守りたいもの


「ど、どどどう、どうするんだよう!? 集まって来ちゃったけどさあ!? こ、こっち見てるし……!!」

「分かってるっての! とにかく……こ、これだ! これ持っとけ!」

「木剣なんて持ったって意味ないよ! ああぁ……おれここで死んじゃうんだあ……! うっ、うぅ…………」

「ないよりいいだろ! 泣くな!」


 どこからともなく現れた6頭のオオカミ。

 不気味な沈黙を保って、まばたきひとつせずにエモノを見つめている。

 視線の先はもちろん、ぼくたちだ。


 6つの目はなにを考えているのかも分からない。

 ピクリともしないその不気味さが、ぼくたちの精神をじりじりと焦がす。


 後ろではオランとカロンが言い争う声が聞こえている。

 こういう時に頼りになるのはシスだ。


「……………………?」


 待ってても、予想したシスの声は聞こえてこない。

 いつもなら今ごろ「うるさーい!」という大声で、崩れかけた空気を正してくれるはずなのに。


「ア、アトラくん…………」


 不安そうに震えるシスの声。

 振り向いてみると、すがる様な視線がぼくに向けられていた。


 そうか…………ぼくが、シスならこの2人をなんとかしてくれると思っているように、シスは、ぼくがこの状況をどうにかしてくれると思ってるんだ。

 この状況をなんとかできるとすれば、それはカロンでもオランでもなく、アトラ・アーカーだと。聖騎士の息子である、ぼくだと…………。


 そう気付いた途端、頼られる重さがのしかかってくるのを感じた。

 ぼくが…………頼られている。期待されている。護ってくれると。


 視界の向こうで言い争っていたカロンが、木剣を手にしてやってくる。

 オランはどうしたのかと視線を向ければ、木剣を力なく手にぶら下げて、カロン自慢の木の床をジッと見ていた。


「アトラ、おまえも持っとけよ…………シルスも情けない顔すんな! いざとなったら、オレがこいつでぶん殴って追っ払ってやるんだからな!」

「…………カロンも、…………アンタもふるえてるくせに」

「っ! …………ムシャブルイに決まってんだろ」


 シスの言葉で、はじめて気づいた。

 カロンだって、こわいんだ。当たり前だ、誰だって死にたくない。あんなケモノに喰い殺されるなんて、ぜったいにイヤだ。

 でも、カロンは必死に耐えている。

 耐えて、リーダーとして、ぼくたちの前で強がってくれている。


 それに今さら気付いて、やっと覚悟が決まった。


「ぼくも少しは戦える……シスはオランと真ん中にいて」


 死なせない。この3人は、ぼくの友達はぜったいに死なせない。たとえぼくが死んだとしても、必ず帰す……!


 カロンから受け取った木剣は、ぼくが普段使うものよりずっと軽い。たぶん、使っている木が違うんだ。

 

 こんなに軽くて頼りない木剣で、あのオオカミたちに目の前のエモノを……ぼくたちをあきらめさせなければならない。


 ムリだと、頭の中で誰かが言った。

 けど、やるしかない。

 この中で一番戦えるのは、きっとぼくだから。

 護らなきゃ。お父さんならぜったいにそうする。

 友達3人を護れなくて、聖騎士になんてなれるもんか!


 ぼくは決意を胸に、足を踏み出そうとした。

 そこに、カロンが待ったをかける。


「ちょっと待てよ、オランだって男だ、戦える! ほらオラン、アトラばかりにやらせらんねー! オレらも戦うぞ!」

「ひぐっ、う……うぅ、ぐすっ」


 カロンの声にオランは反応せず、床を見たまますすり泣いている。

 その様子に、カロンはいらだたしげにオランの肩をつかんで自分の方を向かせる。


 オランの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。


「じ、じにだぐなぃよぉう…………! おれ、死にだぐない゛ぃぃ…………!」

「ぐ……く、クッソーー!」


 オランはその場でへたり込み、わんわん泣いた。

 お父さんを呼んだ。お母さんを呼んだ。そして、弟も。

 オランに兄弟がいるのを、この時はじめて知った。


 オランは戦えない。それを責めるなんて、この場の誰にもできない。


 泣き声につられる様に、シルスの目にも涙が浮かぶ。

 …………カロンの目にも、くやし涙があふれた。


「————っ!」


 その時ぼくが反応できたのは、本当に偶然だ。

 涙を浮かべる3人から視線をオオカミたちに戻した瞬間、目に映ったのは、音もなくかけ上がってくるオオカミの姿だった。


「カロン!」

「っ?! うわああああ!?!?」

「——シッ!」


 登ってきたオオカミの、たった1つの目。

 反射的に放った一撃は奇跡的にもそこへ当たり、ひるんだオオカミはカロンの目の前の床に爪痕を残して落ちていく。


「ギャウッ!?」


 悲鳴に反して、落下したオオカミはすぐに起き上がり、また唸り声を上げながらぼくたちをにらんでいた。


「た、たすかったぜ……アトラ…………」

「カロン、早く立って! 今のはたまたまだよ!」


 下では他のオオカミたちが、再び風をまといはじめる。


「こんなに簡単に登れるなんて…………」

「たぶんなにかの魔法だと思う」

「魔法?! てことは、あれは……」

「『魔物』だと思う」


 『魔物』の定義は『魔石』を持つかどうか。『魔石』のおかげで魔法が使える以上、どう見てもあのオオカミたちは『魔物』だった。


「さいあくだ、クソ! なんでオレの秘密基地で、こんな…………!」

「カロンが果物なんてわたすからじゃないかあ!? シスもだよ! シスが遅れて来なかったら、こんな事にはなってなかった! シスが遅れさえしなきゃ、アイツらが匂いにつられることもなかったんだ!」

「…………ごめんなさい」

「オラン!!」


 オランのパニックが広がりはじめている。いよいよ攻撃がはじまる中、空気は悪くなる一方だ。


「また来る……」

「〜〜〜〜! オラン! そんなに叫びたいってんなら村にむかって叫んでろ! オレん家のババアは地獄耳だから聞こえるかもしれねー!」


 カロンがオランに助けを求めるように指示する。

 だけど、たぶん意味はないし、カロンもそのことは分かってる。とにかく、オランになにかをさせることが重要だった。


 このままじゃ、みんな死ぬ。

 

 ぼくは考えていた作戦を実行するべく、秘密基地から飛び降りた。


「————————!」

「おい! アトラ?!」

「きゃあ!?」


 2人の悲鳴が聞こえる。そして、すぐに地面が迫ってくる。

 右手の木剣を下に向け、両手でしっかりにぎる。目指す着地場所は、下にいるオオカミだ。


「ぐぅぅう————!!」

「ギャッ!?!?」


 体はだいたい狙った位置に落ち、木剣はオオカミの腰のあたりにめり込んだ。

 そして、衝撃。


「あグッ、くぅ————!!」


 殺せなかった勢いのまま、地面を転がる。

 転がっている間は、ものすごく長かった。めちゃくちゃに流れ、回る視界の中で、いつオオカミの牙に襲われるか、気が気じゃない。

 そして気持ち悪さをこらえながら、ぼくはなんとか止まり、すぐにその場から走った。


「ハァッ、ハァッ、ハァ、っ、ハァ……!」


 向かうのは森じゃない。村でもない。

 あのオオカミから森で逃げ切るなんて、人間の足でできるはずがない。

 だから、向かうのは秘密基地のある大きな樹だ。

 

 ぼくは未だに痛みにもだえているオオカミを避けるように、秘密基地の下に駆け込む。そして、大きな樹を背にして木剣を構えた。


「来い……ぼくが相手だ! 登れるものなら登ってみろ!」


 これがぼくが考えた作戦だ。

 はじめにオオカミを1頭撃退する。そうすることで、オオカミたちはぼくを警戒するはず。無視はできなくなった。

 ぼくがいる限り、オオカミたちは上の3人を襲うことはできない。


 的は1つ、ぼくだけだ。


「ア、アトラぁ!」

「リーダーは上にいて! ぼくが防げなかったヤツから2人を守って欲しい!」

「っ、…………分かった! 上は任せろ!」


 自分も降りようとするカロンを止める。リーダーと呼ぶのはズルいけど、こうじゃないとカロンは止まってくれないのは分かってた。


 あとは、ぼくがどこまでやれるかだ。

 ぼくが手強いと思わせることができれば、オオカミは去る。村の人がオオカミに襲われたとも聞いていないから、目の前のオオカミたちは、まだ人の味を知らないはず。

 あきらめやすい…………はず…………。


「ふっ……ふっ……ふっ……ふっ……」


 呼吸はだいぶ落ち着いてきた。

 大丈夫。こんなオオカミより、いつも見ているお父さんの方がずっと強い。

 朝の鍛錬の時に見せる動きなんて、ぼくの目じゃ追えないくらいだ。

 それと比べれば、こんなオオカミ、遅すぎる。


「グルルルル————」


 目の前のぼくを敵とみなしたオオカミたちが、唸り声をあげながらにじり寄ってくる。


 ぼくは心の中でお父さんを思い浮かべながら、木剣を強く握り直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る