第2話 衝撃!幻獣戦団の真実(1)

「聞いたか? 本田のヤツ、遂に彼女とらしいよ」

「マジで!?」


 昼下がりの電車内に見知らぬ男子達の声が響く。を侵食してくるその声に、咲良さくらは思わず眉をひそめた。

 吊革を握る自分の手に、心なしか汗が滲むような気がする。咲良に聴こえていることなどつゆ知らない様子で、私服姿の男子達は構わず下品な青春トークを垂れ流してくる。


「本田の彼女って、あのメッチャ可愛い子だろ。宮女ミヤジョだっけ」

「ああ。一個下の――」


 そこまで聞いたところで、咲良は慌ててショルダーバッグからイヤホンを引っ張り出した。彼らの会話に個人名が飛び出すよりも早く、スマホの音楽を大音量で耳に流し込む。

 まさか自分の通う高校の名前が出るなんて。生徒の人数を考えれば、本田君とやらの彼女が自分の知り合いである確率は低いだろうが、それでも、同じ学校の子のそんな話なんて知りたくない。

 ハタ迷惑な青春ボーイズが自分の方にちらりと視線を向けてきたような気がしたので、咲良はそれを振り切るようにスマホの画面に集中を決め込み、バクバクと暴れだす心臓を片手で抑え込もうと努めた。


 まったく、男子という生き物は、どうしてあんな話を人前で出来るのだろう。

 いや、それより何よりムカつくのは、聞きたくないと思いながらもついつい聞き耳を立ててしまった自分だ。きっと、本田君とやらとのがヨソの学校の子だったら、自分は得たばかりの強化聴力にものをいわせて彼らの話を聴き続けていたかもしれない。


 スマホの画面に目を落とし、イヤホンに溢れる音楽を意味もなく切り替えながら、咲良は小さく溜息をつく。

 電車の中でああいう話をする男子達はイヤだけど、歳相応の経験をフツーに積んでいく女の子のことは羨ましく思わないわけではない。

 春休みが明けたら自分も高校三年生。世間のジョーシキ的にはそろそろ彼氏の一人や二人いたっておかしくない年頃だ。クラスにだって彼氏持ちの子が何人もいるのだから、女子校通いは言い訳にならない。


 電車の揺れに身を委ねながら、咲良はブラックアウトした画面に映るショートボブ姿の自分をずっと見下ろしていた。

 受験で大変なのも、部活を頑張っているのも皆同じなのに、どうして自分には一度も彼氏ができないのだろう。今は先輩の代わりにアニマライザーになってしまってそれどころではないとはいえ、それまでにも恋愛経験が一度もないというのは、二十一世紀を生きる十七歳女子としてちょっとヤバイんじゃないだろうか。


(わたしだって、作ろうと思えば彼氏くらい……)


 煮え切らない思いを抱えて拳を握っていると、電車が目的の駅のホームに滑り込んだ。ワンピースの後ろを押さえてエスカレーターに乗り、大音量の音楽をやっと止めながら、例の男子達と同じ駅でなくてよかったと咲良は思った。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



 改札を出ると、咲良はまっすぐ駅前の大型書店を目指した。こんな自分でも一応受験生になるのだから、参考書くらいちゃんと見ておかなければならないと前から思っていたのだ。特に、これからは学校や塾の授業を満足に受けられないことになるかもしれないのだから。

 怪人ツクモーガは授業中でも待ってくれないから、と、自分にピンクライザーの使命を押し付けてきた先輩は言っていた。だったら受験から解放された彼女がずっとピンクをやり続けてくれればいいのに、と思わないでもなかったが、もう決まってしまったことに文句を言っても始まらない。


 大型書店の広大なフロアに足を踏み入れたところで、咲良はふと、そこに最近知り合ったばかりの顔を見つけた。


「あ……ブルーさんとグリーンさん」


 咲良の小声にすぐさま反応し、二人が振り向く。茶髪にピアスのほうがブルーの疾人はやとで、大柄で丸メガネのほうがグリーンの大地だいちだ。年齢は二人とも十九歳。……そう、戦団に入ったときに自己紹介されていたので名前は覚えているが、知り合ったばかりの男性をいきなり名前で呼ぶのは何だか抵抗があった。


「おや、咲良どの。奇遇ですな」


 グリーンの大地が手にしていた雑誌を棚に戻し、オタク特有の変な口調で咲良に呼びかけてくる。二人がいたのは入口近くの雑誌コーナーだった。咲良がもう一度「ブルーさん、グリーンさん」と呼びながら二人に近寄ると、ブルーの疾人が露骨に顔をしかめてきた。


「人前で色で呼んでんじゃねえよ。バレたらどうすんだ」


 周囲の人達には聞こえない声量でそう言われ、咲良はたちまちバツの悪さを感じた。確かに、自分だって人前で「ピンク」なんて呼ばれたくはない。アニマライザーの正体は、一応、秘密ということになっているのだから。


「買い物ですかな? 咲良どの」

「ちょっと、参考書を見に……。お二人は?」

「なに、疾人どのがアニメに興味があると言われるので、拙者が入門用の雑誌を見繕って差し上げようと」

「余計なこと言わなくていいんだよ。……ちょっと気になっただけだっての。妹が声優になるっつうからよ」


 へえ、と咲良は素直に頷いた。話の内容もさることながら、この二人がプライベートでも一緒に居ることがあるというのが何だか意外だった。

 いかにも今風の若者という見た目の疾人と、オタクを隠す気もなさそうな大地。真逆のように見える二人だが、意外と気が合う部分もあるのだろうか。


「……お二人って、意外と仲いいんですか?」


 咲良がおずおずと尋ねると、疾人はチッと小さく舌打ちし、思い出したようにぱたんと手元の雑誌を閉じた。


「オッサンがそうしろってうるせーからよ。チームワークが大事だからって」

「あー……」


 疾人の言葉と表情を通じて、咲良の脳裏にも、我らが幻獣戦団のリーダー――レッドのほむらの暑苦しい顔が蘇る。つい先日の秘密基地での「歓迎会」でも、上の喫茶店の出前を囲みながら、あの暑苦しいおっさんは五回も十回も戦士の使命を説き、二十回も三十回もチームワークの重要性を説いてきたのだ。

 それはまあ、五人揃ってアニマライザーなのだから、仲良くしなければならないというのは咲良にだってわかるのだが……。

 あの暑苦しいおっさんの存在さえなければ、せめてもう少し戦士の使命に乗り気になれるかもしれない、なんて思ってしまう自分を誰が咎められるだろうか。


「まあ、嫌なら辞めてくれても構わんのですぞ、咲良どの。早い内に交代するなら拙者達も情が移らなくて済む」

「いやぁ、そんな……そんなにすぐ辞めたりはしないですけど……」


 咲良は言いながら首を横に振っていた。いざ今のような言われ方をされると、さすがにそんな放り出し方はできないとも思う。自分に役目を押し付けてきた先輩だって、受験勉強と両立しながら一年間は戦ったのだ。


「……ほら、ハルカ先輩みたいに彼氏も出来る見込みないですし」

「マジでそうだったらいいんだけどな。クソッ、ハルカのヤツ、ふざけやがって」


 疾人のいきなりの悪態に咲良はびくりとした。何かよほどの地雷を踏んでしまったのだろうか。

 ややあって、疾人は周りの客の視線に気付いたのか、少し伏し目がちになってから雑誌を棚に戻した。


「疾人どの、買っていかんのですか」

「なんか、気分じゃなくなった。出よーぜ」

「え、わたしもですか!?」


 一度は抵抗を覚えながらも、咲良は結局、二人について書店を出た。

 参考書はいつでも買える。それより、アニマライザーとして戦わなければならない運命は変わらないのだから、せめてあの暑苦しいおっさんが居ない場で他のメンバーと話す機会を持っておくことは大事なのではないかと思った。



「ハルカも入ったばっかの頃は言ってたんだよ。自分は彼氏なんか作る気ないから、って」


 ハンバーガーショップのポテトをくわえながら、疾人は苛立たしげに吐き捨てた。彼の隣に座る大地も、一人だけハンバーガーをかじりながら、うん、と重く頷いている。


「あー、部活でもそう言ってました……。ていうか、ハルカ先輩、本当に彼氏とか全然興味なかったみたいですよ。今の彼氏さんに出会うまでは」


 咲良は向かいの二人に小さく目礼して、アイスティーにストローを差した。特に喉が渇いているわけではないが、せっかく奢ってもらった手前、とりあえず口をつけておく。


「結局、アイツは戦士の器じゃなかったってことなんだよ。地球を守ることより男と付き合うのを優先したんだぜ」


 戦士とか地球とか言うときには、律儀に疾人の声は小さくなった。彼に同調するように大地がうんうんと頷く。


「正直、拙者もハルカどのの去り際には失望したでござる。ほむらどのや光璃ひかりどのは、もう後輩の入れ替わりには慣れっこだからなのか、今さら怒りもしないようでござるが……」

「……まあ、彼氏と付き合いながらアニマライザーを続けるって選択肢もあったはずですよね」


 疾人にならって咲良が小声で言うと、疾人が「あ?」と険しい目で睨んできた。


「出来るわけねーよ、そんなこと。大地コイツの前に居たヤローだって、結局、最後は我慢しきれなくなってよ……クソッ、どいつもこいつも、舐めてんじゃねーぞ」

「がまん……?」


 戦士と恋愛を両立することなど出来るはずがないと言い切った疾人の言葉に、咲良は小さく首を傾げた。ハルカ先輩がそうしたがらなかったというだけで、別に、誰かと付き合いながら戦い続けたっていいのではないのか……?

 疾人が黙ってコーラを飲み、気まずい沈黙が流れそうだったので、咲良は自分から別の質問を掘り下げてみた。


「……お二人は、いつアニマライザーになったんですか?」


 アニマライザーは十年戦い続けている戦団だ。レッドだけはその結成時からのメンバーと聞いているが、この前の光璃イエローの口ぶりや、二人の年齢からすると、疾人や大地が加入したのはそれほど昔のことではないはずだった。


「俺はちょうど二年前だよ。忘れもしねえ、俺はその頃、バイト先の子とイイ感じになりかけてたんだぜ。それなのに、アニマライザーなんかに選ばれちまったばかりによ……」


 疾人の表情は、瞬間、それが昨日のことであるかのような悔しさの色に染まっていた。しまった、また地雷を踏んでしまったか――と咲良が縮こまりかけたところで、チッ、と彼は一際大きな舌打ちをした。


「こんなもん、モテねーヤツだけがやればいいんだよ。オタク戦団にすりゃいいじゃねーか」


 疾人に視線を向けられた大地が、デュフ、と変な笑い方をする。


「口ではそう言いながら、疾人どのは立派でござる。拙者のようなモテと違って、いつでも女子と付き合える身分でありながら、使命を優先して禁欲を貫いているのですからな」

「禁欲とか言うな。生々しいんだよ」


 笑っていいのかどうかわからず、咲良はとりあえず黙って二人のやり取りを聞いていた。それは確かに生々しい表現だった。先程の電車での男子達の話が無駄に頭にリフレインしてくる。

 自分で非モテと言っている大地はともかく、疾人だって、光璃だって、あのおっさんだって、まさか過去に一度も相手が居たことがないわけではないのだろうが……。話を聞いている限り、戦士の掟なのか何なのか、アニマライザーになってからは恋人を作らずにいるようだ。それがどれほどの忍耐を要することかは、咲良にだって理解できるつもりだった。


「……皆さん、大変なんですね」

「ヒトゴトじゃねーぜ。さっさと怪人ツクモーガを全滅させて、戦いを終わらせねーと、俺達もお前もずっと……」


 疾人がそこまで言ったところで、出し抜けにその場に着信音が鳴り響いた。手慣れた様子で変身携帯アニマフォンを取り出す二人を見て、咲良は慌ててバッグの中から自分のアニマフォンを探り当てる。


『みんな、怪人ツクモーガ発生よ!』


 それは光璃イエローからの招集連絡。束の間の日常の終わりを告げる戦いの号砲だった。


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