災厄の到来
「見つかりませんね……。やっぱ森にカクレテるんですかね」
「分からん」
5軒目を見終わって、シマクがつぶやくように口にした。生存者はおろか、死体の1つもやはりない。隊員の表情はどれも暗かった。聖堂騎士は変わらず周囲を警戒しているが、時々視線を感じるのだから、やはり成果に少しの期待は持っているのだろうか。
「手伝ってくれてもバチ当たんないんですけどね」
「馬鹿者。今こうして行動できているのは彼らが警戒してくれているからだ。本来であれば“鏡”の結果が出るまで待っている必要があるのは知ってるだろう」
「まあ……そうですけど。言ってみただけです。ホンキじゃありませんよ」
「であれば口にするな。お前はいつも迂闊だ」
「…………すみません」
形では叱責しながらも、こうも何も手がかりが得られないとなれば理解できる心情ではあった。良し悪しはともかく、まだ物事を俯瞰して見れないシマクの主観に立てば理解できる……程度の意味ではあるが。
ふと周りを見ると、他の隊員たちも戻ってきていた。成果の程は、その表情を見れば聞くまでもない。
「すまない、隊長……」
「分かっている。まあダメ元だったんだ、気を落とすな」
言って肩を叩き、捜索開始から30分と経たずに結局“鏡”に再集合していた。時間の短さが表す意味に、場の空気は重くなる。
しかし警戒は保ちつつも、ある程度辺りを行動したことで張り詰めた空気は無くなっている。レグスは“鏡”の波紋を眺めながら、この後の行動について思案していた。
隊員らもそれを察して、音を立てずに黙していた。
が、そんなことを察せない部下が、ここには1人いた。
「隊長、チョットよろしいですか?」
「……………………なんだ?」
色々なものを先送りにして、とにかく、一応は内容を問うてみる。
シマクには1人、世話役をつけていたはずだった。それはもちろんシマクへの教育という目的もあったが、本命の目的は隊長の足を引っ張らないためだ。つまり、今こうして思案中に話しかけてきたと言うことは、世話役の隊員の許可を得る程度の用件なのだろう。
そこまで考えて、レグスの視界の端にその“世話役”が映った。愕然とした表情。自分の隣りとシマクを視線が往復している。さっきまでいたのに目を離した隙に……そんな心中が、レグスには手に取るように分かった。
ため息が漏れる。
「その、聞いたことがあるんですが、隊長はもともと聖堂従士だったんですよね?」
「ああ」
「では……会ったんですか?」
「会った……?」
ここで初めて、レグスはシマクへと視線を合わせた。と、これまたキラキラとした少年の瞳があり、それでレグスにはシマクの聞きたいことが理解できてしまった。
シマクは“聖騎士に会ったのか”と聞きたいのだと。
年齢によらず、聖堂騎士を目指す者や聖堂で勤めたいと考える人間は、“聖騎士”という英雄を目当てとする者も多い。その憧れは男なら誰しも理解できるもので、レグスにはシマクの若々しい想いが眩しくも映る。
聖堂従士時代の話を掘り下げる気かとハラハラ見守っていた隊員らも、レグスの表情が和らいでいるのを見て笑みを浮かべた。1人は胸を撫で下ろしたが、それが誰かは語るまでもない。
「ああ、会ったどころか1度は任務を共にしたぞ」
「うええ⁈ それホント——ムグ…………⁉︎」
「しー! シマクくん、静かにしないか……!」
「シマク……周りを見ろと毎回言っているな?」
隊員に口を塞がれ、自分が任務中であることを思い出したらしい。シマクはゆっくり頷き、謝罪を口にしてから聴きの姿勢を作る。先を促しているのだ。
「次騒げばこの話は終わりだ。次回の任務から配属も変えるからな。心しておけ」
「はい、気をつけます。申し訳ありません」
何度目になるかも分からないやり取りをする。こうするとシマクはしばらくは静かになるのだが、やはり長続きせず、終いにはレグスの鉄拳を受けることになるのだ。
そんなやり取りは教会では有名で、レグスとシマクは時折親子の如くセットで話題にされていることを、本人たちだけは知らなかった。
なぜか共に行動する機会が多いのも、上司である司祭がこの関係を微笑ましく思っているからだったりする。が、そんな黒幕の存在にレグスが気がつく日は来ない。
「それでその聖騎士とはダレですか?」
「ナクラム様だ」
「ッ……、いや、待ってください。耐えました隊長」
「……命拾いしたな、シマク」
閃きかけていた拳が下されるのを、冷や汗と共に見届けるシマク。最近、拳の受け方が少し上手くなってきたのが悲しいところだ。
「今回この任務を受けたとき、不思議な縁を感じたものだ。内容は……この通りだったがな」
「そう、ですね…………ご子息がこの村に取り残されたのは聞いています。その……隊長はどう思いますか?」
「……………………」
何を、とは聞かない。聞くまでもない。
「…………難しいだろう。せめて遺愛の品を回収できれば良いが……」
「……………………」
そして誰もが沈黙した。先の捜索で何らの手がかりも得られなかったことがトドメとなって、生存者の存在を信じる者はもういない。仮に森へ逃げようと、この瞬間まで生き延びているのは現実的でないように思われた。
「ナクラム様は大変家族を愛しておられる方だった。ご子息の話も聞いたことがある。……ナクラム様の精神が心配でならない」
「アトラくん、でしたっけ」
「ああ。歳はシマク、お前の3つ下だ」
「…………見つけましょうよ。絶対に。遺品とか、そう言うんじゃなくて」
「————そうだな」
頷いて、レグスは聖堂の知り合いの話を思い出す。聖騎士ナクラムの悲痛な叫び。嗚咽。身をすくめるほどの、怒りと絶望に満ちた声。それを聞いたのだと、聖堂からの使者へと出世していた旧友は語った。
レグスの知るナクラム・ヴィント・アーカーとは、たとえ身を裂かれようとも叫びひとつあげないであろう人物だった。金より重い志を内に持ち、決して砕けぬ金剛石の肉体。精神的にも肉体的にも、レグスの抱く印象は、こんな無敵の英雄である。
そんな英雄が、そのような悲痛な声をあげるほどの苦痛とは、一体どれほどのものであったのか。
レグスには、そんな姿も痛みも想像がつかなかった。
「と、ようやくか。今回は時間がかかったな」
「こんなに長いとおいそれとは使えないですよね。移動した方が安全ですよ、これ」
「そろそろ交換時期かもな。もっとも、新しい“鏡”を調達できるのはだいぶ先になるんだが」
「そんなに貴重なものなんですか?」
「当然だ。お前は魔法について無知だから分からないのだろうが、この質の結界をこの規模でというのは————」
レグスの声が止まる。レグスだけではない。隊員も、聖堂騎士も、全員が息を呑んだ。
断続的なその音は、未だに続いている。
ゴボリという、不気味な音。その光景も相俟って、吐血の音にしか聞こえない。
「“鏡”が……真っ赤、なん、ですが…………隊長……」
「————————」
冷や汗と脂汗が混ざって噴き出る。騎士の2人が駆け寄って来たことすら、どこか遠く感じる。
古い古い記憶が呼び覚まされる。聖堂騎士を目指す中で得たその知識は、まるで走馬灯のごとくレグスの脳内に瞬いた。現役の騎士2人も、当然同じものを頭に浮かべているのだろう。
「“穢れ”の痕跡です! ————レグス隊長、直ちにここを離脱します。この情報は、我々全ての命に優先します!」
「また、本件は甲種第1類事案に相当します。よって本部隊の指揮権は聖堂騎士である我々に移行します。馬車は破棄し、直ちに行動を開始して下さい」
言うが早いか、聖堂騎士は駆け出している。その疾走はレグスたちがついて来れないことなどお構いなしで、それが一層事態の深刻さを物語る。
「全員走れ‼︎ 今すぐ————」
「あら、もう帰るの————? 残念ね。もう少し待ってあげてもよかったのに」
「な————」
声が響いた。
誰もいない、気配もない村に、それはあまりにも異質で、聖騎士の走った方向で轟音と火の手があがっても、嫌にハッキリと聞こえる声だった。
村の中心部。いつからいたのか、そこに1人の女がいる。赤々とした長髪に、灰のローブ。ローブには所々、揺らめく赤があった。
この場にアトラがいれば、そのローブがルミィナと初めて会ったときのものだと思い出したことだろう。
その色彩は、見るものに炎を纏っているように錯覚させる。
指は炎上している方向へと伸ばされている。煙と炎で、騎士の姿は見えない。だが、誰も騎士の姿を探そうとはしなかった。するまでもなく、結果は分かっていたからだ。
誰の仕業かは明らかであり、女にはそれを隠すつもりもない。隠す必要がないという態度に、レグスの背筋は凍りついた。
「【血塗れの魔女】…………」
「なんで、こんな……」
誰かが震えた声で口に出したのは、最悪の神域到達者————【紅の魔女】ルミィナという災厄の名だった。
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