秘密基地


「そんでな、急にオランがもじもじしはじめたと思ったら——」

「カロン! そ、その話はなしだよ!」

「いやー、オレん家でやっちゃうんだもんなー」

「むかしの話だって! いつまで言うんだよー!」

「はははは」

「アトラも笑わないでって……」


 森に入ったぼくたちは、カロンの発案で思い出話に花を咲かせていた。

 今の話は、たぶんオランがカロンの家で“そそう”をしてしまった話だ。話に参加していない後ろのシスも、振り向けば涙を浮かべて笑いをこらえていた。

 

「も、もうおれの話はいいよ。アトラ! 笑ってないでアトラの話も聞かせてよ! 一方的に笑ってるだけなんてひきょーじゃん!」

「お、それいいな。そーだアトラ、聞かせろ聞かせろー! シルスが言ってたぞ。おまえん家は特別なんだってな。だったらおもしろい話もあるだろ!」

「え、ぼく?」


 怒ったオランにカロンが乗っかって、なにか話さないといけない空気になってしまった。シスに視線で助けを求めると、興味しんしんな視線とぶつかる。味方がいない。


「うーん……」


 3人からの期待の目がつらい。おもしろそうな、3人が喜ぶ話を一生懸命にさがすけど、どれがおもしろいのか分からない。


「じゃあ……なにか質問してくれれば答えるよ。ぼくのことも、ぼくの家族のことも」

「そんじゃ、オレからな。アトラん家って、金持ちなのか? おまえの着てる服も、なんかオレらのよりカッケーしさ」

「お金持ちかは……よく分からない。けど、お父さんは聖騎士だから、たぶん貧乏じゃないと思うけど」

「はいはい! アトラくんは普段どんな生活してるの? 食べ物も豪華とか? キレイな宝石とかネックレスとかあるの?」

「アトラも魔法とか使えるの? おれ憧れるんだよね」


 矢継ぎ早にくる質問に答えていく。1つ答えるたびに、3人は「へー!」とか「おー」とか言いながら聞いてくれる。特にお父さんについては反応がよくて、ぼくの話にもつい熱が入った。


 そうして話していると、足場の悪い森もあっという間だ。視界の奥に、草を刈られた空間が見えて来た。


「きたきたきた、あそこだあそこ! はやく行こうぜ! びっけはバツな! よーいどん!」


 早口で言い終えた途端、カロンは全力で走り出す。ぼくもすぐにその背中を追いかけた。


「うえ?!」

「ちょっと! わたし女の子なんだけど!」


 後ろから聞こえる声も気にならない。友だちとなにかで勝負するのは初めてのことで、ぼくはみるみる近づくカロンの背中を見ながら、口角が上がるのを止められない。

 ぼくは体力には自信がある。でも、いつも一緒に鍛錬するお父さんには全然勝てないし、友だちと競ったこともなかった。つまり、これが初めての競争だ。


 走る、走る、走る。息はリズムを崩さない。足場の悪いせいで、思う走りはできない。けど、確実にカロンの背中は近づいている。

 そして、次第に足場になれてきた。小枝を踏み折り、露出した根をうまく使って、身体はぐんぐん加速する。カロンの背中はもう目の前。もう息遣いまで聞こえる距離で、カロンは一瞬体制を崩した。


「うおっ!?」


 その瞬間、カロンを抜いた。足は止めない。はずむ呼吸と心地いいくらいの疲労感。ぼくはひときわ大きな樹に手をついて、後ろを振り返った。


「おまえ、はやいな……アトラ……!」


 息を切らせたカロンが笑顔で胸を小突いてくる。すこしくすぐったい。


「そのまま上見てみろよ」

「え? ……!」


 カロンの言う通りに上を見上げると、樹の上からロープが下げられていて、それは木の板で作られた床へと続いていた。床は4人で遊ぶには十分な広さがあり、壁の代わりにネットを使って部屋を作っている。

 木剣が置いてあるのもなかなかにくい。男の秘密基地という感じで、見上げながらワクワクが止まらない。

 木剣は、カロンのお父さんが自警団の団長だから借りるかもらうかをしたんだと思う。とにかく、武器と秘密基地の組み合わせはぼくの心を掴んだ。


「すごい……! これカロン1人で?」

「まあなー。おまえが一番だったし、最初に登ってもいいぜ。 リーダーのオレが許す!」


 リーダーの許可が出て、ぼくははやる気持ちを抑えられずに垂らされたロープを使って樹を駆け上る。そして、秘密基地に登りきった。


「……………………!!」


 ぼくはその光景に息をのんだ。秘密基地からは、ぼくたちがさっきまでいたセトナ村が一望できたのだ。

 山に囲まれたぼくたちの村。村の人たちが、今も自分たちの生活を営んでいるのが見える。そして、ぼくの家もすぐに見つかった。

 こうして見て初めて、ぼくの家が村でどれほど大きなものなのか実感するのと同時に、本当はまだぼくはあの家の自分の部屋で、秘密基地で遊ぶぼくたちを見ているんじゃないか……なんて、不思議な感覚になった。


 セトナ村はこんなにも小さいことを、初めて知った。


「あ! ずるいよアトラ!」

「っ! う、あ……? あ、オラン」


 ボーッとしてた。下からオランがこっちを見上げている。シルスがビリだったのかな? なんだか意外だ。


「あっ、そっか! アトラくんがさきに登ってたんだ。オラン、やっぱわたしが先ね」

「ええー!? なんで! おれが先でいいって……」

「あんたビッケでしょ。だからわたしの後」

「そんなー……」


 ああ、やっぱりオランがビリだったんだ。でも、なんでオランを先に行かせてあげようとしたんだろう? …………今なんとなく分かったけど、考えるのはやめておこう。


「よ……いしょ! ん……!」


 シスが登ってくる。ペースが遅いのは、シスがロープになるべく体重をあずけないで登ろうとするからだ。たぶんロープが切れないかこわいんだと思う。


「……ん?」


 シスが登っている下で、カロンとオランがこっちを見上げてきている。いや、なんとなく視線はぼくに向いていない気がする。ぼくというよりはシスの……。


「あっ」


 カロンと目が合った。カロンは人差し指を口に当てて、ニヤリ。

 うん、まあ……ぼくは、べつに……。


「アトラくん……」

「あ、うん」


 登ってきたシスに手を貸して引き上げる。やっぱり、シスの手は柔らかくて緊張した。

 その後オランも登って、やっぱり村を指差して喜んでた。さあ、最後がカロンだ。


「アトラー! パース!」


 大きな声で言って、カロンは腕を振りかぶってなにかを投げた。それはほとんど狙い通りにぼくまで届く。


「これは……ああ、シスの」

「わたしの分!」


 カロンが投げてよこしたのは、いろいろ話してすっかり忘れていたシスの分の果物だった。もう匂いにもすっかり鼻が慣れて、たぶんシスも忘れていたくらいだと思う。


「すこしつぶれてるね」

「気にしならない。遅れたのはわたしだしね」


 意外にもシスは気にした様子を見せずに、ぼくの手からヒョイと果物を取ると、豪快にガブリとかぶりついた。


「っ! 〜〜〜〜〜!!」

「あはは、うん、おいしいよね。ぼくもびっくりした」


 一口目からシスの顔はほころんで、みるみるその目にキラキラしたものを浮かべる。よかった、反応からして味はそんなに落ちてないみたいだ。もしかして、ぼくもこんな顔をしていたのかもしれない。

 カロンたちがなぜか大喜びしていた気持ちが分かった気がする。たしかに、これは嬉しい。


「うし……よっ、と」


 一心不乱に食べ進むシスと村に手を振っているオランを眺めていると、きしむロープの向こうからカロンが登ってきた。


「あ、もう食べてんのか。食い意地はってんなあ」

「うるふぁい!」

「はははは! なに言ってるかわかんねーよ!」


 カロンはからかわれても食べるのをやめようとしないシルス。それがおもしろいみたいで、カロンはいろいろちょっかいを出しては笑っていた。

 そんな中で、オランが村を見ながらポツリと言う。


「はあ……ぜんぜん気づいてくれない。おれこんなに手を振ってるのに……」

「当たり前だろ。向こうからオレんとこは枝やら葉っぱやらがジャマして見えないはずだぜ?」

「ここから気付いてもらうなら、ハデな魔法でも使わないと難しいと思うよ。後は……日が落ちてから明かりを灯すとかじゃないと」

「バレる方法話してんなよな! ここはオレたちの秘密基地——って、やめろって、オラン!」


 両手を口に当てて、今度は大きな声で呼びかけようとするオランの口がふさがれる。そうだ、秘密基地はバレちゃいけない。秘密基地を1人で作ったカロンは、特にそれを気にしているみたいだった。


「魔法か……おれ、使えるようになるかな」


 しばらく間を置いて、オランが静かに言った。


「まーたその話かよ」

「だってさあ! ……やっぱり、かっこいいし。カロンも聖騎士様の見てかっこいいって言ってたじゃん」

「両親が魔法使えるアトラでも使えてないんだろ? んじゃーオレらがつかえやしねーだろ。そもそも魔法がなんなのかもわかんねーし」

「あ、それわたしもよく知らない」


 不意にシルスが会話に混ざる。手にはだいぶかじられた果物が、その断面から赤いタネをのぞかせている。


「お、タネありかよ。当たりじゃんか」

「どこが!? タネの周りはしぶいし、タネはすごく硬いし、わたし歯がかけるかと思ったんだから!」

「遅れたバチが当たったんだろ。そこらへんに捨てときゃ育つかもしれないぜ? オレん秘密基地で育ててみるか!」


 カロンの言ったとおりに、シスは果肉のすこし残った果物を、タネごと下に投げて捨てた。あとで土に埋めてみよう。


「ところでさ、アトラくん。アトラくんは魔法に詳しいの?」

「おれにも教えてよ! 魔法ってなに? どうすれば使えるのかとかさ!」

「オレはべつにいい。そいつらとちがって大人だからな」


 オランとシスと違って、カロンは興味がなさそうに端に行って、木剣を手に取っていじり始めた。けど、なんだろう。なんとなく聞き耳を立ててる気がする。


 とにかく、困った。魔法を説明すると、きっと魔力についても説明しなきゃいけなくなると思う。けど、あまりそっちの方は人と話しちゃダメだと、お父さんは言っていた。大人相手じゃないと魔力の——特に人が魔力を持つようになった理由とかについては話しちゃいけないと言ってた。


「なんだよー! もったいぶるなってぇ!」

「もしかして、秘密にしてること?」


 早くと急かすオランに、秘密なら仕方ないと残念そうな顔をするシルス。

 その顔を見たら、話してもいい気がした。


「ううん、いいよ。ぼくが話したのは秘密ね。本当は子どもには早い話だって、お父さんが言ってたから」

「なんだよそれ。おまえも子どもじゃんかよー」

「あ、カロンやっぱり聞いてた」

「バ、聞こえてきただけだっての!」

「あんたってほんと子どもだよね」

「はあ?!」


 秘密基地が、またにぎやかになる。そう、ここは秘密基地。ぼくたちしかしらない場所だ。なら、すこしだけはいいと思う。


 ぼくはすこしの罪悪感を覚えながら、それ以上に秘密を共有できるのが楽しくて、初めてわざと言いつけを破った。

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