮み上がる意識の片隅で聞いていた。自転車と親の車にしか乗ったことのなかった咲良にとって、人のバイクの後ろで風を切るのは恐ろしく怖い体験だった。


「五十年とか百年に一回、敵が発生するたびに戦士が集められて、一年ほどで敵を全滅させて解散。それがフツーらしいんだけどよ。今回は異常事態なんだってさ。倒しても倒しても敵の出現が収まらねーんだ」

「そ、そーですか……!」

「疾人どの。咲良どの、だいぶグロッキーな様子ですぞ」


 雄牛タウロスのバイクで並走する大地がそんなことを言っているのを、かろうじて咲良の強化聴力が捉える。


「まあ、自分で運転するより怖ぇーよな」

「そ、そうなんですか……!?」


 大丈夫だとわかってはいても、今にも身体が放り出されそうに感じてしまう。

 疾人と大地だけではなく、イエローの光璃ひかりも、もちろんあの暑苦しいおっさんも、戦場への移動には幻聖獣げんせいじゅうの力を宿したこのバイクを乗りこなすという。

 バイクの免許って何歳から取れるんだっけ、と咲良は馴染みのない常識を頭の中で探ってみる。自分もいつかは運転を覚えなければならないのだろうか。本当に自分で運転する方が怖くないのだろうか。


「とにかく、俺達はみんな異常事態の犠牲者なんだよ。ホラ、テレビのヒーロー物とかも一年で終わるだろ。それがフツーなんだよ。なんか、オッサンが言うには、現代文明の自然破壊のせいだとかってよ!」

「拙者達は人類全てのツケを払わされているのでござる」

「そーですか、もう、なんでもいいですっ!」


 敵との戦いがどうこうより、今はとにかくこのバイクに乗っている時間が早く終わってほしかった。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 やっとのことで辿り着いた戦場では、平和なカフェテリアを蹴散らして暴れる怪人ツクモーガ戦闘員ツッキーに対し、既にイエローライザーが単身で戦いに入っていた。

 逃げ惑う人々と敵群の間に滑り込むように、疾人と大地がバイクを急停止させる。ふらふらになりながら咲良はバイクから降り、痺れきった手でヘルメットを脱いだ。きっと髪がぺたんこになってしまっているだろうが、今はそんなことを気にしている余裕はなさそうだった。


「遅いわよ、みんな!」


 個人武器のドリル剣で戦闘員ザコをまとめて薙ぎ倒し、イエローが三人に声を上げる。それが文句を言っているのではなく、いわば戦士の符丁みたいなものだということは、咲良にも何となく察せられた。


「ジーリジリジリ! 来たな、アニマライザーども!」


 ひと目見て公衆電話の付喪神つくもがみとわかる緑色の怪人が、受話器を模した大きな腕でびしりと咲良達を指差してくる。そういえば公衆電話って使ったことないなあ、と咲良が思ったところで、


「あれ、オッサンは?」


 自分と咲良のヘルメットをバイクのミラーに引っ掛けながら、疾人が戦場を見渡して言った。イエローがザコ退治を切り上げて三人のそばに合流してくるが、レッドの姿はまだどこにもなかった。


「ジリ? 一、二、三、四……四人しか居ないジリ。あとの一人はどうしたジリ!」

「だからそれは俺が今言ったんだよ」


 怪人ツクモーガと疾人のそんなやり取りも束の間、新たなバイクのエンジン音がすぐに近付いてきた。「待たせたな!」と暑苦しい叫びとともに咲良達の眼前に滑り込んだ一つの影は、巨龍ドラゴンの意匠のバイクからひらりと降り立ち、汗を散らしてメットを取り去った。

 炎のようにうねった黒髪が風に揺れる。おっさん臭い汗のしずくを浴びたくなくて、反射的に身を引いたところで、咲良はふと気付いた。俺達アニマライザーが揃ったからには覚悟しろ、とか何とか敵に向かって暑苦しい声で言い放つ彼が、何故かコンビニの店員の制服を羽織っていることに。

 どうしてそんな格好を――と、咲良の脳裏に浮かんだ疑問に答えるように、彼が仲間達にちらりと振り向いて言う。


「すまん。バイトを抜けるのに手間取ってな」

「えぇ、レッドさんってバイトなんですか!?」


 思わず声を上げてしまった咲良に、疾人と大地が何とも言えない顔を向けてきた。イエローが腰に手を当てて小さく笑う横で、当のおっさん――ほむらは何でもないような顔で「ああ」と咲良に頷いてくる。


「コンビニとビデオ屋を掛け持ちしているんだ。時間の融通が効きやすいからな」

「はぁ」


 別に聞いてないし、と言いたくなるのを咲良はギリギリのところで抑え込んだ。

 このおっさんがどんな生活をしていようとどうでもいいが、しかし、三十路にもなって定職に就いていないというのが、なんというか、いわゆる普通の大人じゃないことくらいは咲良にもわかる。


「もっとカタい仕事してるんだと思ってた……」

「カタい仕事なんかしてたら世界を守れない。行くぞ、皆!」


 どこからともなく取り出した変身携帯アニマフォンをじゃきんと構え、焔が一歩前に出る。疾人も、大地もそうするのを見て、咲良はとりあえず煮え切らない気持ちを振り切って自分もアニマフォンを構えた。


幻獣変身アニマライズ!」


 焔達と声を合わせ、咲良もアニマフォンを天に向けて突き上げる。鳴り響くメロディは、天地の精霊へ呼びかける現代のシャーマンの言霊ことだま。聖なる元素エレメントが幻獣の形をし、強化スーツと化して四人の身体を覆う。

 律儀に慌てた素振りを見せる怪人ツクモーガの前で、イエローを加えた五人の戦士が並び立つ。


「ドラゴンブレイブ、レッドライザー!」

「グリフィンプライド、ブルーライザー!」

「タウラスタフネス、グリーンライザー!」

「ユニコーンワイズ、イエローライザー!」

「フェニックスハート、ピンクライザー!」


 聖なる力に導かれるがまま咲良も名乗りを上げた。スーツに包みきれない元素エレメントの奔流が、各々の背後で五色の爆炎を放つ。


きらめく正義のエレメンツ! 幻獣戦団! アニマライザー!」


 一際巨大な爆発を背負い、五人は敵に向かって見得を切った。咲良の全身にも力がみなぎるのを感じる。強化スーツを媒介にして、大自然の精霊達の力が流れ込んでくるのだ。

 目の前には邪悪な怪人と戦闘員達の姿。戦うことはまだ怖い。だけど――

 この前と比べると、少しはような気もする。


「ドラゴンブレイカー!」


 激しい叫びとともに、レッドが龍の大剣を構える。


「グリフィントンファー!」

「タウラスアックス!」

「ユニコーンセイバー!」


 ブルーがトンファーを、グリーンが斧を、イエローがドリル剣を次々と構えていくのにならい、咲良も自分の個人武器の巨大な鉄扇を手元に出現させた。


「フェニックスファン!」


 誰に教わるでもなく名前は意識に流れ込んできた。扇をファンと呼ぶことなんて咲良は知らないのに。


「ジリジリジリ! お前ら、まとめて断線にしてやるジリ!」


 よくわからないことを言いながら、怪人ツクモーガが戦闘員を引き連れて襲いかかってくる。「行くぞ、咲良!」――とご丁寧に自分にだけ呼びかけてくるレッドに続き、咲良は戦闘員の群れの中に鉄扇を構えて突っ込んだ。


「ツッキー! ツッキー!」

「っ!」


 戦闘員の振り回す棍棒に思わず身を引いてしまう。だが、苦し紛れに振り抜いた鉄扇は確実に敵の身体を打ち砕いた。ゴミ袋とダンボールを組み合わせたような戦闘員の身体が、文字通り塵芥ちりあくたに変わって戦場に消える。

 やった、と思った次の瞬間、新たな敵の棍棒が別方向から咲良を狙っていた。ギリギリのところでそれを鉄扇で受け止め、咲良は一歩後ずさる。二体まとめて飛び掛かってくる敵を、横薙ぎの鉄扇でなんとか迎え撃つ。


「その調子だ! 戦えるようになったじゃないか、咲良!」


 ドラゴンブレイカーで怪人ツクモーガの受話器ハンドと切り結びながら、レッドが暑苦しい激励の声を飛ばしてくる。咲良は何も言葉を返せなかった。おっさんと会話するのが嫌だとかではなく、単純にそんな余裕がなかった。


「やだやだやだ、もう!」


 鉄扇のフチで切っても切っても、次から次へと新しい戦闘員が向かってくる。全ての棍棒の打撃を防ぎ切ることはできず、強化スーツで吸収しきれない衝撃がリアルに咲良の心身を痛め付けてくる。

 ゴーグル越しにちらりと周りを見やれば、ブルーも、グリーンも、イエローもそれぞれの武器を手に戦闘員との戦いに必死だった。手が空く瞬間などあるはずもない。怪人と戦っているレッドは言わずもがな――


「トアアァッ!」


 ――もとい、咲良に向かって棍棒を振り上げた数体の戦闘員を、その後ろからドラゴンブレイカーの一閃がまとめて斬り裂いていた。


「レッドさん――」

「貸してみろ、咲良!」


 赤い影がひらりと跳躍して咲良のすぐ隣に降り立ち、鉄扇を持った咲良の腕を横からがしりと掴んできた。強化スーツ越しに伝わる力強い感触に、えっ、と咲良が驚いた瞬間。


「フェニックスファンは、こう使うんだ!」


 ぎゅん、とレッドの手が咲良の腕を持ち上げ、巨大な扇に空気を含ませて振り下ろす。かっと身体が熱くなるのを咲良が感じたかと思うと、風の元素エレメントを宿した紅色の強風がたちまち鉄扇から放たれ、迫り来る戦闘員をまとめて吹き飛ばした。


「っ……!」


 自分の身体を風のエネルギーが吹き抜けたかのような感覚。フェニックスファンから繰り出された強風に押し返され、戦闘員だけでなく怪人ツクモーガまでもが、「電話線は強風に弱いのジリ」とか何とか言いながら苦しそうによろめいていた。

 知らなかった。この武器に、というか自分に、こんな力があったなんて――。


「よし、今だ! 五つの力を一つに!」


 いつの間にか戦闘員達を蹴散らしてそばに集まっていたブルー達が、各々の個人武器を次々とレッドのドラゴンブレイカーに合体させていく。今の攻撃の驚きをまだ隠せないまま、咲良も鉄扇をレッドに差し出した。五つの武器が一つに重なり、ドラゴンブレイカーを中核とする巨大な合体剣が完成する。


五連剣ごれんけん! エレメントカリバー!」


 大きく剣を振りかぶるレッドの肩に、ブルー、グリーンが両手を添える。ブルーの肩にイエローが、そしてグリーンの肩に咲良が手を添えた。


「邪悪の魔物よ、無に還れ! エレメントカリバー・ビクトリーブレイク!」


 五人のスーツから溢れる元素エレメントの力が、激しく渦を巻いて剣に集まる。大上段からレッドが振り下ろす光の斬撃が、慌てふためく怪人ツクモーガをその頭上から一刀両断した。


「お掛けになった電話番号は……使われておりませェェん!!」


 敵の意味不明な断末魔を大爆発が飲み込む。だが、これで終わりでないことは咲良も知っている。この地上に渦巻く邪悪な気が、怪人ツクモーガに最後の命を与えるのだ。


「ウゥゥ……ガアァァアッ!!」


 撃破された怪人の身体を依代よりしろとする瘴気しょうきの集合体、物言わぬ魔物と化して、身の丈数十メートルの巨体がビル街に立ち上がる。


「また出やがったでござる……!」


 街を見下ろす敵の巨体を仰ぎ、グリーンが呟く。続いてレッドの暑苦しい声が咲良の意識に届いた。


「皆、 幻聖獣げんせいじゅうを呼ぶんだ!」


 レッドら四人は一斉にアニマフォンを手にしていた。前回教えられた通りに、フェニックスの力を宿すエレメントクリスタルをアニマフォンの上部にセットし、咲良も四人と一緒にそれを突き上げた。


「召喚! 幻聖獣ライズドラゴン!」

「ライズグリフィン!」

「ライズタウラス!」

「ライズユニコーン!」

「ライズフェニックス!」


 アニマフォンから発せられる召喚の詠唱メロディに応え、天上界にまう聖なる幻獣達が光の道を駆けて地上に降臨する。金属元素を取り込んで実体化した大自然の精霊達の依代よりしろ、メタリックなボディに各々の色の光沢を放つ巨大な獣達が。


「ハッ!」


 皆に続いて咲良も跳躍し、ライズフェニックスの頭部に吸い込まれた。先日の初陣でもそうしたように、光に包まれた搭乗空間コクピットに立ち、操縦用の球体に両手を添える。球体を通じて精霊達と心が繋がるような不思議な感覚がして、ライズフェニックスの視界が咲良の仮面マスクのゴーグルにも共有された。


「い――」


 行くよ、と咲良が言おうとするより先に、フェニックスは大きく翼をはためかせて仲間の聖獣達とともに敵に向かっていた。

 レッドのドラゴンが天空から炎を吐きかけ、敵が怯んだところへブルーのグリフィンが飛び掛かって食らいつく。グリーンのタウラスの重量級の突撃が、イエローのユニコーンのすれ違いざまのつのの一撃が、目まぐるしく敵にダメージを与えていく。

 咲良のフェニックスも命じるまでもなく動いていた。ぐわりと翼から暴風を撃ち出して敵を転倒させたかと思うと、翼のフチの斬撃で追い打ちをかける。咲良は前回と同じく、ただ搭乗空間コクピットの球体にしがみついていることしかできなかった。


「皆、合体だ! 幻獣げんじゅう合体がったい!」


 レッドの声が空間を通じて響く。とりあえずこれは言わなければならないのだと思って、咲良はブルー達と声を揃えて「幻獣合体」の掛け声コードを復唱した。

 五体の聖獣達が身体を重ね、天地を制する巨神へと組み上がってゆく。ドラゴンが胴体と巨大な翼に。タウラスが大地をうがつ両脚に。ユニコーンとグリフィンが空を引き裂く両腕に。

 そして最後に、咲良のフェニックスが、ドラゴンの形作る胸部に被さり、巨神の頭部を形作る。


「降臨! ライズタイタン!」


 気付けば咲良はレッド達と並んで搭乗空間コクピットに立っていた。ライズフェニックスの搭乗空間コクピットとは異なる、レッドを中心に五人が並ぶ広い空間だ。


「酔わないでよ? 咲良」

「まあ、バイクの後ろよりは怖くねーだろ」

「操縦は拙者達に任せるでござる」

「行くぞ!」


 四人が球体に手をかざし、精霊巨神ライズタイタンが燃える街を踏み分け進撃する。咲良は何をしたらいいのかわからず、とりあえず皆と同じように球体に両手を添えていた。最初はそれだけで構わないと、前回の戦いでも言われていた。


「ガアァァッ!」


 復活と引き換えに理性を失った巨大な怪人が、受話器の腕を振り回して襲ってくる。自らのモチーフになぞらえた台詞を吐いていた先程までのコミカルな姿とは、まるで別人のように。


「ドラゴンテイルソード!」


 真紅の龍の尾を大剣に変え、巨神の剣閃が敵の巨腕を受け流す。返す一撃で、真紅の刃が敵の巨体を袈裟懸けに捉える。


「グギャアァ!」


 怒り狂った敵が最後の力を振り絞って突撃してくるが――


「タウラスキック!」


 背中の翼でぐわりと宙に舞い上がったライズタイタンが、雄牛タウラスの力を宿した両脚で続けざまにキックを食らわせ、敵の反撃を完全に抑え込んでいた。

 そして、天地に満ちる自然の元素エレメントを両翼に取り込み、巨神が天高く飛翔する。両手で構えた龍尾の大剣に真紅のオーラがほとばしり、急降下の勢いを乗せた一撃が敵に降りかかる。


灼熱しゃくねつ剣技けんぎ! ブレイジング・ファイナル・クラッシュ!」


 必殺の斬撃を受けた敵の巨体が爆発四散し、振り向いたライズタイタンの背後で爆炎が天地を染め上げる。

 やっとのことで戦いの緊張から解放され、咲良がへなへなと目の前の球体に身体を預けると、やれやれ、などと仲間達が口々に呟くのが聞こえた。

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