楽しい計画
「…………はあ?」
「だ、だからっ! プレゼントはどうするかって言ってんの!」
セトナ村の正門で、シルスのいらだった声が響く。本人も意図せぬ声量に、シルスは慌てて周りを見渡してから声をひそめた。
「ほら、アトラくんもうすこしで町に行っちゃうでしょ? だから何か渡せないかと思って」
「むりだろ。オレたちが渡せるもんなんて全部持ってるはずだろ? モノ渡すのはやめたほうがいいんじゃねーの」
「……そう、だけど」
カロンの指摘に、シルスは言葉を詰まらせる。それは薄々分かっていたことだ。それでも何かないかと思って、思うからこそ相談している。
母親に相談することも考えた。けどおしゃべりが何より大好きな母がこんな話題を黙っているはずがなく、嬉々として吹聴するのが目に浮かび断念。
ならばと目の前であくびをしている幼なじみに相談してみれば、これがなんとも冷めた回答であった。
「じゃあなに? アンタはなんにも無しでお別れするわけ?」
責める口調を隠さずに、最近身長の伸びた薄情者へとぶつけた。それを聞いたカロンはムッとした顔になり、唇をとがらせる。
「うるせーな、オレもアイツも男だぜ? 男同士の友情に言葉はいらねーんだよ」
「思いつかないだけでしょ?」
「はあ⁈ おまえと一緒にすんなよな!」
熱くなってきた幼なじみに、シルスの心の中に浮かんだのは「しめた」だった。長い付き合いの中で、カロンの扱い方をシルスは十分に心得ている。どうすれば頭を使わせられるのか、それくらいは分かっているつもりだ。
「じゃあどうすんの? モノを渡せないならどうすればいいのか、アンタには思いついてるんだよねえ?」
「当たり前だろ! ……ああ、モノでダメなら行動、なんじゃねーの?」
「行動…………」
思いのほかまともな案が返ってきたことに、聞いた本人が驚いてしまった。シルスは頭の中で反芻する。
行動。
友だちを見送るのに相応しい行動。
それも、相手に喜んでもらえて思い出になる、そんな行動だ。
「どうすればアトラくんは喜んでくれるかな?」
「なんでも喜ぶんじゃねーの? アイツいいヤツだかんな」
「そんなんじゃダメ! 1番喜んでくれるのじゃなきゃ」
「そんなの分かるかっての。聞けばいいだろ」
「それじゃあサプライズにならないじゃない!」
「ちげーよ! アトラじゃなくて、アイツのことを分かってるヤツにだよ!」
「分かってるって————アトラくんの、お母さま……とか?」
「おー、ちょうどいいじゃんか。今朝からアイツは狩りに行ってるらしいし、あの母ちゃんなら話聞いてくれるんじゃねーの?」
日の温もりをあくびで受けるカロンは、やはり他人事のように言い放った。その言葉に不吉な響きを感じて、シルスは確認のために弱々しく口を開いた。
「え、ちょ、ちょっと、……カロン?」
「なんだよ? 答えは出たじゃねーか。はやく行ってこい」
その言葉を聞いて、シルスの懸念はいよいよ確信へと変わった。
なんとこの男、独りで行けというのだ。
ここへ来ての裏切りに、シルスの眉が吊り上がる。納得のいく説明がなければ粛清も辞さないという勢いで、シルスは被疑者に詰め寄った。
「あ、アンタね! ここまで来てそれはないでしょ⁈ アンタも来るの! お見送りは私たち3人でじゃなきゃダメなんだから!」
「3人? ……ああ、アイツもか。むずかしいこと言うな、おまえ」
「……それでも、わたしたちは4人で一緒だったでしょ? 今のままじゃ……ダメ」
「アトラもアイツも隠してる気になってるからめんどうだよなぁ」
「めんどう」の片割れであるオランとは、仲直り以来3人で遊べる仲に戻れている。
最近だと、自警団としての訓練にカロンが無理やり付き合わせてはひぃひぃと言わせているのが日課になりつつあった。
だが、アトラとの間になにかの確執が残っているのは、2人がやたらに接触を避けることや、話題を嫌うところからも明らかだった。
そんな状態でのお別れは、許せない。
その一点に関して、シルスは断固とした決意を持っていた。
「ま、アイツのことは今はいいだろ? はやく行ってこいって」
「行ってこいって、アンタも来るの!」
「あー、むりだ。オレは自警団としての見張りでいそがしい。じゃ、まかせたかんな」
「はぁーー⁈」
今のいままでそれをサボっていた男のセリフに、シルスのノドは大いに震えた。
そこには先程までの周りの視線を気にする余裕も思慮もない。まさに思わず出た呆れと怒りとその他もろもろの吐露だった。
「アンタねえ、見張りの素振りもしないでわたしとここでしゃべってたじゃない!」
「うるっせーな! そもそもおまえが話しかけてきたから相手してやったんだろーが! そもそもおまえ、畑仕事の手伝いはどうしたんだよ⁈」
「あっ、今それ言うわけ⁈」
「言うね! それがイヤならとっとと行けっての! …………オレも手は貸す。これでもかなり力がついたんだぜ? 体力仕事ならまかせろよ」
「ああ、そっか。そういえばアンタ、最近たるんでるってゲンコツされてたんだっけ。レガンさんがこわいから、しばらくは真面目にってわけね」
「あーそうだよ。わかってんなら行けっての」
シッシと手で払うようにしてから、カロンは見張り台へと踵を返しす。挑発にも乗らない辺り、父親からの加減なしのゲンコツは相当にこたえたようだった。
シルスは恨みの視線を送ってから、たっぷりと時間を使って覚悟を決め、屋敷の方向へと足を進めるのだった。
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セトナ村で『お屋敷』といえば、もともとは村長宅を指すものだった。木材と石材を組み合わせた建築は、村の誰もが憧れるを抱くには十分なほど立派だったのだ。
しかしそれも昔のはなし。
シルスが深呼吸する先にある邸宅こそ、今の『お屋敷』であるアーカー邸である。
その門の前で、シルスは舌が水分を失うほどに深呼吸を繰り返していた。
頭の中で何度も想像し、練習した挨拶の言葉も、繰り返すたびにこうじゃない気がして……。
そんなことを、もう20分は続けていた。
「ハァ~~…………。大丈夫。変じゃないはず……!」
「——シルスちゃん?」
「ぇひゃいっ⁈⁈⁈⁈」
完全に虚をつかれたシルスは、練習もどこへやら。
自分でも今まで出した覚えのない声を発して振り返る。
「あ…………」
そこには美しい金の長髪をさらりと流した女性が、柔らかな微笑みをシルスへと向けていた。
やっぱり、ほんとうにキレイだと、挨拶も忘れて見入ってしまう。
「ごめんね? アトラったら、朝早くに狩りに出ちゃったの」
「っ、あ、いえ! 今日は、ちがくて……! お、お母さまに、相談があってキたんですっ!」
慌てて出た言葉は裏返ったひどいもので、上品に驚いた様子を見せる貴婦人を前に、シルスはほとほと消えてしまいたくなった。
しかし結論から言えば、そんな様子のおかしい客人をアリシアは微笑ましく迎えた。
リビングの中央に敷かれた柔らかな絨毯。その上に鎮座するテーブルに、コトリと小気味の良い音とともにティーカップが置かれる。
リビングに広がる紅茶の香り。しっかりとしたつくりのソファーは、小さな客人を柔らかく迎える。
置かれたティーカップも、アーカー邸にあるものの中では中の下程度。本来であれば客人に対して出すものではないが、これも緊張をさせないようにというアリシアの気遣いであった。
————が。
「ア、アリガトウ……ゴザイマス」
軋む音でも聞こえそうな挙動。おそらく口をつけている紅茶の味などまるで分かっていない。
紅茶の香りも、ソファーの柔らかさも、そしてアリシアの健気な気遣いも。シルスという少女の緊張を和らげるにはいま一歩足りなかった。
ここにカロンがいれば、シルスは「しっかりものの自分」を出せる。しかし、ここに世話を焼き手を焼くべき相手はいない。
結果、今のシルスはいわゆる“素”の状態であった。
しかし、それもこの年の子どもには珍しくない性格であり、アリシアはアトラという引っ込み思案な息子の母であった。
結果、シルスの明るい性格も相まって、ものの10分でシルスの表情と声は明るさを取り戻していた。
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