嫉妬と焦燥

「ジャーン!」


 ルカの導きで大樹の裏に回ると、なんだかとんでもないものがあった。


「どう? カッコいいでしょ!」

「な……に、これ……」


 最初、それがなんなのか分からなかった。

 太くて厚い、緑の金属板。

 自分の身長の倍近くあるんじゃないかというほど巨大な、緑の金属塊。

 

 それがどんな用途で使われるものなのかは、視線を上げると分かった。

 信じられないけど、持ち手がある。


「け、剣……だ」


 見上げるような巨剣は、自分の重さで沈み込んだみたいで、立てかけられた大樹にその#軌跡__きずあと__#が痛々しい。


「うん! これならアトラも勝てるでしょ?」

「………………」


 目の前の光景を処理できてないのに、ルカは何か言っている。

 勝てる? 何が? ぼく? 誰に?


 頭の中が顔に出ていたのか、ルカは言葉を付け足す。


「だから、アトラ言ってたでしょ? いつもお父さんにすぐ負けちゃって自分が情け無いって。でもいつかは勝って、胸を張るって」


 その言葉で、いつかの記憶がよみがえる。

 そうだ。たしかにぼくは、ルカにそんな話をしていた。


「アトラのお父さんがどんな人かは知らないけど、でも人間でしょ? じゃあ、これでアトラの勝ちだもん!」


 やったね!なんて言いながら、ルカはとびきりの笑顔を向けてくれる。

 

 ぼくはその笑顔を前に、そういえば、ルカにはお父さんが聖騎士だって言っていないことを思い出した。


 『ぼくのお父さんは聖騎士です!』


 それが凄まじい自慢話で、人によっては嫌うのに十分な理由になることを、ぼくは思い知っている。

 第一、お父さんのことを話すと、どうやっても自慢気になっている自覚があった。


 だから、ぼくはルカに対してはお父さんのことをあまり話していないし、これからも誰に対してもむやみに言うことはしないと決めていた。


 けど……。


「……あ、勝てるって、ぼくがお父さんに?」


 大きな頷きが返される。

 え、ほんき……?


 つまりルカは、お父さんが聖騎士でもなんでもない人だと思った上でこんなものを持ち出して来たってことに……。


「こんなのどうやって使うの……? いや、そもそも、どうやって持って来——」

「? 剣なら、アトラ持ってるよね?」


 ぼくの疑問の声は、次のルカの行動に止められる。

 

 ルカは緑の巨木を、雑草でもむしるみたいに引き抜く。

 ごばぁっ、なんて音がして、沈んだ剣身が地面を捲り上げながらその全容をあらわにする。


 ルカはその剣先をつまむと、曲芸みたいに空中で半回転させた。


 低い唸るような音。舞い散る湿った土。

 目に入ったそれを涙が落とす頃には、ルカの手には手首よりも太い持ち手が握られていた。


「…………………………………………」


 ぼくより小さい体が、見上げるような剣を振り上げている。

 そのチグハグな光景に、現実感なんてどこにもない。


「みてて! これ、すっごいから‼︎」


 はしゃぐような声で、ルカは返事も待たずにソレを振り下ろした。


 途端————


「————————⁉︎⁉︎」


 お腹の底から震えるような音。

 視界は土煙にふさがれて、飛んでくる土が肌に痛い。


 目を開くと、地面には綺麗な直線状の溝が深く刻まれていた。

 長い長いそれを目で伝うと、向こうにある樹々が剣の軌跡をなぞるみたいに断ち切られ、ガサガサとした音と共に倒れている光景が目に入る。

 

 なんだ、これ……?


「——どう? 今日何回か試したけど、すっごく楽しいの!」


 空気をかき混ぜる音を立てながら、持ち手がズイと差し出される。


「……………………」


 ぼくは、朝から感じていた違和感の原因を目の当たりにしながら、首が飛ぶくらい思いっきり首を振った。



 ※ ※ ※ ※ ※

 


 風が吹く。

 隣でルカが動く気配。

 それにならって、ぼくも少しお尻を動かした。


 例の剣は今、その厚みを活かして座椅子代わりになっている。硬い座布団の座り心地は、あまり良いとは言えないけど、ルカは平気な顔で座っている。

 だから、自然とぼくも座っていた。


「アトラよろこぶと思ったんだけど」

「はは……持てないよ」


 用意したプレゼントを受け取らないぼくに、ルカは不満そうな顔だった。

 

「それにしても、ルカは魔法が使えたんだね」

「? なんで?」

「いや、だってこんな重たいものを扱えるなんてさ。魔法くらいしか思い浮かばないよ。……いや、この剣がそもそも魔道具だったらあり得るか」

「…………ん、ああ、うん! 魔法! 魔法師、だから、魔法だよ?」


 明後日の方向に目を泳がせるルカ。

 その態度は不思議だったけど、とにかくルカは魔法が使えるらしかった。


「すごいや、ルカは……」


 知らず、落ち込んだ声になってしまう。

 ルカは不思議そうに、ぼくの顔をのぞき込んでくる。


「アトラは使えないの?」


 その声が、なんだかすごく意外そうな響きがあって、ぼくはルカと目を合わせた。


「うん。使えないけど……なんで?」

「だって、アトラここに来れてるから。……ああ、もしかして——」


 ルカは口を閉ざすと、真剣な眼を向けてくる。

 心なしか、なんだか距離が近い気がする……。


「んー、見えないよ」

「ベゥッ」


 気恥ずかしくなって目を逸らそうとするぼくを、ルカは許してくれなかった。


 頬を挟む両手。

 視線は正面から逃してくれない。

 あと、やっぱり近い。

 ジリジリと、耳の後ろが熱くなってくる。


 恥ずかしい…………。


「————うん、やっぱり」

「へ?」


 ルカの体が、前ぶれもなくパッと離れる。

 あんまり当然だったから、さっきまで触れられてた頬が少しだけさみしかった。


 そんな気持ちを顔に出さないようにしながら、ぼくはルカに今の言葉の意味を訊いた。


「やっぱりって、なにが?」

「アトラは眼がいいってこと! 珍しいよ?」

「…………? えーと、ぼくは魔法を使えないって話は?」

「使えるよ。今は気づいてないだけ。お母さんとかお父さんはどう? 魔法、使える?」


 その質問に一瞬迷って、答える。


「……うん。2人とも——あ、お母さんは使えなくなったらしいけど、2人とも使えた」

「じゃあ使えるね。魔力の量はお母さん。どんな魔法が使えるかは、お父さんの影響が強いんだって。ルミィナから聞いたんだ」

「へー……」


 改めてルカの知識量に驚かされながら、実際のところ、ぼくはいつかは魔法が使えるようになるとは思っていた。

 なぜなら——


「魔法が使える日が来るとは思ってるよ。ただ、すこし焦ってるだけで……」

「なんで? 待っていればいいのに」

「ぼくは行きたいところがあって……それに間に合って欲しいし。あと……妹はもう、使えるんだ……」


 そう、アリアはもう魔法が使える。

 ぼくが焦りを覚えるのは、修道院の件もあるけどそれ以上に、アリアに先を越されているのが大きい。

 妹の成長を前に、単純に喜ぶだけでいられない自分がいて、ぼくはそんな自分がほとほと嫌だった。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



 その日は、朝からのお父さんとの鍛錬も終わって、ぼくは勉強の休憩がてら、庭にいるアリアを眺めていた。

 アリアは今日も、日課の水やりをしている。


「……………………」


 そんな姿をぼーと眺めていると、思考は自然とアリアについてのことになっていた。

 

 アリアはぼくよりももっと大人しい。

 いや、大人しいというのは違うか。あんまり話さないだけで、実際は年相応に好き嫌いをするタイプだ。

 好奇心も強い。


 最近は色々な匂いに興味があるみたいで、いつぞやはぼくの部屋中を荒らしまわって、匂いの気に入ったものを持っていってしまった。

 狩りから帰ったぼくを迎えたのは、ぐちゃぐちゃに物の散乱した部屋と、枕のなくなったベッドだった。


 そんなアリアの1番のお気に入りが、あの花壇。

 お母さんと一緒にいないとき、アリアは大抵あそこにいる。


「ん……?」


 ふと気づくと、アリアは花壇から離れてこっちを向いていた。小さい手が、ぼくを呼ぶ。


「なんだろ? 久しぶりに遊んで欲しいのかな?」


 本を読み聞かせることは今までにもあったし、それをせがまれることも、珍しいけどない訳じゃない。

 けど、今日みたく外に呼ばれるのは初めてだと思う。


 手を振り返すことで返事をして、とりあえず下へ降りてみる。玄関の扉は開けっ放し。

 よくお母さんが注意するけど、アリアに改善の兆しはなさそうだ。


 外に出て、扉を閉める。

 さわやかな空気と、温かさをもった花の香り。

 それを胸いっぱい吸い込みながら、視界の端に閉めた扉の装飾が見えた。

 

 玄関の扉は両開きの、そこそこ立派なものだ。

 なんでも、この家が造られるとき、お母さんが唯一口を出したのが、この扉らしい。

 ぼくには詳しいことは分からないけど、木目がきれいで、気品のある蒼に銀の装飾がイヤミにならない程度に施されている。


 じっくり見たことがなかったけど、よく見ればいいものなのかも知れない。そんな気がしてくる。


「おにーちゃん」

「ん、ああ。お待たせアリア。呼んだよね?」

「こっち」


 招かれるまま、ぼくはアリアがお世話をしている花々を前にする。

 花には詳しくないけど、最近すごく元気になったような、ツヤがある感じがする。アリアがそれだけお世話を頑張っているんだろうし、もしかして才能があるのかもしれない。

 欠点を探しても、小さく葉に虫食いがある程度だ。


「今からやるのは、2人のひみつね」

「ん? うん、分かった。内緒にするよ」


 ほのぼのとした気持ちで花を見ていると、不意にアリアが両手を前へと突き出す。


 お母さんから、何か秘密のおまじないでも教わったのかな?

 優しい言葉をかけてあげると良く育つと聞くし、おまじないの言葉も意外と効き目があったりして。


 そんなことを、やっぱりのほほんと考えていたぼくの思考は、すぐに吹き飛ばされることになった。


「————」


 アリアが瞳を閉じて、1秒。

 アリアの手元に、ナニカが出現した。

 柔らかな光を放つそれは、キラキラとした細かな霧となって花壇を覆う。

 

 見れば、いくつかあった虫食いは、痕も残さず消えていた。


「……………………」


 呼吸も忘れて、目の前の現象に固まる。


 数秒間、キラキラとした『霧』の残滓がその場に漂う。それも空気に溶けるように消えてから、アリアは誇らしげにこっちを見た。


「…………………………………………え——?」


 マ……ホウ?


 いや

 

 いやいやいや


 え


 アリア、魔法……………………、————ッッッッ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎


「えェぇエエぇえええええ⁈⁈⁈⁈」


 叫んだ。

 在らん限りに、それはもう全力で。

 ぼくも驚くくらいの金切り声で。

 

 人によっては悲鳴と捉えるくらいの叫び声を、お父さんはやはり、悲鳴と捉えた。


「どうしたアトラァ‼︎⁉︎」


 爆発みたいな音と共に、砕けよと蹴り飛ばされた両開きの扉。

 飛び散る木片。


 お父さんは息が苦しくなるくらいの威圧感を撒き散らしながら、庭に出る。

 そして、事態を把握するなり、その威圧感が消える。


「————————て……」


 お父さんに見られたアリアの表情を見て、ぼくは自分の失態に気付いた。

 けど、もう遅いし……仕方ないじゃないか……。


「天才だああぁああ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」


 一瞬で抱きしめられて、もみくちゃにされるアリア。

 そのほっぺは不満げに膨れて、視線は一瞬で秘密を破った裏切り者に向けられていた。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



「ふーん。じゃあアトラは妹さんに先を越されちゃったんだ」

「……うん」

「それに嫉妬してる自分もヤなんだ」

「…………うん」


 言ってもいない痛い部分を、ルカは的確に突く。

 焦りがあるのは本当で、けど本当に苦しいのは、アリアに対して一瞬でも『ずるい』なんて怒りを覚えた自分に気づいたことだったりする。


「う〜ん……と——」


 沈むぼくを見て、ルカは何かを思い出そうとするみたいに虚空を見つめる。

 ぼくもなにかを話す気分じゃなくなって、それきり沈黙が続いた。


 しばらく自分の中のモヤモヤと向き合っていると、ルカがパンッと手を叩いた。

 どうやら何かを思い出したらしい。


「思い出した! アトラ、魔法使える様になるよ」

「……もしかして、『覚醒法』のこと?」


 自分の魔力に気付き、その感覚を獲得する方法。それが『覚醒法』だ。

 ルカはそれを試せばどうかと言いたいんだと思うけど、それなら今まさに試している。


 最も一般的な方法である、魔法に関する学習と理解の過程で感覚を得るという『修学覚醒法』。

 ぼくがずっとやっている方法だ。


「うん、でもたぶんアトラが思ってるのとは違うよ」


 言い当てられたはずのルカは、得意げな態度を崩さない。他の覚醒法を試せってことかな?


「ルミィナが言ってたの。1番はやく覚醒できるのは『治癒覚醒法』だって」

「…………チユカクセイホウ?」


 ルカの口から出たのは、ぼくの知らないものだった。

 首を傾げるぼくに、ルカはその詳細を語り出す。


 最初は話半分に聞いていたぼくは、それを聞き終わる頃にははやる気持ちを抑えられず、気が付いたら早口でお礼を済ませて全速力でもと来た道を走り抜けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る