解禁


 お父さんがいない間のわずかな時間、ぼくたちは秘密基地の件で会えなかった間の話で盛り上がっていた。大きな声は出せないけど、そんな中での会話も内緒話みたいで新鮮で、心が弾んだ。


「そろそろ戻らないと。聖騎士様に見つかるとアトラくんが怒られちゃう」


 シルスの言葉で、そういえばお父さんに見つかるのはまずかったと思い出す。一応ぼくは謹慎中。こうして友だちとの談笑に興じることが出来ないことも、罰の内なんだから。この時間が、今はやましいことなんだから。


「そっか……今日はありがとう。はじめは驚いたけど、2人が来てくれて嬉しかった。あ、塀を越えるの手伝うよ。こっちからじゃ登りにくいよね?」

「いんや、まだだ。今日はお見舞いのためだけに来たんじゃないんだかんな」


 カロンの言葉に、2人で首を傾げた。

 シルスもぼくと同じ反応だったってことは、カロンからは何も聞いていなかったということだ。


 カロンはわざとらしく辺りを警戒するみたいに見回してから、大げさに身をかがめて声をひそめた。


「ここだけの話な? 今朝家を出るときに父ちゃんから聞いたんだけどよ、見張り台からこっちに向かって来る灯りが見えたらしいぜ? 馬車だ、馬車。『ギョーショニン』かもなってよ」

「それ行商人でしょ? 恥ずかしいからそれくらいは知ってなさいよ」

「うるせっ!」


 カロンは少し顔を赤くしてから、仕切り直すようにせき払いをする。


「とにかく! 父ちゃんが見張りを交代した時間から考えると、そろそろ村に着いてるはずなんだ、その——」

「——行商人ね」

「——分かるっての! そいつが門のあたりにいるころだ。ぜったいおもしろいだろ?」

「行商人か……珍しいね。町では見かけた気もするけど、村に来る行商人なんて見たことないや」


 セトナ村は一般的に使われる街道からは外れている。わざわざ商業ルートを変えるほどの特産品もなく、いくつかの果物と動物の毛皮くらい。

 昔は牛を飼い、チーズを売ったりしたと村長さんが言っていたけど、それもオオカミにみんな食べられてからやめてしまったという。

 だから行商人が来るなんてほとんどないことだし、まれに来たときも、例によってぼくは家から出なかったから見たことがなかった。


「だろ? だよな? よし、じゃあちょっと抜け出して見に行こうぜ!」

「え? ——っとと!」

「ちょっと?!」

「いいからシルスも後ろを押せ押せ! ずっと家にいて出歩かないとカビはえるぞ! いざとなれば無理やり連れてかれたってことでいいだろ」


 腕を掴まれ、グイグイと引っ張られる。珍しいのは、いつもならカロンを止めるシルスがオロオロするだけで止めに来ないことだった。


 その場でふんばりながらどうしたものかと悩んでいると————いつからいたのか、聞き慣れた声が降って来る。


「おっと、流石にそれは見過ごせないぞカロンくん」


 ぼくたち3人の肩が、そろって跳ねた。

 ゆっくりと声のした方に顔を向けると、お父さんはぼくたちのすぐ隣に立ち、見下ろして来ていた。


「あ、いやぁ、オレたち見舞いに……へへ、なあ?」

「え?! あ、は、はい……私たちは……」

「そうか、息子のためにどうもありがとう。が、それなら塀を越える必要はなかったんじゃないのかな?」

「っ! っとぉ……それはぁ…………すいません……」

「ごめんなさい!」


 後ろめたい侵入経路を言い当てられて、カロンは観念したようにうなだれ、珍しく神妙に謝罪の言葉を口にした。なかなか見ないカロンにギョッとしていると、シルスがそれに続いた。

 それにお父さんはなんと言うのか。怒るのか、それとも見逃すのか。その時はどう言ってかばおうか。

 思案しながら待っていると、お父さんは意外なことを口にした。


「次からは正門から来なさい。行商人を見に行くことは構わないのだからね」

「えっ、いいの?!」


 それは全く思いがけない言葉だった。お父さんはぼくを見てから驚くほど機嫌良く笑うと頼もしくうなずく。


「勿論だ、父さんに二言は無い! ……そもそも人の繋がりは得難いものだ。いくら罰とは言え、10日も引き離すのはいいこととは言えないな。説得は任せろ」

「やったあ!」


 弾けたように、庭にぼくたちの歓声があがる。

 大したお咎めもない上に、今日から3人で遊べるという展開に、お互い肩を叩いてはしゃいだ。


 だけど、お父さんはそんなぼくたちが落ち着くのを待ってから声色を変えてただしと続けた。


「ただしアトラはこれから朝食だ。出かけるにしても休息や食事を疎かにすることは許さない。激しい運動をしたんだ、遊びに行くのなら午後からにしなさい」

「そ、そんなのおそすぎる! チンタラしてたら行っちゃうだろ!」


 お父さんの言葉に大声で否がかかる。声の主はカロン。さっきの神妙さはどこへやら、口を尖らせて不満な様子を隠そうともしない。やっぱり演技だったんだな……と、呆れ半分安心半分のぼくは、苦笑まじりのお父さんに同じ表情を返した。

 

 そんなぼくたちとは対照的に、シルスは短く悲鳴をあげると、慌ててカロンの口に蓋をした。


「かかカロン?! ご、ごめんなさい! すみません! カロンはバカなんです!」


 カロンの頭を無理やり押さえながら謝るシルス。お父さんは気にしてないと手を振ってから、子どもに言い聞かせるように答えた。


「カロンくん。もしもこの村に向かっているのが行商人なら、いつもの様に村で一泊するはずだ。なら何も慌てる必要はないだろう? 違うかい?」

「ん? ……あー、そういえばぁ…………そうだっけか、シルス?」

「そうよ! アンタ何年ここで生きてるのよ!? もうこれ以上迷惑かけられないんだから、さっさと帰るの!」

「——ぅお?! おい!」


 憤怒の形相のシルスがカロンの腕をむんずと掴むと、そのまま引きずるように正門へ向かう。はじめは抵抗しようとしたカロンも、やがてそれを諦めて大人しく連れてかれることにしたみたいだ。

 2人は正門まで行くと、そろって振り返って手を振る。


「アトラ、また後でな! ギョーショニンのやつはオレがふんじばってでも帰さないから心配するなよな!」

「そんなことさせないから安心してね。今日は本当にすみませんでした。アトラくん、午後にまた来るね」

「なんだよ、今日のシルスはオレん家の母ちゃんみたいだな。今からそれじゃ老けるぜ?」

「アンタはもうだまってて」


 最後まで変わらない2人に自然と口角が上がるのを自覚しながら、手を振り返して見送った。

 お父さんがぼくの頭を撫でながら笑う。


「いやぁアトラ。本当に面白い、良い友人を持ったな」

「——うん!」


 ぼくはお父さんの言葉に、自信を持って頷いた。

 今から2人が来るのが楽しみだけど、朝ごはんまで時間もないし、早く汗を拭いて着替えないといけない。


 ぼくははやる気持ちを抑えながら、お父さんと一緒に家に入る。そう、お父さんによる説得は朝食の場で行われるのだ。

 自然とぼくの腹にも力が入った。



– – – – – – – – – – – – – – – – – – – –



 結果として、お母さんは拍子抜けするほどあっさりと頷いた。

 曰く、お母さん自身もその時の怒りで言ってしまい、言った手前自分から覆すことも出来ずにいたとのことだった。お父さんもそれを分かっていたらしい。


 ぼくはと言うと、肩透かしを食らった気分ではあったけど、じわじわと解放感と喜びが湧き上がり、今ではすっかり2人が来るのを楽しみにしている。

 それがスパイスになったのか、もう飽き飽きしていたオオカミ肉もとても美味しく感じられた。


 朝食の後は庭で反省会だ。今日の打合いで見えた課題をお父さんから指摘を受ける、苦くて、けれど重要な時間になる。


「兎にも角にもアトラの剣筋は実直に過ぎるわけだ。父さんとしては嬉しくもある。だが、狙う先を凝視する癖は命取りだ。アトラの視線で、敵はどこを狙われるのかを悟ってしまう。しばらくはこの癖を直すための鍛錬になるな」

「うん…………分かってはいるんだけどなぁ……」

「それに、これは長所でもあり短所でもあるんだが、アトラは眼がいい。良すぎるほどにな。相手の予備動作を見るのが戦いの常なんだが、どうにもアトラは切っ先の動きで反応している。攻撃を見てから反応しようとして、しかし体がついて来ずに剣で受ける。そして攻撃に転じる機会を失っている訳だ」

「はい…………」


 お父さんの指摘は的確ですごく為になる分、自分がまだまだなのを思い知らされる辛さもあって、いつもこの時間は緊張してしまうのだった。


「なんだ、顔を上げるんだアトラ。父さん言ったろ? これは長所でもある。普通相手が動いてからの対処は難しい。反応もほとんど間に合わない。それを、お前は目で見て、軌道に合わせて剣で受けることができている。間に合っているんだ?これは間違いなく才能なんだぞ? ————もしかするとそのうち『開眼』するか…………特別枠から近道も…………」

「……?」


 最後、何か呟いた気がしたけど知らない言葉でうまく聞き取れなかった。

 お父さんは笑って「なんでもない」と言ったけど、どことなくごまかされた気分だ。


 その後はお昼ご飯まで妹のアリアと花壇で花の世話をして、お母さんに呼ばれて昼食。

 そしてすぐに、2人はやって来た。

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