調査隊に起きたこと

調査隊10名 うち聖堂騎士2名 隊長レグス


「ホントウに大丈夫なんですかね」

「何がだ」


 移動用の馬車に揺られながら、男は今日何度目か分からなくなったため息混じりの返答をする。部下の情けない言葉も、男のため息と同じ数だけ繰り返されていた。

 だから、部下の次の言葉もやはり繰り返しだった。


「なにがって、こんな数でいいのかってことですよ————うわっ!」


 馬車の強い揺れに、男の部下が悲鳴をあげる。悪路を進む以上は当然のことだが、特に男たちを運ぶ馬車は衝撃を吸収する機構にガタが来ているらしく、悪路の凹凸を臀部を通して正確に理解できるほどだった。

 とはいえすでに目的地にかなり近づいている。いい加減にこの揺れにも衝撃にもとっくに慣れていいのではないかなどと、つい悪態をつきたくなるのを堪えたのは、はて、やはり何度目かも分からなかった。


「シマク、これで何度目だ。そろそろくどいぞ——いや、とっくにくどい」

「だって考えてみたらアブナイないじゃないですか! あのナクラム様がとっさに攻撃したんですよ⁈」


 部下シマクのわめき声に、車内の隊員たちの視線が集まることを、男は内心舌打ちと共に認めた。

 こいつの弱気は伝染し得る。それを防ぐためにも、男は声量を上げなければならなかった。


「そうだ! そしてその攻撃によって、脅威は無力化された! ゆえに我々の任務はあくまで調査になっている訳だ! 聖堂から応援の聖堂騎士も来ている。それは聖騎士が必要となることはないと、聖堂が判断したからに他ならない! シマク。お前は司教の判断に異を唱えるのか?」

「い、いえ……そうでは、ありませんけど……」


 シマクの声が尻すぼみになるのを確認してから、男はやれやれと、また長いため息を吐いた。こんな言葉の効果も一時的なのは、ここまでの道中で嫌と言うほど分かっている。男にできるのは、シマクがまたグチグチ言い出す前に目的地に着くことを祈ることくらいだった。


 荷馬車よりマシという風の車内に視線を向けると、もう他の隊員らはこちらから興味を外し、自分の世界に埋没して揺られていた。

 ガタンッと、再び馬車が揺らされ、小さな悲鳴が1人分。男は意識してため息を飲み込んだ。



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「レグス隊長。もう僅かで目標地点です」

「……ん」


 突発的な調査任務への対応のために、徹夜で引き継ぎを済ませた疲れからなのか、男——レグスは馬で並走している聖堂騎士の声で目を覚ました。夢を見た気がしないその眠りは、まるで瞬きの間に瞬間的に移動したのではないかと錯覚させた。


 声のした方へ首を回すと、騎士はレグスが起きたのを確認してからは真っ直ぐに前方へと向き直っている。長剣にしても長い、槍を思わせる獲物を携えて、油断なく周囲を警戒するその姿に、レグスの胸中には頼もしさと共に複雑な感情が起こる。


 自身を遥かに凌ぐ能力を持つ聖堂騎士。若かりし頃は羨望の眼差しを送りもしたそれを、ある日突然部下だと渡されてしまったのだ。少しの誇らしさはあるが、嬉しくはない。

 いっそ聖騎士が来たなら、いつかのように素直に喜び、興奮に胸も昂ったことだろう。だが、かつて夢見て、全ての時間を費やして目指したもの。そして才能という壁を前に、泣き喚きながらも届かなかったもの。


 凡人が血反吐を吐けば覆せる程度の能力なぞ、聖堂は求めてはいなかった。替えが効かないほどの才能。求められたのは、そういった原石たちだ。

 泥を丸めていくら磨き上げようと、所詮は土くれでしかない。宝石になど、なれるはずもない。

 そんな現実を理解出来るように丁寧に教え込まれ、認めてしまった。


 レグスにとっての聖堂騎士とは、つまりはそういうものだ。


 胸の痛みを噛み殺しながらも、ふと、何かが足りない違和感を感じ、シマクがやけに静かなことに気づく。泣き言を言うにも疲れて寝たかと車内を一瞥すると、予想を裏切り、気弱な部下の目は開かれていた。

 あの目には覚えがある。

 また、古傷が疼いた。


「……………………」


 羨望の眼差しの先には、もう1人の聖堂騎士がいる。そう、聖堂騎士は2人いる。こちらの騎士も姿勢に僅かの乱れもなく、精悍さと気品を絵に描いたようだ。

 先ほどレグスに声をかけた方もそうだったが、今回派兵された騎士は、聖堂内でも精鋭の部類であると、レグスのみならず隊の皆が肌で感じている。

 シマクが純粋な羨望を向けているのは、彼だけが未だにそれらを感じ取れていないからだろう。


 レグス含めた他の隊員の視線は、ただ一点に絞られている。盾だ。

 その騎士の得物は巨大な盾だった。まるで聖堂の柱から切り出したようなその盾には、やはり聖堂の柱を思わせる装飾が施されている。レグスには、それがどの聖人を象った装飾であるかも理解できた。


 守護聖人は死してなお信仰され、その姿形にすら奇跡を宿す。存在そのものが、魔法的意味を持つに至る。

 故に、大聖堂などには必ず縁ある聖人の像や、時には壁画が置かれ、あらゆる穢れを遠ざけている。


「隊長……あれ、重くないんですかね……?」

「っ……くく! シマク、お前……」


 真剣な顔を近づけてきた部下の明後日からの質問に、レグスは堪えられなかった。

 内心冷や汗を噴き出しながら視線だけを向けるが、幸いにも騎士の注意はこちられ向けられてはいない。少なくとも、レグスから見てそう映った。


「まったく、そんなことを気にするとは余程余裕があるんだなぁ、お前は。殿しんがりは任せるぞ」

「んなぁ⁈ なんでですか⁈ ムリです! フカノーです!」


 車内に隊員らの笑い声が湧き起こる。それだけで、レグスの胸の痛みは目的地まで消えてくれた。



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 長剣の騎士の言葉通り、目標地点であるセトナ村へは程なくして着いた。村を視界に映した地点で馬車を停め、そこからは装備を整えて徒歩で近づく。

 そして脅威はないと確認するか、もしくは排除したのち、乗ってきた馬車と運搬用の荷馬車を近づける手筈になっている。


 夜だった。盾の騎士を先頭にしながらも、やや互いの間隔を広くして進む。脅威となる存在がいる可能性は低いと言っても、だからといって安心も油断もできない。慣れることのない、危険を身近に感じたとき特有の緊張感と、不快なほどの感覚の冴え。


 明るいとも暗いとも言えない月明かりが、人気のないセトナ村をぼんやりと浮かび上がらせている。それをずっと見ていると遠近感が徐々に狂いはじめ、歩みを進めるたびに迫ったり離れたりして見えた。


 何も起きぬまま村に足を踏み入れた頃には、レグスの肌着は重さを増していた。早くも引き返して着替えてしまいたい欲求に抗いながらも、レグスたちの動きははやい。

 4人それぞれで運んでいた4本の細い杭。それを地面に四角を作るように打ちつける。最後にレグスが長方形の金属製の箱から取り出した針を、四角形の真ん中あたりに放ると、針は波紋だけを残して地中に沈み消えてしまった。

 『針上の鏡面』と呼ばれる結界用の魔道具は、水面を思わせる波紋をゆっくりと広げていく。


「“鏡”の敷設は完了した。……しばらく待機だが、警戒は緩めるな」


 言われるまでもないと、各々が片手で太もものプレートについたピンに触れる。

 このピンを引き抜くかプレートごと砕ければ、簡易の〈聖障結界〉が展開させるはずだった。本来レグスたちの教会には配備されていない防具だが、今回の調査のために、聖堂からきっかり人数分を支給されている。


 聖堂騎士が2人。うち1人は聖像の加護を受けた盾を持ち、その他全ての隊員へこんな代物が渡されている。レグスから見ても過剰なまでの守りの堅さである。この編成であれば、例え悪魔が出ても半数は生還できるだろう。それほどのものだった。


 しかし、調査隊の最大の使命は情報を持ち帰ることであることを思えば、レグスには聖堂がどれだけこの調査を重視しているのかが表れているように思えた。


「レグスさん」


 シマクが小声で呼びかける。視線は聖堂騎士両名に向けられており、声を潜めているのはシマクの中では未だに騎士が部外者のごとく映っているからに他ならない。


「何か異常を見つけたか?」

「あいえ、そうじゃないですけど……いや、まあ異常がないわけでもないですよね……」

「異常とは、痕跡がないということか?」

「……はい。ホントウに不気味ですよね……」


 それはシマクも含めて全員が気づいていたことだ。この村には人気がない。争ったであろうことは、破られた扉やその向こうに見える散乱した物品から明らかに思える。

 だが、血痕もなく死体もなく、焼いた跡も埋めた跡も解体した跡も見当たらないのだ。


 そして不気味さの最たるものが、点々と散らばる衣服だった。薄ぼんやりとした月明かりに照らされるそれらは、いくつかは風に吹かれて家の壁に集まっていたりもしたものの、おおよそは上下そろって落ちている。

 それが、レグスたちが来るまでは1人でに歩き、村内を徘徊していたのではないかとすら思わせるのだ。目を離せば、今にもムクリと起き上がるのではないかと。


 レグスはそんな悪しき妄想を振り払い、答えの出ない疑問を無理やり押しやる。そして一応の推測を立ててみるに。


「これは……森へ逃げた可能性もあるな。そうなると……ふぅぅ、これは難航するぞ」

「ですね……。けど荷馬車にあまり荷物積んでないですから、長くて3日程度しかいられませんよ? 一応、食べものはそれなりにありますけど、大部分は保護した生存者の方へ渡すためのものですし」

「……3日か。それまでに1人でも見つけてやらねば……生きていようと死んでいようとな」


 もし生き物が森で力尽きれば、その身体は今を生きる者への供物となる。その場合、例え生存者を見つけても、その死体の顔や特徴から身元を特定することが困難になる。

 それでも誰か分かるようなものを身につけていれば話は別だが、散乱した衣類を見るに、それも望み薄だった。


 いや、そもそもクリシエ教徒の死に方として相応しくない。そしてもし仮に死に方がどうであれ、せめて教会へ連れて帰り、弔ってやらなければならない。そうでなければ、彼らの魂は神々の座する『天蓋園』へ辿り着くことができない。

 それだけは、絶対に阻止してやらなければならなかった。


「あと、提案というか、質問なんですが……」

「シマク。いつも言っているが、用件のみ簡潔に話せ。その前置きは必要ない」

「ああ、すみません。えー、“鏡”の結果が出るまで時間があるので、すぐそこの家なんかは調査しちゃダメですか? 何かあってもすぐ対応できると思うんです」

「その案には自分も賛成です。もうかなりの時間が経過しています。一刻も早く生存者がいるなら見つけなければ」

「…………分かった。“鏡”の解析が終わっていないことを忘れず、迂闊な行動はするな。必ず互いの視界内で行動を取れ」


 隊員らの賛同もあり、レグスは限定的調査に許可を出した。


 レグスのこの行動自体は、なんら致命的失態ではない。致命的なのは、そもそも彼らはここへ来てはならなかったというその1点だった。

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