村会議


「よーし、うまいもんだ」

「お! 当たったあ! いいぞー!」


 太陽を真上に浴びながら、セトナ村の広場はたくさんの村人で賑わっていた。


 子どもたちの手には弓と3本の矢。

 傍にいる大人は時々手で構えを指導しながら、立てられた木の板に矢が当たるたび、自分のことのように手を叩いて歓声を上げる。

 ちょっとしたお祭り騒ぎだった。


「おお、アトラくん。君はやらんのかね?」

「あ、クワンさん。こんにちは」


 何となく広場を眺めるぼくを不思議に思ったのか、村長のクワンさんが腰を叩きながら隣に立った。


「ぼくは家の庭で練習しましたから」


 クワンさんはにこやかな表情を浮かべたまま、そうかいそうかいとうなずく。


「クワンさんはどうしたんですか?」

「儂かあ? なあに、村の若いのを見るのがすきでなあ。すこうし様子を見にきただけじゃよ。そうしたら興味深げに眺めとるアトラくんがいたのでなあ」

「興味深げ……ですか?」

「不思議そうともいえる。意外じゃったか、これほど人が集まるのは」

「————————」


 心の中を言い当てられて、一瞬村長の方を見る。

 相変わらずその目は、やわらかく子どもたちを見守っていた。


「たしかに……意外でした。みんながこんなに乗り気になるなんて思いませんでしたし……思ったより大きなことになったから…………。子どもまで出てくるなんて…………」


 今、村は狩りの準備に沸いている。これは例年通りのことじゃない。今年の狩りは、かなり特別なのだ。


「それだけアトラくんが認められとる証拠じゃよ。釘を刺すようじゃが、ナクラム様の息子だからではないぞ?」

「……はい」

「まあ、娯楽の少ない皆にはちょうど良い提案じゃったのはたしかだの。ゴン坊のあんな顔を見たのはひさびさじゃった」


 ゴン坊と呼ばれた人物に視線を向ける。

 彼はこの村1番の弓の名手で、危険な森での狩りの仕方を心得ている達人だ。

 もちろん、白髪混じりの頭から分かるように、坊なんて呼ばれる歳じゃない。けれど、村長さんにとってはいつまでもゴン坊なんだろう。


 当たり前だけどゴン坊は本名じゃないし、名前にもゴンなんて文字はない。村長さん曰く、彼が小さい頃からのあだ名ということだった。

 とんでもない石頭から呼ばれるようになったとか。


 今では熟練の狩人である彼は村長さんの言う通り、誰よりも嬉しそうに弓の扱いを指南していた。

 今回の行事を言い出したぼくとしては、なんだかそれだけで嬉しくなる。


「しかし、皆驚いておったのお。アトラくんからこれほど大胆な提案をするとは————」


 村長さんが言うのは、つい先日の村会議でのことだった————



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



 ぼくの家は、セトナ村では1番大きい。町のもっと大きな屋敷を見たことのあるぼくからすると、我が家は屋敷としては謙虚な方だと思う。それでも、ここセトナ村では間違いなく1番だ。

 向いにある村長宅が小さく感じる程度には大きな我が家は、村の人からはお屋敷と言われているのも最近知った。


 3階には長い廊下とお父さんの書斎や仕事道具がたくさん入っている物置部屋があり、ぼくでも勝手に行くことはできない。

 いつだったか妹のアリアとかくれんぼをしていて、もう他に思いつかないからと上がったときには、お母さんにこっぴどく怒られたのを覚えている。

 あのときは確か、アリアはお母さんのスカートの中に隠れてたんだっけ。……今思い出しても少しズルじゃないだろうか。


 2階はぼくたち家族の部屋や、本がたくさん置かれた部屋があったりする。ここはぼくのお気に入りで、ここにある本はなんでも好きに読んでいいことになっている。

 ぼくの知識はこの部屋の本から得たものがほとんどだ。

 もともとはいろんな本が本棚にきちんと整頓されていたこの部屋も、お父さんが町へ出かけるたびに空きがなくなり、今では本棚から溢れた本が床の上を占拠している。

 今度お父さんがぼくのための本棚を作ってくれると言っていたけど、本の置き場に困っただけでしょ……とは言わずにおいた。


 そして、1階。

 食堂や、暖炉のあるちょっとした広間、来客用のいくつかの部屋なんかがあるひろびろとした空間。

 その1階の広間が、今はすこし狭く感じられた。


「え~、それでは皆そろったようじゃな。これより村会議を開始する。今日はかわいらしい見学者もおることじゃ。気楽になぁ」


 応じる掛け声とともに拍手がおこり、1階に反響する。来客用の大テーブルには、村長をはじめとした村の幹部が揃っていた。

 その数、見物人のぼくも含めて20人。

 その中にはレガンさんをはじめとした、昨日見た顔がいくつもあった。


 村長さんの隣にお父さんが座り、それから順に年齢で座ってるみたいだ。


「……………………」


 視線を感じる。

 それもそうだろう。ぼくが積極的に村の行事に関わるようになったのも最近で、村会議に幹部以外の人間が————ましてや子供がいるというのも初めてのはずだ。

 会議の見学を自分から申し出たこともまた驚かれている要因に違いなかった。


 オランの家に行ったときから、ぼくはいろんなことを考えた。どうやってオランに会うか。それも自然な形、警戒され難い形でと。

 それでもうまい考えは浮かばずに、気づけばあれから10日以上が経過していた。


 そんなぼくが村会議の見学を思いついたのが、ある日の朝食時。お父さんが言った『今年の村会議は家でやるかもしれない』という言葉がきっかけだった。


 毎年今後1年間の村の予定や方針を決定する村会議。その会議の議題に、今年は例年とは違うものが追加されている。その議題に関して、ぼくはひとつの提案をしたい。そのための見学だった。


「————ということです。えー、まあ例年通りでいいんじゃないでしょうかね」

「異議は…………ないようじゃの。次——」


 会議は滞りなく進む。議題のほとんどが『いつも通りで』のひと言で済むんだから、滞りなんて起きようがない。みんな教会の礼拝みたいに、決まった手順で決まったように動いているだけだ。

 が————


「さて、それじゃあのお————例の議題と行くか」

 

 ————そんな平和な村会議は、唐突に終わりを迎えた。


「————っ⁉︎」


 村長のそのひと言で広間の空気は一変した。弛緩した穏やかな空気は突如として緊張感に張り詰め、謎の熱気が広間を満たす。幹部の男たちの顔は、まるで戦へ赴く戦士のそれだ。


 ————『例の議題』。お父さん曰く、例年で唯一白熱する議題。その内容は、村に入った儲けの配当をどうするか。


 ここにいう村に入った儲けとは、つまりは町で売れた村の作物や毛皮などの売り上げ金。ここのところぼくが頭を悩ませている間にも、お父さんは1度町へ行っている。

 今年はオオカミの魔物の毛皮やその魔石が大量に手に入ったのもあって、帰ってきた馬車の荷台にはいつもより大きな袋がジャラジャラと夢のある音を奏でていた。


 そんなこともあって、今回の村会議は例年とは異質なものになっている。この場の幹部は全員が妻帯者。セトナ村の男すべてに共通して言えるのが、妻の尻に敷かれがちということ。

 その例に漏れず、男たちは妻に釘を刺され、見送られてこの場にいる。

 やる気が違う。


「ナクラム様」

「はい」


 お父さんが返答すると、おもむろに足元から大きな皮袋を取り出して、大テーブルの上にそれを下ろした。

 硬貨の擦れ合う音とともに聞こえる、ドズンという重たい音。

 ……誰かが生唾を飲んだのが、はっきりと聞こえた。


「今回は作物のほか、眼狼……つまりは例の魔物の皮と魔石、そして眼球も取り引きするため、平時お世話になっているシーガッタさんのところだけではなく、マレキューゼ商会の主催する競売会を利用しました。数点の皮は……申し訳ありません。損傷が激しいとのことで————」


 お父さんが売却金額の内訳や経緯を説明している間にも、皮袋には熱い視線が集まっている。真面目に話を聞いている人は、多分いなかった。


「————ということで、教会への税金も前払いしておきました。私からは以上です」

「え~そんな訳でじゃなあ、これより配当を決めたいと思————」

「村長! 今年のポリピナは俺の畑を使いましたよね⁈ 村のために!」

「自警団も畑の見回りや森の監視を徹底した!」

「いやいやレガンさん。お宅のカロンくんが壁を削ったのに気がつかなかったのは自警団の落ち度でしょう? カロンくんの父親としての責任もあるんじゃないですか?」

「ぐむくく……!」


 お父さんが話し終えた途端、大人たちが一斉に自分の貢献を強調し出して、広間は一気にうるさくなった。


 お父さんは微妙な顔でぼくを見る。見学させるべきだったのか悩んでいる顔。

 それはぼくも同じだった…………。


 結局2時間以上騒いだ末に、今回の配当は決定した。

 1番必死だったレガンさんは、数多に出たカロンのイタズラ被害の告発と、今回ぼくたちが森に入るのを予防できなかった自警団の責任を持ち出され、配当金は下から数える方が早いという金額になってしまった。

 大人の本気の無念な咆哮を聞いたのは初めてかもしれなかった。


 それから小休止で喉を潤して、いよいよ議題はぼくにとっての本題に移る。


「さて、喜びに浮く者も悲しみにむせぶ者もいるじゃろうが、次に行くぞ。今回は特に時間を使ってしまったからのお。議題は今後の森についてじゃ」


 今後の森について。

 それはオオカミが激減し、天敵が消えたことで大繁殖が見込まれる猪や鹿などによる食害を懸念してのことだ。


 みんなが一様に難しい顔をする。心なしか、お父さんの気配が薄くなっている気がした。

 当然、ことの発端を作った片割れであるぼくも、なかなか居心地が悪い。


「————————」


 視線が一斉に、挙手した人間に集まる。

 その目はどれも驚いたものだった。


 それでも、手は下ろさない。

 オランに出てきてもらう手段が、ぼくにはこれしか浮かばないから。


「そ、そのことについて……あの、て、提案が、あるんです…………が………………」


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


「オオーー!」


 また一つ、歓声が上がる。

 見れば、子どもの放った矢の半分以上が的に当たるようになっていた。


「————————」


 思い返せば、あの時ぼくのした提案なんて、悲しいほど単純なものだった。


 『せっかくだから、村を挙げての狩猟祭りにしちゃいませんか?』


 要はこれだけ。


 それに思いのほか異議の一つも出ずに、なんと満場一致で通ってしまった結果が今なんだ。

 

 …………それでも、クワンさんが言ったことがほんの少しでも正しいなら、ぼくはこの光景に胸を張ろうと思う。


 村長の呼びかけで、狩りはあと5日で始まる。

 村長の声は辺境の村では絶大な効果を持つ。よほどのことがなければ、村の男なら参加するだろう。逆を言えば、参加しないならよほどのことがあると見られ、心配されるのが村社会だ。


 目立ちたくない人間ほど、参加しない手は打てない。

 性格上親に詳細を語っていないであろうオランは、父親の誘いを断れないはずだ。


「卑怯だけど、出てきてもらうね、オラン」


 ぼくは来る日のことを胸に、弓の鍛錬に家へと戻った。

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