祭りの成果


 狩猟大会から一夜明けて、村の広場では今回の狩りの成果であるシカや猪の肉を使ったスープが、それを獲ったチームへの賛辞とともに村の人たちへと配られていた。

 

 広場はとても賑わっている。こんな活気はお父さんが井戸に細工をして、冬でも凍らないようにしたときのお祭り騒ぎ以来だと思う。

 普通凍りにくい井戸水だけど、セトナ村はその水源が特殊で季節の影響を受けやすい……と、お母さんから聞いたことがある。

 水がいつでも自由に飲めない中で、積雪のない中での井戸の凍結は死活問題だ。それを解決したときに迫る賑わいといえば、そのすごさが伝わると思う。


「…………」


 視線を落とした手元には、空になった木のお椀。まだ今さっき飲み干したスープの香りが残っていて、肉の脂が小さく透明なリングを作っている。

 それを木製のスプーンでいじりながらなんとなく眺めていると、聞き覚えのある声がぼくを呼んだ。


「よっ」


 広場の人混みからまっすぐに歩いてきたのは、スープの並々と入ったお椀を手にしたカロンだ。

 カロンはぼくのとなりに移動すると、お椀の中身をこぼさないようにゆっくりと慎重に腰を下ろす。


「——っぶね、ズズ……ほぅ……うめえ」

「欲張りすぎだよ、カロン。そんなことしなくてもおかわりできるのに。みんながおかわりできるようにって、スープになったんだから」

「いーや、甘いな。アトラは大人連中の意地汚さをしらねんだよ。あの集団なんか見てみろよ。おかわりなんてすぐなくなるぜ?」


 カロンがあごで示した先には、空になったお椀を手にした大人たちが、舌なめずりをしながらおかわりを求めて人だかりを作っていた。

 対応している奥さんたちは見るからに大忙しだ。


「あー……せめて列を作ればいいのに……」

「むりむり。そんなオギョーギ求めんなって。肉と野菜でこんなにはらを満たすなんてめったにできないかんな。あれが正しい楽しみ方だろ」


 確かに、このイベントを一番楽しんでいるのはあの人たちかもしれないな。


 そんなことを考えながらワタワタと対応する女性陣を眺めていると、不意に見覚えのある姿を見つけた。

 

 いや、見覚えのあるっていうか……すごく見知っている姿。あれは…………。


「シス?」


 大きな釜を、額をぬぐいながら一生懸命にかき混ぜているシス。たまに「押すな」とか「抜かすな」とかで始まる口げんかをそれに負けない大声で止めるその姿は、カロンを叱りつける姿そのものだ。


「酒場の看板娘って感じだよな、あいつ」

「あはは、本当だね」


 カロンが言う酒場の看板娘という言葉にすこし想像力を働かせてみると、酒場で元気に働くシスの姿は意外なほどしっくりくる。

 それからしばらく、ぼくとカロンの他愛もない話が続いてから、ついに“本題”に入る。


 それを切り出したのは、カロンの方からだった。


「——ふいー、笑ったし腹もそこそこ膨れたな……。んじゃ、そろそろ昨日の報告な」

「あっ……うん。……どうだった?」


 カロンがあんまり急に切り出したから、すこしのどがつかえたような声が出る。

 それを咳払いでやり過ごした。


「ああ、別に大丈夫だったぜ? とくに言い合いもねーし、ふつーな感じだった」

「へ?」


 ぼくの緊張に反して、カロンの報告はとてもあっさりとした、あっけないものだった。


「なんだよその顔は。信用してねーのか?」

「いや、違う……けど…………本当に?」

「ここでウソなんて言うかって。最初はオドオドしてたけどな————」


 カロンから語られた昨日のオランの様子は、ぼくの心配したものとはだいぶ違った。


 カロンのチームは、カロン、シルス、そしてオランの3人に、森での狩りの経験がある大人が1人の4人編成だった。


 広場でチームの待ち合わせをしていたところに、オランは父親に連れられて最後にきた。

 その時は目も合わせずにオドオドとした態度だったみたいだけど、そこでカロンが開口一番に謝罪をしたことで仲直りできたらしい。

 帰る頃には以前と同じように会話をしていたそうだ。


 ちなみにその帰り道でオランはウサギを獲り、その肉も具材に使われていたりする。


「————て感じだな。心配するほどのこともなかったぜ?」

「へぇ……なんだか意外だな。けど、オランも意外に思っただろうね。カロンが真っ先に謝ったんだから」

「そこが意外なのかよ……いや、まあ確かにな。あの時のオランの顔は見ものだったぜ? 目を見開いたまま固まったかと思ったら、面白いくらいに表情が変わんだよ。ははっ、アトラもいればよかったのにな」

「へえぇ、そんな反応だったんだ。なんだかすごい驚きようだね」


 オランの反応にすこし引っかかるものを感じつつも、ぼくとカロンはお互いの狩りの話に花を咲かせた。


「————お、やべっ。そろそろおかわり分がなくなるか」


 ある程度お互いの話もひと段落したところで、カロンはパッと立ち上がる。——お椀を片手に。


「そんじゃ、オレもアッチに混ざってくるわ」

「うん。結構長く話したけど、もうスープ残ってないんじゃないかな?」

「いーや残ってるね。アイツらまだ集まってるだろ?」


 おかわりを求める集団は相変わらずわちゃわちゃとしていた。さっきと違って、今の方が白熱しているような気がする。心なしか大人たちの声量も上がっていた。


 それを注意するシルスもヒートアップしている。

 ついに言葉だけじゃなくて、お玉を振り回しての実力行使に出ていた。


 木製のお玉が響かせる音が、こっちにまで聞こえてくる。


「急いだ方がいいかもね。たぶん残りが少ないんだよ、あの様子だと」

「やっぱそう思うよな。のんびりしてらんねー! じゃあな、アトラ ! 今度はオレらだけで狩りに行こーぜ!」


 それだけ言うとカロンは返事も待たずに走り出し、押し合いへし合いの中へと飛び込んで行った。


「だから、並べって言ってんでしょーがあ!」

「ッぷぇぁ⁈」


 直後、今日1番の快音が響き、カロンの頭にタンコブができた。


「うわぁ、容赦ないなぁ……」


 しばらくはシルスとカロンの攻防、そしてその隙に勝手にスープをよそう大人のしたたかさを眺めていた。


 だけど、そろそろ風も冷たくなってきた。

 ジッと座っているだけだと、やっぱり冷える。

 温かいスープだって、もうとっくに飲み干している。


「シスは忙しそうだし、カロンは行っちゃったし……帰ろっかな」


 ぼくは家から持ってきたお椀を片手に引っかけて、広場の喧騒を背にした。


「……………………」


 家に帰るまでの道で考えるのは、これからのことだ。

 オランとカロンは仲直りできた。これからはまた4人で一緒に遊べる日々が戻ってくるんだ。

 

 何をする?

 やりたいことは多いけど、さっきカロンの言っていたのも面白そうだった。


「みんなで狩りに行く……楽しそうだなぁ」


 そういえば、オランは父親の影響で山菜に詳しかった。

 カロンの話でも、今日のスープにはオランの採った山菜も使われたと言っていた。


 ぼくも教わってみようか。

 お父さんの蔵書に山菜に関してのものがあれば、それも読んでみよう。いや、それともオランと一緒に読もうか。

 きっと喜んでくれるに違いない。


 頭の中に色々な楽しみを描きながらの帰り道は、本当に短い。気がつけばもう家は目の前まで来ていた。


「…………ん?」


 そこで、おかしな人影を見つける。


「なにをしてるんだろ?」


 その人影は木の影からぼくの家を——正確には家の門をジッと見ている。

 こっちには背中を向けているけど、誰なのかはすぐに分かった。


「——————」


 とりあえず近づいてみる。

 けど、よっぽど集中しているのか、全然ぼくに気づかない。すこし待ってみても、これといって動きもない。


 仕方ないから、声をかけてみることにした。


「————何してんの?」

「ッ⁈ ぅおぁあッ⁈」


 慌ただしいことに、人影は肩を跳ねさせて振り向くと、ぼくを見て大きくのけぞった。


 今のけぞったら……。


「ッづあ⁉︎」

「あ……」


 頭と木の硬い皮がぶつかる鈍い音がして、目の前の人物はそのまま頭を抱えるようにうずくまってしまった。

 木の皮に残されたすこしの凹みが、その衝撃を物語る。


「だ、大丈夫? ————オラン」


 人影の主は、ここのところ会えていなかったオランだった。実際には最後に会ってからそんなに経ってないのに、もうずいぶんと長く会っていなかった気分になる。


「いい」


 近づいたぼくの胸に、オランの手が当てられ、押しのけられた。


「————」


 オランは黙って立つと、土を払う。

 それからアゴで付いて来いという意味だろう動きをして、振り返ることなくスタスタと前を行ってしまう。


「オラン…………」


 立ち上がるときに見た、オランの目。

 まるで敵に向けるようだったそれを見て、良い予感なんて浮かびようがなかった。

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