決別
オランについて行くと、そこは村の資材置き場だった。
近くの町へ向かう門とは正反対に位置するこの場所は、木材や伐採道具などが置かれていて、用もなく来る場所じゃない。
それはぼくも同じだ。
普段使う道とは逆な上に、山が見える以外何もないのがこの場所だ。
実際に来たのは、これが初めてになる。
話に聞いたのだって、カロンがチャンバラのためにここの道具を持ち出そうとして、それはもうこっぴどく怒られたのを聞いたくらいだ。
「……………………」
前を歩くオランが止まった。
…………なるほど、この位置はちょうど積まれた木材の影になっている。
もしも向こうから誰かがこっちを見ても、ぼくたちがいるとは気づかないだろう。
「……内緒話にはいい場所だね。でも早くしないと、カロンみたく怒られちゃうよ」
重い空気を少しでも軽くしようとした、小さな試み。
その結果は、振り向いたオランの目が教えてくれた。
「————————」
オランはぼくを数秒間睨むと、一瞬視線を外して口を開く。
「————対等ぶるなよ、しらじらしい」
「え……?」
「アトラの……おまえの友だちごっこはもううんざりなんだよ」
オランの第1声は、ゾッとするほど冷たいものだった。
外された視線が、もう一度向けられる。
その目から感情を推し量ることはできない。今、オランがどういう気持ちでぼくを見ているのかが、まるで分からない。
自分の心臓の音が、いつの間にか聞こえている。
拍動に合わせて揺れる視界が、とても気持ち悪かった。
こんな目を向けられることが気持ち悪い。
そして、こんな感情をオランに向けている状況、この時間が…………気持ち悪い。
「オラン……、なにを……」
カラカラのノドとパサパサの舌が、ぼくの声から大切なものを奪っていく。
結果、出たのは届くはずのないかすれ声。
なんの想いも伝えられないそれは、乾いた音でしかない。
「いつもにこにこして、どこか余裕がある感じでさ。上から下を見るような目で見るんだよ。カロンもシルスも、2人とも気づいてないけど、おれには分かるからな! おまえはおれたちを見下してるんだ!」
「ち、違うよオラン……ぼくは誰も下になんて見てない! ぼくは、本当に対等だって……っ⁈」
その視線にノドが閉じる。怒りと憎悪を含んだその目は、ぼくの知るオランのものじゃなかった。
「対等——? おれとおまえの、どこが? 聖騎士様が父親のおまえと、おれが⁈ 村がどうなったって生きていけるおまえと、おれが⁈ 好きなものを食べられて、それが明日も続くって決まってるおまえと、おれが⁈ どこが対等なんだよ! おい! どこが⁉︎」
オランから浴びせられる言葉が、感情が、頭の中に組み立てられた反論の言葉を粉々に砕いていく。
何度も何度も砕かれ、大きく揺さぶられた心は、いつの間にかすっかり縮みあがっていた。
「カロンがおれにあやまるとき、なんて言ったと思う? 『悪かった。おまえがふつうだった』だってさ! ふつうってなんだよ‼︎ じゃあ3人は特別なのかよ⁉︎ おまえがなにか言ったんだ‼︎ カロンがあんなこと言うなんてぜったいない‼︎ カロンとシルスだけは対等だったのに……おまえにあってから2人がおかしくなったんだ‼︎‼︎」
もう、聞きたくない。
その視線も、声も、怒りも憎悪も全部…………ぼくの後ろの誰かに向けられたものならどんなにいいか…………。
温厚な性格をしたオランをこんなにも怒らせた誰か、そんな誰かがいたのなら、きっとぼくはオランに味方をして糾弾するだろう。
一体なにをしたのかは分からないけど、あのオランにこうまで言わせるのは、余程のことに違いないんだから。
自覚なく、うっかりでしたなんて言い訳はあり得ない。
あり得ない……………………はずなんだ……。
こうしている今も、オランは刃を吐き出し続けている。
その度に、今までのぼくたちの思い出がイビツな形に歪んでいった。
向けられる刃すべてが痛すぎて…………。
…………ただ吐き気だけが増していった。
オランの口は閉じることがなかった。
溜めてきたあらゆるドロドロとしたものを吐き出して、そのすべてがぼくを汚した。
オランの感情の濁流は分かりにくくて、流れも順番もなく、支離滅裂だった。
お前は自分たちを対等に見ていない、見下してると責めたかと思えば、その次には「おまえみたいになんでもできて、なんでもそろってるヤツから対等に扱われるおれの気持ちがわかるか」と、対等に接してきたのを認めるようなことを言う。
「惨めなんだよ……おまえといると……」
終わりの方でオランの言った言葉。
それまでと違って、絞り出したような小さくかすれたそれだけが、なぜか頭に深く刻まれる。
それまで登ってきていた吐き気は嘘みたいに消えて、その代わりとでも言うみたいに、涙が溢れて止まらなかった。
今まで聞いたどの言葉より、本心からだと分かったから。本当に苦しいのが、分かってしまったから。
「…………それでも、これが全部おれのカンちがいっていうなら……」
オランの右手がゆっくり動き、ポケットからなにかを取る。そして何かを握った右手が突き出され、静かに開いた。
「……石?」
オランの手に乗っていたのは、石だ。
なんの変哲もない、ただの石に見える。
「これは……?」
とまどっているぼくに、返事はすぐに返された。
「宝もの……おれの1番の宝ものなんだ」
それだけ言って、オランは口を固く閉じる。
…………どうやら、次はぼくの番らしかった。
ここでどう答えるかで、オランは何かを見極めるつもりだ。それだけは、雰囲気で伝わってくる。
ぼくは必死に考えた。ただの石に見えるそれの正体を見切ろうと、穴が空くほど凝視した。
「————————」
今まで得た知識を総動員する。
ただの石が宝ものになることはない。なら、これの正体は何かの原石だろうか?
重さは分からない。けどもしも何かの原石であれば、1番の宝ものと言えるだけの価値を持つもののはず。
ある程度希少で高価なもの……。
…………いや、そんなのを持てるとは思えない。町で買うにしても、生きる上で役に立たないものを買うような余裕はないはずだ。
なら……………………。
「……セツカ鉱石の、原石……かな?」
セツカ鉱石は、ゆっくりと力を加えると光を放つ特性を持った鉱石で、町では携帯できる明かりとして重宝されている。
パッと見ただけでは原石と石ころとの見分けはつかず、衝撃を与えて光るかで見分けられると読んだことがあった。
『近くの山にセツカ鉱石が見つかってな、新たな村の産業に出来るかと村長さんが期待しているんだが……なかなか厳しいだろうな』
ぼくがもっと小さい頃に聞いた、お父さんの声が思い出される。
この記憶が確かなら、オランが山で拾うことだってあり得るはずだ!
ぼくは頭の中で何度も誰にでもない自己弁護をして、祈る気持ちでオランの答えを待った。
…………………………………………沈黙がながい。
息が苦しくなってきたことで、自分が息を止めていたと気づいたとき、答えは返された。
「……………………やっぱり、ちがうじゃん」
「————————」
なにも 言えない 。
それでも、オランは続ける。
もうぼくのことは見ていない。
「ただの石だよ、これ。はじめて川に連れて行ってもらって、そこで拾ったんだ。たくさん持って帰れないからって、1番カッコいいヤツを選んでもらって」
突きつけられた正解。
ぼくのそれとは、まるで違う。
なんて、見当違いな…………。
「ふつう……こう思うんだ。石が宝ものって言ってたら、じゃあなにか思い出があるんだなとか、大事な人にもらったのかなとか、そう思うもんじゃんか」
「そんなの……分からないよ」
「そうだよな。おまえはそうだよ。でも、2人なら分かってた」
オランの視線は合わされない。
もう、2度と合うことはないという諦めも湧いてくる。
帰りたい。帰って、ベッドの上で包まって、みんな忘れて眠ってしまいたい。
身体に冷たい虚脱感が広がる。
それに抗う気は起こせなかった。
「うらぎったのはおまえだからな。おまえはおれたちにとって、百害あって一利なしだ」
フッと、力が抜ける。地面の冷たさをお尻に感じて、視界が影に覆われる。
気力の限界だった。
心が強制的に聞くのを辞めさせるように、感覚は遠く落ちていく。
(『百害あって一利なし』なんて言葉、オランが知ってたんだ…………)
浮かんだのは、オランの意外な語彙に対する、場違いな感想。
その感想はまさに上からで————
(なんだ…………オランが正しいじゃないか————)
————そんな自分に嫌気がさして、ぼくは意識を手放した。
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