不穏


 3人で道を歩く。目指すは村の玄関とも言うべき、外周部の正面門だ。

 すでに村のみんなは昼食を終え、土の付いた農具を担いで畑に向かう人や井戸端会議に熱中する人で活気付いていた。


 ぼくは村の人とすれ違うたびに声をかけられて、その都度カロンが「急いでるから」と断ってくれた。けどお肉のお礼にとたくさんの野菜を渡すのだけは、頑として譲らない。結局目的地に着くころには、腕の中に野菜の山が築かれていたのだった。


 たぶん「お肉」とは、つまり例のオオカミ肉のことだ。

 人に会うたびそのお礼をくれると言うことは、当然お母さんがそれだけお肉を配っていたわけで…………。

 今更だけど、村の周辺の生態系が心配になったりする。


「大丈夫? アトラくん…………」

「重いなら持つぜ? すげえ量になったなぁ…………」


 視界を野菜にふさがれているから分からないけど、きっと2人とも呆れた顔をしているんだろう。


————腕にかかる重さが軽くなると同時に開けた視界には、やっぱり思った通りの2人の顔があった。


「これだけあるなら、もしかしたら買ってくれるかも……」

「お、ならちょうどいいじゃんか。荷物を押しつけて金までもらえる」


 名案だと頷くカロンは、ふと何かに気付いたように目を細めた。視線はぼくの腰にあるポーチに向けられている。


「ところで……なんだよ、それ? なんか持ってきたのか?」

「ああ、うん。ぼくのお小遣いを少しだけ。おもしろいのがあったら買おうかなって」


 ポーチに手を伸ばし、中から何枚かの硬貨を手に取って見せる。


「わあ! アトラくん、それ銀貨でしょ? 初めてみた!」

「銀貨……って、高くなかったか? おこずかいって額じゃないだろ……。毎月こんなにもらえるのかよ」

「毎月じゃないよ。村じゃほとんど使わないから、勝手に貯まっちゃうんだ」

「あー……たしかにな。オレも使ったことねーや」


 いつの間にかシルスの手の中にある銀貨を見ながら、カロンは思い返すように言う。


 セトナ村ではほとんどが物々交換で、硬貨を使う機会がない。

 あるとすれば、1つは町に野菜や皮を売りに行くとき。もう一つは、村に行商人が来たときだ。


 お母さんは貰ってばかりは悪いからと無理やりお金を払って「買い物」にするけど、それは特殊すぎるからカウントしない。


「アトラくん、これは大きい方? 小さい方?」

「小さい方だよ」

「なんだよ、その大きいとか小さいとかは」

「銀貨には普通の銀貨のほかに大銀貨っていうのがあるんだ。それと区別するために、普通の銀貨を小銀貨って言ったりするんだよ」


 ポーチの中を確認する。残念ながら、大銀貨は持って来なかったみたいだ。


「2枚だけ持ってるんだけど……持ってきてないや。今度見せようか?」

「でっかい銀貨なら見せてくれ。光を反射させて、村のヤツらおどろかせようぜ」

「いや、大銀貨って言ってもほとんど大きさは変わらないよ? 少しだけ厚くなって、あとは教会が描かれてるくらいだから」

「なーんだ、つまんねーの。おいシルス、いつまでやってんだよ。野菜落とすぞ」

「あっ! ご、ごめん、アトラくん……」


 シルスは銀貨に付いた指紋を何度も拭き取ってから、バツが悪そうに銀貨をポーチに戻した。

 

「そんじゃ、行こうぜ! はやく荷物なくしてーし」


 視線の向こうには行商人のものであろう荷馬車が見える。ぼくたちは片腕にのせた野菜をもう片方で支えながら、誰からともなく早足競争で向かった。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



 近くで見る荷馬車はかなり傷んで見えた。馬もあまり食べ物をもらえていないのが、その痩せた身体から見てとれる。


 荷台は天井から布を垂らして部屋にしている簡素な作りで、布を閉ざされた中を見ることはできない。もしも商品があるなら、この中にあるんだろう。


「誰もいないな……」


 カロンの落胆した声が聞こえる。たしかに、荷馬車の横にも後ろにも人影はない。

 ただ————


「しー、聞こえる?」

「「……………………」」


 よく聞くために2人に静かにしてもらうと、こもった感じの人の声が聞こえた。シルスもカロンも、聞こえたみたいだ。


「荷台の中にいるんだよ……」

「だったら声かけてはやく売ろうぜ……?」

「待ってカロン。誰かと話してるんだから待つべきじゃない……?

「話し終わるまでこいつを持ったまま待つのか? だるいぞそれ……」


 3人で声をひそめて話し合う。待つのか、声をかけてみるのか。

 結論としては、一度声をかけてみて、今は忙しいと言われたら荷台に野菜だけでも置かせてもらおうとなった。


 答えが出てから、カロンは早い。

 すみませんの挨拶もなしに布を掴み、バサバサと揺すりながら声を上げる。


「誰かいるかー。野菜買ってくれー!」

「「か、カロンーー⁉︎」」


 予想してないやり方に、慌ててカロンを止める。

 驚いたのは行商人も同じみたいで、中がにわかに慌てた気配になったあと、ゴソゴソと動く気配。しばらくして、1人の男が布をまくり上げて出てきた。


「————なんだ、おい」


 男はイラ立ちをあらわにぼくたちを睨みつける。

 シルスの顔が一瞬歪んだ。恐怖でじゃない。臭いだ。


 出てきた男の印象は、ひとことで言って小汚かった。ボサボサの頭に伸びるに任せた無精髭。体を洗っていないのか、酸っぱい臭いとともになにか別の悪臭もさせている。

 清潔感とはおよそ遠すぎる印象だ。


 カロンにいたっては堂々と鼻をつまんでいる。


「くっせーな、あんた水浴びた方がいいぜ? 野菜買ってくれって言ったんだよ、こいつだ」

「おいガキ————あ? なんだ、食い物か? よこせ」


 男は一瞬不穏な空気を纏ってから、突然目を見開いて野菜を掴み取る。ぼくたちの腕から、まるでふんだくるみたいに。

 男が熱心に野菜を載せる間に見えた荷台には、大きめの木箱がいくつかあって、内一つは蓋のズレた状態だった。他に商品らしいものはない。


「————うし、これでいいだろ。帰れ」


 野菜を荷台に載せ終えて、男は荷台に戻ろうとする。


「はあ⁈ おい、金は⁈」

「ああ? なんの話だ、そりゃ」

「ふざけんな! 買い取れって言ったんだ! 一言だってやるとは言ってねえ!」

「チッ、まあいい。どうせ……だしな。ほれ——」


 男が懐から取り出したものを指で弾いてよこす。

 上に狙いの逸れていたそれをカロンが跳んで掴むと、男が舌打ちをしたのを聞いた。


「おい、銅貨1枚はおかしいだろ。いくつあったと思ってんだよ!」

「買い取っただろ? いくらでかは言わなかったよなぁ。お勉強になっただろ? まあ今さら勉強しよーがムダだがよ」

「てめえっ‼︎」

「カロン!」


 激昂して飛び掛かろうとするカロンを後ろから止める。それを見て、男はつまらなそうに荷台の中に消えた。

 やっぱり、挑発していたんだ。何をするつもりだったのかは分からないけど、これ以上関わらない方がいいだろう。


 ぼくは暴れるカロンを引きずるようにしてその場を離れる。途中でポーチから落としたお金は、シルスが全て拾ってくれていた。


 村の人からの視線が増えるにつれて、カロンは大人しくなっていった。大人しくとは言っても、それは暴れないという意味で、未だにさっきの件は腹に据えかねているのが乱暴な歩き方から伝わってくる。


 ぼくはシルスから受け取った硬貨をポーチに戻してから、さっきの男について考える。あれだけ騒いでも見張り台の人が降りて来なかった。

 気がつかなかったはずはない気がする。


「もう、興奮しないでよ。アトラくんが止めなかったら手を出してたでしょ?」

「おまえだって見てただろ⁈ オレが悪いってのかよ⁉︎」

「それはそうだけど……元はと言えば、アンタの態度が火種でしょ? それで向こうもあんな態度になったんじゃないの?」

「オレが悪いって言いたいんだな?」

「カロン“も”悪いって言ってんの。相手だって悪いに決まってんでしょ⁈ わたしだって怒ってるんだから!」


 カロンは一瞬眉間にシワを作って、納得したと肩から力を抜いた。シルスの言い分に納得したというよりも、シルスも怒っていることに納得した感じだ。


 カロンは深く息を吐いてから、口を開く。


「アトラ、おまえは何かないのかよ。あれはオレの野菜じゃないだろ」

「うん……。カロンは今日の見張り台の担当が誰か知ってる?」

「……は? 見張り台?」


 意味が分からないという顔のカロンに、そういえばという顔のシルス。


「門と見張り台は近いのに、あんなにカロンが怒ってても降りて来なかったよね」

「それがどうしたんだ? 誰かがサボってたのがそんなに気になることかよ」

「いや……荷台の中で話してた人ってその人なんじゃないかと思って」


 いよいよ分からないとカロンは頭をかいて唸った。


「荷台には誰もいなかったじゃんか」

「ひとつだけ蓋のズレた木箱があったんだよ。人ひとりは中に入れると思うんだけど……」

「たしかに、私も声は2人だった気がする」

「…………なんで隠れるんだよ、そいつ」

「ぼくもそれは分かんない…………」


 隠れたからどうという話じゃない。けど、あんな男と知り合いで、2人で語らえるような仲の人間が村にいるなら、少しだけ怖かっただけなのかもしれない。


 話が終わり、誰も何も言わない時間が過ぎる。

 次に口を開いたのは、カロンだった。それは焦れたように早口で、居心地の悪さを感じているのが隠せてない。


「とりあえず今日は解散するか。今日わかったのは、アイツは最悪で、おまけに臭くて、見張りをサボったヤツがいふってことだろ? 自警団については父ちゃんに言っとく。今日はもう帰ろうぜ。…………その……悪かった」


 言い切ったカロンが返事も待たずに駆け去って行ったことで、今日のぼくたちは解散した。

 なにか言いたそうにしていたシルスも、最終的にはまたねとだけ言って帰って行く。一度だけ振り返ったシルスに手を振り返して、ぼくも家路に着いたのだった。

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